その4


4階は、僕が1階で見たようなロボットたちが、動かなくなってたくさん捨てられている、不気味な場所だ。まずは、どこかにいるはずのメドさんを探そう…。


「メドさん?」


返事がない。建物の隙間から冷たい風が吹いてきてうなり、無造作に捨てられたロボットたちの割れた画面が、いっそう不気味に思えてくる。


カサッ。


その時、僕の足元を何かが触った。虫みたいな、冷たくてすばしっこい何か。僕は思わずうわっ、という声を出す。

「メドさん、大丈夫!僕だよ!青チームの真琴だ!」

メドさんの返事どころか、誰一人いる気配がない。それなのに、カサッという何かが移動する音が、あちこちで聞こえ始める。


―許さんぞ。


その時、僕は確かに誰かの声を聞いた。周りを見渡しても、誰もいない。


―許してはならぬ。私の陣地に踏み入りおって…。


「さっきから、僕に話しかけてるのは、誰…?」


―ほう、面白い…。おぬしは、私の言葉が聞こえるのか…。だがな…。


また声がしたと思うと、今度は僕の足元の地面がもぞもぞと動き出した。いや、動いているように見える?よく見ると、何百匹といるような足が何本もある虫たちが、一斉に声のする方向へ向かっていく。ムカデだ!ムカデ達が向かった先で、黒い影の塊がだんだんとうず高く積みあがっていく。この変化は、モス夫人の時と同じだ。


―私は、大ムカデなり!私の陣地を犯す奴は、誰であろうと排除せねばならん!


雷鳴のような怒鳴り声が聞こえたかと思うと、その黒い影が、鋭い何かを投げつけてきた。カマのような何かだ。僕はギリギリのところで交わした。顔を上げると、黒い影は、いつの間にかムカデの「ヒューマノ」に変わっていた。だけど、僕が知っている、人間の姿にひだひだの付いたベストを来た姿じゃない。真っ黒な兜に覆われた昆虫の顔に、背中から生えた、鋭いカマのような足が何本も生えてもぞもぞと動き、どこまでも長い鎖の鎧を引きずってる。


―出ていけ。


そう言うと、大ムカデはすごい勢いで回転しながらこちらへ向かってきた。あの刃にあたったら、何の防御もない僕は、確実にリタイアになる。サポーターがプレイヤーを攻撃するなんて、そんな話、聞いてない!


「待って!誤解だよ!僕は、あなたのチームのお金を奪いに来たんじゃない!」

―黙れ…。なら、なぜ私の陣地に足を踏み入れた…。

「僕、ここがあなたの守っている場所なんて知らなかったんだ!だから、あなたの陣地ってやつに入っちゃったのは謝るよ!」

―聞き苦しい言い訳をするな。そう言う大ほら吹きを、私は何度も見てきた…。

大ムカデは止まるどころか、猛スピードでこっちに近づいてくる。コンピュータを盾にして僕は身を守るけど、そんな大きな鉄の塊をバリバリと壊して僕の目の前まで来ると、長い右手のカマを振りかざして、僕の顔を覗き込む。

―おとなしく出ていけ。私の陣地から消えるがよい。

「待って、あなたは緑チームを守ってるんだよね?チームが稼いだお金だって、プレイヤーの秀君と小さな女の子だって!」


―…。お前が私の言葉が分かるからとて、いい気になるな!私にはなんの意味ももたぬわ!


怒り狂った大ムカデが振りかざすカマに、僕はあと数センチのところで捕まりそうになりながら、急いでそこから這い出た。

「あなたは、二人を守りたくて必死なんだ。それは、僕だって一緒だよ!だから僕の話を聞いて!」


―お前に何が分かる…。幼い子供を守るのが私の使命…。小僧のお前にそれができるものか…。


ダメだ。僕が何を言っても聞く耳を持たない。一体どうしたら…。そうだ!僕が秀君を知ってるってこと、証明ができれば!そう思った僕は、必死にポケットを探した。四角くて固いものが指に触れる。これだ!僕は、それを大ムカデの目の前にかざした。

「立春小学校 5年1組 小谷真琴。これ、僕の小学校の名札なんだ。秀君も、言っていたでしょ?僕たち、同じ学校に通ってるんだ。」


大ムカデの足がぴたりと止まる。


―お前たちが、同じ小学校…?だから、何だ?お前は、秀の何を知っているんだ…?


「秀君が、サッカーがすごく得意だってこと。授業中はいつも眠いけど、頑張って授業も受けてること。だけど、だけどさ…。」

僕はぎゅっとこぶしを握り締めた。

「あなたの言う通りだ。僕は、本当の秀君を知らない。知ろうとしなかったんだ。こんなゲームに連れていかれて、今はお金稼ぎしてるなんてさ。だから…。」

大ムカデは、もう僕を攻撃する気がないのか、すっと右の腕を降ろす。

「こんなゲームから、秀君を救い出したい。秀君だけじゃなくて、小学生のみんなを。みんなで、僕たちの世界へ帰るんだ。だから、あなたの協力が必要なんです。」

―秀を、いや、皆を、この世界から救い出す…。それは、私が、一番望んでいたこと…。

秀は、自分の仲間を守ろうと必死だ。認めてもらおうと必死だ。あいつを、救い出してやれるなら、それが私の一番望むこと…。


「僕だってそうだよ。今行われてる「階層(レイヤー)バトル」、このままうまくいったら、僕と秀君が最終ステージに進む。僕は、そこで秀君を説得して、このステージの皆を「人間の世界ぼくらのせかい」に帰す扉を開ける。だけど、僕たち青チームは、あと20分間で、青チームに打たれたら確実に負ける。あなたには、青チームのシューターを止めてほしい。」


―なるほど…。秀とみつばに、お前たちを攻撃させなくすると…。そうすれば、秀は「人間の世界ぼくらのせかい」に確実に戻れるのだろうな?

「戻れるよ。僕がやるんだ。」

僕は、大きく頷いて、そう言った。僕の強み。それは、サポーター達と話せること。サポーター達は、僕たちの敵じゃない。人間に酷いことされてきたのに、子供の僕たちを守ってくれる、優しい人たちだ。


―約束だぞ。秀たちを、救ってやるのだ。


大ムカデは僕を見て、静かに頷く。僕は、強くうなずいてそれに答えた。


「任せてよ。さあ、僕、もう戻らなきゃ。」


僕は、急いで上の階へと上がっていった。4階には、メドも、赤チームのサポーターもいなかった。大ムカデが会ったことがないと言っていた、新入りの赤チームのサポーターは一体どこにいるんだろう?不思議に思いながら、5階、6階と上がっていった。


残り時間は20分。青チームは、あとシューターが何発残っているだろう?赤チームは?まだ、サンとツキが姿を見せない。サクラは、無事だろうか?同点なら、二人で最終ステージにいけるかもしれない。さっきから、6階、7階…。と昇ってきても、全くプレイヤーの音がしない。


7階に足を踏み入れた時、僕の足元の階段が、パコッとはずれて、僕は下へと落ちていった。


「うわあっ!」

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