その4

それから僕たちは、「ファミリア商店街」を歩き始めた。歩けば歩くほど、街並みが「立春商店街」そっくりだ。もしかしたら、ゲームを作った人の地元も、僕の地域と同じだったのかもしれない。


「あの…。」


恐怖がだいぶ和らいだのか、橘さんが、遠慮がちにレイブンに話しかけた。


「あの、さっきは助けてくれてありがとう…。名前は、レイブンっていうの?立春小学校の生徒?」


「ち、違えよ…なんつーか俺は…」


レイブンが顔を赤らめて僕を見る。僕は、レイブンが「ワタリガラス」であること、「ヒューマノ」として僕たちと同じような少年の姿になっていること、翼を探していることを伝えた。


「え!レイブンって、カラスなの!全然そんな感じしなかったのに…!だからあなたの言っていることがちっともわからないわけだわ。でも、どうして真琴君は分かるの?」


「うーん、よく理由はわからないんだ。だけど、ネズミだったりカラスだったり、言葉がわかる動物がいる。逆に犬や猫の言葉は、理解できないんだ。このこと、みんなには内緒にしてたから、驚かせちゃったかな?」


「そんなことないわ。動物と話せるなんて、カッコいいもん。」


僕は初めてそんなことを言われたので、少し戸惑ってしまった。僕がこっそりと誰かと話しているのは、みんなに変だと思われてたから。


「確かに、僕が話せるから、このゲームに入れたんだけどね。僕たちは、橘さんを元の世界に戻すつもりでここに来たんだ。」


僕がそう言った途端に、橘さんがその場で立ち止まった。その反動で、レイブンの腕がぎゅっと引っ張られる。


「わたし、帰りたくない。ここで家族を見つけるの。お母さんもお父さんも大嫌い。」


「でも、ここにはずっといられないよ。橘さんのお父さんもお母さんも、ものすごく橘さんを心配していたんだよ。」


「嘘よ。あの人たちは、私が帰ることなんて望んでない。」


僕は、橘さんが帰りたくないと言う理由はよくわかっていた。だけど、僕はなぜか不思議な気持ちだった。一瞬だけど、なぜか、「帰りたくない」って言う言葉の裏に、「帰りたい」っていう、本当の気持ちが隠れているような気がした。


「まだ、そう決めるのは早えよ。まずは、この街の、家族って一体何なのか、話を聞いてみようぜ。」


レイブンが橘さんを優しくなだめると、僕たちは、様々な「ヒューマノ」の動物達でにぎわう商店街を進んでいった。黒と白のストライプ模様のドレスとスーツを身にまとった「スカンク夫妻」や、何十本もある手足の代わりに、チョッキやブーツにひだひだの付いた「ムカデ兄弟」に出会ったり、「ワタリガラス」の子供たちに、レイブンの翼について尋ねたりしていくうちに、僕たちは「家族」の意味が、だんだん分かってきた気がしていた。みんなは必ず「家族はどんな時も支え合うものだ」と言った。血のつながりはないけど、この街の住民たちは、「ヒューマノ」で、平等に話し合えることをすごく喜んでいた。でも、楽しい話ばかりじゃなかった。友人や親せきが人間に酷くいじめられた話、命を守るために、ずっと隠れて暮らさなければならない話も聞いた。僕たち人間の世界(ぼくら せかい)では当たり前に彼らにしていたことが、この街の住民にとっては、とっても辛い出来事だった。人間の世界(ぼくら せかい)で、僕はそんなこと、全然意識していなかった。しばらく歩いて、慣れてきた橘さんが、「あの…」と僕には話しかけた。


「あのね、さっきの「スカンク夫妻」が、この街の一番はずれに、「モス夫人の洋館」があるって、言ってたでしょ?その方が、私が家族になれるかを決めるって言っていたわ。私、そこに行きたい。」


モス、とは英語で「蛾」のことだ。最初に僕たちにこの街を紹介してくれたティナと仲がいいモス夫人は、「ファミリア・タウン」の一番北端に住んでいる、という情報を聞いた。ティナ夫人、蛾のモス夫人、そして、旅に出て留守にしているという、爺さんワタリガラスが、この街へ呼ばれた「最初の三人(ファーストランダー)」らしい。

「確かに大事な情報は聞けるかもしれないけど、モス夫人、知らない僕たちのこと入れてくれるかな?」


「大丈夫だって。ティナさんの知り合いだって言ったら絶対行けるさ。」


渋々承知した僕は、街の人たちに道を聞きながら、二人と一緒に街のはずれまで歩いていって、ボロボロのツタが巻き付いた洋館にたどり着いた。


「ごめんください!モス夫人はいらっしゃいますか?」


僕の声は、シャンデリアがぶら下がった高い吹き抜けの天井にかき消された。中は暗くて冷たくて、がらんとしていて不気味だ。奥の壁は一面のガラスになっていて、夕陽がツタの間から少しだけ漏れ出ている。


「あなたが、この街の最初の三人(ファーストランダー)のうちの一人だって聞きました。家族について、お話を聞かせてください!」


僕がもう一度そう言い放ったその時だった。


バサバサバサバサッ。


ざわめくような、力強い無数の羽の音が聞こえた。その音は、僕たちの耳元で近くなったり遠くなったりを繰りかえして、だんだんとまとまっていく。


「誰かいるの?」


橘さんが音のする方に向かってそう言った。ここは雰囲気が今までの場所とは違う。まるで、「春(はる)風(かぜ)商(しょう)店(てん)街(がい)」の今は閉館となった図書館みたいだ。しばらくしーんとなったと思うと、今度は羽の音たちが一直線にこちらへ向かってきた。僕たちの目の前に、飛び交う無数の蛾たちのかたまりが現れる。


「あらあら、あなた達、よくここまで来たわね。ティナから話は聞いていたわ。」


上品な夫人のような声が、そのかたまりとなった蛾たちから聞こえてきて、僕たちがあっけにとられているとあっという間に人間の姿になった。輝くりんぷんがラメのようにあしらわれ、レースが何層にも重なった茶色のドレス。そこには、神秘的な目の模様が左右に描かれている。モス夫人の、「ヒューマノ」だ。その姿を見て、橘さんが前に歩み出た。


「あなたが、モス夫人ね? あなたのお話を聞きにやってきたの。私を、この街の家族に受け入れてほしいの。」


「あらまあ。家族ですって。あなたは、人間の子よね。どうしてそんなことを?」


僕は、モス夫人の言葉をそのまま橘さんに伝える。すると橘さんはまっすぐモス夫人を見て言った。


「私の住む人間の世界(ぼくら せかい)には、私の本当の「家族」がいないからです。だからここの街の人たちみたいに、私もどんな時でも支え合う「家族」の一員になりたいんです。」


「そうだったの…。」


モス夫人はそう言うと少し悲しそうな顔をして、僕たちに見せたいものがあると言って、僕たちに奥の部屋へ来るように言った。

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