その2
「
僕とレイブンは顔を見合わせる。レイブンはきょとんとしているけど、僕はメドさんの言っていることが分かる気がした。カラスやカメムシは、人間に嫌われている。それだけじゃなくて、きっと沢山の生き物が、人間の姿になってここに集まっているはずだ。でも、このゲームは、どうしてわざわざ、僕らの「嫌われ者」を集めたんだろう?
「さあ、この建物の二階の奥に、ティナ様がいらっしゃる。失礼のないように。」
メドさんが目の前に現れた、白くて立派な建物の扉を開けて、僕たちを中に入れた。それから、僕たちを赤いカーペットの上を歩くように言って、僕たちをその部屋へ案内した。
「ティナ様、来客が二人来ておりますので、ご挨拶に参りました。真琴氏とレイブン氏と名乗っております。」
メドさんは突然真面目な口調になって、ゆっくりと扉を開けた。僕とレイブンは緊張して、慎重に一歩だけ、中に足を踏み入れた。部屋の奥に、ベールを被った女性が座っているのが見える。女性の隣には、メドさんに風貌が似た兵士が背筋をピンと伸ばして立っている。
「ご苦労様です。さあ、そこの二人はそちらの椅子へお座りなさい。私がこの街の領主をしているティナよ。ようこそ、私達の街へ。」
僕たちは言われた通りに、赤いクッションの椅子に座る。カメムシが人間に変化したなんて想像もつかないほど、美しい女性だ。何層もレースが重なったうすい緑のドレスに、宝石がちりばめられたベール。触覚と羽も小さくて、遠くから見たら普通の人間にしか見えない。緊張している僕たちを見て、ティナはニコリと笑った。
「あなた達、とっても若いのね。ここを、どうやって知ったのかしら?私はあなた達を連れてくるように、人を送り込んだりしていないわ。」
「ぼ、僕たちは…。「エスケープ・ワールド」から入ってきました。このゲームに連れていかれた生徒たちを探しに来たんです。隣に座ってるレイブンは、ここに来る前、黒い服を着た人たちに追われて、翼を奪われました。だから僕たちは、生徒達と、レイブンの翼を探しているんです。」
「仲間を救うことと、翼を取り返すこと…。今までに聞いたことのない要求ね…。」
ティナは興味深そうに聞いていたけど、レイブンが怒ったように言った。
「なあ、あんたこの街の領主なんだろ?てことは、あの時俺の翼を奪ったのは、あんたの仲間か?」
ティナは、全てを見通したような眼差しで僕たちを交互に見て、微笑んだ。
「何のことかしら?あなた達、このゲームをあまりよくわかっていないようね。このゲームの世界では、人間の世界で嫌われ者の私達を集めて、私達が暮らしやすい世界を作っている。私はそのお手伝いをしているのよ。レイブン、あなたのようなワタリガラスは嫌われ者でしょ。だから招待されたんじゃないかしら?私達が人間の姿で生活をするのは、虫や動物の姿ではそれだけで嫌われてしまうけど、人間の姿になるだけで、みんな平等に見てもらえるからなの。このゲームを作った人は、命の恩人なのよ。」
「な…。招待って、俺はそんなの、頼んでないぞ…。とにかく、あんたは俺の翼がある場所も知ってるんだろう?もったいぶってないで、教えてくれよ。」
「残念だけど、私は場所を知らないのよ。真琴さんの、お友達の居場所もね。」
「え、それってどういうことですか?あなたが来客を管理しているんでしょう?」
あっさりと、翼も生徒の場所を知らないと言われてしまって、僕はがっくりと肩を落とす。やっぱり、僕みたいな人間は、この街へは来ないのかもしれない。
「私が管理をするのは虫や動物だけ。人間の子供は、自分で選んでこちらへやってくるのだから、それぞれの「選んだ」ステージに散らばっているのだと思うわ。」
「何だよそれ…。俺の翼も、生徒の居場所も、俺たちで探すしかないってことかよ?」
レイブンが僕を見て、やれやれ、と言う顔をする。
「残念だけど、あなた達の力にはなれないわ。私は、困っている者たちの居場所を作ること以外、このゲームには関わっていないの。人探しなら、この街の住民に聞くといいわ。住民たちの中には、他のステージへ遠征をする者も多いから。」
ティナの話を聞いて、僕はアドベンチャーゲームでは人に話を聞くことが大事だと言っていた弟の話を思い出した。
「住民に聞いたら、きっと君の翼の情報も分かるよ。レイブン、やってみよう。」
僕がそう言うと、レイブンが仕方ないな、と頷く。僕たちがお礼を言って帰ろうとすると、ティナが僕の名前を呼んだ。
「ねえ、あなたは、普通の人間よね。どうして私の言葉がわかるのかしら?」
ティナにそう聞かれて、僕はハッとする。何で話せるかなんて、考えたことない。
「僕にも理由が分かりません。だけど、僕の大切な友達のねずみのルークや、カラスの姿だった時から、レイブンの話が分かるんです。僕たちを中に入れてくれたメドさんも、あなたの言葉もそうです。」
「そう…不思議な子ね。でも人間なのに私の話が分かるなんて、もしかしたら特別な力を持っているのかもしれないわね。とにかく、あなたのお友達を探せるように、願っているわ。」
「はい。僕は必ず皆を救い出します。」
僕は一礼をして、レイブンと建物を出た。建物を出たところにはさっきの兵士、メドがいた。
「無事挨拶を終えたようだな。ここからは、この屋敷の外を出て、「ファミリア商店街」を訪ねるといい。情報通の奴らが昼から集まっている場所だからな。何かしら情報は得られるだろう。それから、「エスケープ・ワールド」の世界は、ティナ様のようにお優しい方ばかりじゃない。知っているな?「ファミリア・タウン」の外には敵がいる。出る前に必ず、準備をしっかりしていくといい。」
メドさんは、僕たちを心配しているみたいで、注意深くそう話した。優しいメドさんの話を聞いていると、僕は、人間の世界(ぼくら せかい)ではカメムシのことを「臭い液をかける意地悪な虫」だとしか、考えたことがなかったことを思い出した。本当はカメムシ達の中でも色々なお洒落があって、性格があって、すごく優しいカメムシもいるってことに気づいて、何だか嬉しくなった。
「色々とありがとう、メドさん!」
僕たちは少しだけお辞儀をして、手を振って、ティナの豪邸の門から飛び出した。
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