その3


「何だか、ヘンテコな世界に来ちまったな。」


レイブンが呆れ顔でそう言った。確かに、虫や動物が人間の姿になっちゃうなんて、変だよね。でもティナさんが彼らの居場所を作っているように、それには大切な理由があった。このゲームは、居場所のない者の「楽園(エスケープ・ランド)」なんだ。


「確かに、すごく変わってる。でも、僕はティナさんがこの街の皆のために頑張っていることを知って、ここにいると、僕が虫や動物達の話が分かることが、初めて役に立つ気がするんだ。僕たちの目的を果たすためにも、色んな街の人に話を聞こう。」


僕たちが豪邸を出ると、そこは昔の日本の将軍が作ったような、「城下町」とも言ってもいいくらい整備された、多くの住居やお店が連なっていた。でも、何だか懐かしい気がする。ここは、なぜか僕の住む地域、「春風商店街」に似ていた。違うのは…。ここを行きかう「虫や動物」だけ。お年寄りや小さな子供が多い僕の地域だけど、ここでは、人間とは少し違う人たちが生活している。「蜂」や「蛾」や「毛虫」や「ムカデ」の「ヒューマノ」だったり、蛇や人を襲う大きなクマ…。そんな虫や動物達が、今は人間としてこっちで生活している。みんな顔も違うし、体格や服装も違う。でも、みんな楽しそうで、生き生きとして、何だか輝いてるように見える。


僕たちは、手分けして、片っ端から話を聞いていった。だけど、帰ってきたのは、「この街で本物の人間を見たことがない」という返事ばかりだった。


「橘晴香は、本当に、この街にいるのか…?」


レイブンが頭を掻いて、諦めたように言ったその言葉の通り、僕たちは途方に暮れていた。

「確かに、もしかしたら他にも場所があるかもしれないし…。」


その時だった。遠くで、誰かの悲鳴が聞こえた。声のする方を見ると、誰かがこっちへ向かって走ってくる。


「助けて!助けてください!」


よく見ると、それは見覚えのある女の子の姿だった。レイブンが、その子を指さして僕を見る。

「おい、あれって…。」


「橘さんだ!誰かから逃げてるんだ!」


一体、誰が追いかけてるんだろう?もし誰かに襲われていたとしたら、すぐに助けなきゃ。


「橘さん!僕だよ!隣の席の真琴だよ! 橘さんを助けに来たんだ!」


僕が呼びかけると、橘さんが僕に気づく。橘さんの服装は汚れたままで、眼鏡がずれて、顔は涙でぐしゃぐしゃだった。


「助けて。追われてるの…。あの人たちに…。」


橘さんにそう言われて見ると、黒いサングラスに黒いスーツを来た女の人と男の人が、すごいスピードで橘さんを追いかけている。二人を見て、レイブンがあっ、と声を上げた。


「ありゃ、俺と同じワタリガラスの「ヒューマノ」だぜ!感覚で分かるんだ。」


「そうか!君と同じカラスなら、僕の話が通じるはずだ!僕が二人と話すから、レイブンは、橘さんを二人から守ってあげて。」


「わかった!さあ、橘さん、俺の後ろに隠れな!」


レイブンはそう言って、走ってきた橘さんの手を取った。初めてレイブンを見る橘さんは一瞬ぎょっとして固まったけど、言われたとおりにレイブンの後ろに隠れた。


「あ、ありがとう…。」


橘さんが恥ずかしそうにそう言ったので、レイブンは「もう大丈夫だぞ」って、はっきり言ったんだけど、橘さんはレイブンの言葉を理解していなかった。でもとにかく、橘さんが無事でよかった。少しほっとした僕は、追いかけてきた二人に向かい合って叫んだ。


「すみません!どうして橘さんを追いかけてるんですか?橘さん、助けてほしいって言ってるんですよ。今すぐ止まってください!」


見覚えのない僕を見て、二人は一瞬ひるんだけど、構わずにこちらへ走ってくる。


「私たちは、警察よ。あなたが誰か知らないけど、その子はこの街へ間違って来たのよ!ほかのステージに転送するわ!」


「その女の子は、警察所から逃げたんだ!人間が紛れ込んだっていうんで、クマ署長がお怒りだぞ!今すぐ捕まえなきゃならない!」


二人は僕たちの目の前で止まった。二人とも道の真ん中に仁王立ちで、僕たちを逃がさないように道をふさいでいる。橘さんをほかの「ステージ」に、「転送」するって?そんなことが出来るのだろうか?


「橘さんが逃げたのには、理由があるはずです!まずは話を聞いてください。」


「話を聞く?その人間は、俺たちの言葉がわからないんだぞ?」


そうだった。普通の人は、カラスの言葉がわからない。なら、僕が伝えればいい。僕の目的はただ一つで、橘さんを無事に人間の世界(ぼくら せかい)の家に帰したい、そう話せばきっと理解してもらえる。


「僕が橘さんの言葉を伝えるから大丈夫です!」


僕は、橘さんにどうやってここに来たのかを聞いた。橘さんは、レイブンの服のすそを掴んだまま、消え入りそうな声でつぶやいた。


「私…一人ぼっちで寂しかったの。」

「一人ぼっち…?」


友達も家族もいる橘さんが一人ぼっちって、どういうことだろう?


それから橘さんはゆっくりと、ここへ来た理由を話し始めた。


「私が「エスケープ・ワールド」を始める少し前、中学受験のための大切な試験で、悪い成績とっちゃったの。お母さんにもお父さんにもたくさん𠮟られて、辛くて、こんなの私の家族じゃない、って思った。だから家出して、こっそり始めたの。どのステージも面白くなくて、もう辞めようと思ったら、突然、ステージを選ぶ最初の画面で、「ファミリア・タウン」が現れて、行ってみたの。この街は、生まれや、見た目や性格が違う皆が助け合って、笑顔にあふれていて、とっても楽しそうだった。それで私強く思ったの。私は、この人たちの家族になりたい、って。そしたら、ゲームの画面が「「家族」が欲しいですか」って聞いてきて、私は気づいたらここにいた。そしたら、私を他の場所に「転送」するぞ、って、警察署で言われたから、逃げてきたの。」


「それって、「ファミリア・タウン」では、子供たちに家族について聞いて、誘い込んでるってことか?」


レイブンがそう言った途端、突然後ろから物音がして、振り返ると、大きな男の人が立っていた。警察官の青い制服以外は、顔の髭も、腕も、体じゅうが毛むくじゃらの大きな男の人だ。帽子から突き出た丸くてふわふわの耳。


「署長、この子、この街で「家族」を探しているだなんて、おかしなことを言っているんです。」


「クマ署長」と呼ばれるその警察官の熊は、はっはっは、と笑って、隠れている橘さんの方を見た。山の中で出会う狂暴なクマとは違って、穏やかで優しそうだ。


「はっはっは、まあ待ちなさい。二人ともご苦労だった。私が、新入りの二人に、「ステージ」について教えてやろう。このゲーム「エスケープ・ワールド」には、3つのステージがある。「ファミリア・タウン」は、その最初のステージだが、この街は、このゲームのクリエイターが、居場所のない虫や動物の為だけに特別に作ったステージなんだ。だから、人間の子供はここへはやってこない。だけど、そのお嬢ちゃんは、この街が好きで、ここへ残りたいんだそうだな?」


僕はクマ署長の言葉をそのまま橘さんに伝えると、橘さんがこくりと頷く。


「それに、お嬢ちゃんは、「エスケープ・ワールド」の他のステージにも行くつもりは無いんだな。」


もう一度僕が伝えると、橘さんが強くうん、と頷いた。


橘さんの話を聞いて、僕は、自分の家族のことを思い出した。今まで、新しい家族が欲しいなんて、思ったことなかった。一年前に父さんが亡くなって、マサトが話さなくなって、母さんも遅くまで働いて帰ってこない。だけど、僕はみんなを家族だって言える。 クマ署長は、少しだけ考えて、やがて僕に話しかけた。


「なあ、そこの坊や、私に提案があるんだ。しばらく、その子をこの街の住民たちに紹介して回ってくれないか。きっと、彼女にとっての「家族」のヒントがあるはずだ。」


クマ署長からの提案に、僕とレイブンは顔を見合せた。


「いいんですか?それなら、僕たちに任せてください。」


橘さんも、嬉しそうに頷いた。別れる時に、レイブンは、カラスの警官たちに翼のことを聞いたけど、知らないと言われて、少し落ち込んでいた。

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