ステージ1 ファミリア・タウン

その1


どれくらい、意識を失っていたんだろう?


ゆっくりと目を開けてあたりを見回すと、僕は柔らかい草の上にいた。少しだけ体を起こした僕は、思わず叫び声をあげた。


「うわっ!何だこれ!?」


僕の目の前に、僕の顔くらいの大きさの、紫と黄色が混ざった大きな花が咲いていた。僕が起き上がった時の衝撃で、雄しべと雌しべが、ツン、と僕の鼻に触れてくすぐったい。まるで「蛾」の模様と、毒ガエルの色を掛け合わせたみたいな、見たこともない花。よく見ると、周りに沢山植物が植えてある。僕は、誰かの庭に落っこちちゃったのかな?


だけど、僕の目の高さに植木があるから、周りが何も見えない。聞こえてくるのは、ちょろちょろと水が高いところから落ちる音だけ。


僕は、無事に「エスケープ・ワールド」の中に入れたのかな?


だんだんと周りがはっきりと見えるようになって、僕はあることを思い出した。レイブンが、僕と一緒に来ているはず! 慌てて周りを見渡すけど、レイブンの姿が見えない。


「おーい、レイブン!」


僕が呼ぶと、ガサガサ、という音がする。


「どこにいるの?君の姿が見えないけど…。」


「お、おう…。こっちだ。」


レイブンの声がする。もしかして、僕が倒れていたところの側の、植木の反対側にいるのかもしれない。僕は立ち上がって、声のする方に近づいた。だけど、次の瞬間、僕が目にしたものは、大きくて、片方の翼を失った黒い鳥ではなかった。


「レイブン…?」


そこにいたのは、人間の男の子だった。僕くらいの伸長で、黒いパーカーに黒いズボン、黒いスニーカーを履いて、首には、レイブンの赤いスカーフ。片方しかない翼も、鋭いくちばしも爪もない。


「ねえ…。君レイブン…だよね?君、その姿どうしちゃったの?」


「いたたた…。ん?何言ってんだ…?」


レイブンはそう言いながら、頭を搔いていた自分の手を見つめた。れっきとした、人間の手だ。左の翼がなかったところが、綺麗に5本の指が揃った人間の手に変わっている。


「う、うわあっ!何だこれ?俺、どうしちゃったんだよ?」


レイブンは飛び上がって、自分のお尻を触ったり、髪を触ったり、あちこち自分の体を確かめていた。最後にはうーん、とうなって、ため息をついた。


「俺、「エスケープ・ワールド」ではワタリガラスの姿じゃないみたいだ。真琴みたいな子供だ。しっかし、参ったな…。まあ、俺人間の手とか足には憧れてたからな、良いとするか…。」


「やっぱり、君、レイブンなんだ…!信じられないよ。」


レイブンって、あんなに僕たちのことを脅したくせに、本当は僕くらいの少年だったなんて、何だかおかしい。だけど、この変化も、きっと何か意味があるんだと思う。とにかく、今はこのゲームから、さらわれた小学生達を救い出すことと、レイブンの翼を見つけること。それが最優先だ。


「ねえ、レイブン。ところで、僕たち、今どこにいるんだろう?」


「わ、わかんねえ…。だけど、なんか嫌な予感がするぞ…。」


レイブンがそう言った途端、近くで「誰だ、お前たち!」という声がした。僕たちは咄嗟にしゃがんで、植木の中に体を隠す。


「こら、勝手にティナ様の植木に入ってはダメじゃないか!」


怒った声が近づいてきて、僕たちが顔を上げると、そこにいたのは…。


人間に見えるけど、頭に二本の短い触角みたいなものが生えてて、背中には薄い羽が生えてる。それに、服装の色も形も茶色で、まるで「カメムシ」みたいだ。


「あ、あの、あなたは誰ですか?」


「俺はティナ様の屋敷の見張りをしてる兵士だが…。お前たちこそ、どこから来た?そっちの黒い服を着てる方は、カラスだな。だが、隣にいるお前…。お前は一体、何者だ?このお屋敷は、外の世界から来た人間は入れないことになってるんだぞ。」


レイブンを見て一発で「カラス」って当てちゃうなんて、もしかしてだけど、この兵士は、本当に昔「カメムシ」だったのかもしれない。レイブンがカラスから人間になったみたいに、虫からも人間になるのかな?でも、僕は正真正銘の人間だし、レイブンの「裏ワザ」を使って、一緒に来ただけだ。


「ぼ、僕は…。」


どうしよう?僕、本当に人間だもの。僕が何を言おうかと慌てていると、レイブンが余裕の表情で僕をフォローした。


「こいつは、元「ねずみ」ですよ。見てください、何となく歯が出っ張ってて、耳が大きくて、ズボンの下にはしっぽ隠してるんです。」


僕は、必死でレイブンのでたらめに合わせて、歯を前に大きく突き出したりして見せた。


「うーむ、そうか…。確かに、ねずみの匂いがしなくもないな…。まあ、よい。来客が来たのに、挨拶もなしでは失礼だからな。少し中を案内しよう。」


何とか納得してくれたのか、兵士は僕たちを不思議な色の花が咲く庭を案内して、大きくて白い建物へと案内した。歩きながら、兵士は、自分の名前が「メド」ということを教えてくれた。


「あの、メドさん…。ここは一体どこなんですか?」

僕が恐る恐る聞くと、メドさんが僕を横目でじろりと見て答える。


「ここは、初めて「エスケープ・ワールド」にやってきたお前たちみたいな「来客」を案内する場所だ。ティナ様は、この「ファミリア・タウン」の領主様であられる。運よくここへ来たのだから、少しこの世界について聞いていくとよいだろう。」


「そのティナ様って奴も、昔はカメムシの姿だったのか?」


青と紫、オレンジとピンク、など今まで見たことがない組み合わせの色の花が咲き誇る庭を物珍しそうに見渡しながら、レイブンが聞く。人間の世界(ぼくら せかい)じゃ絶対にありえない色の組み合わせの花たち。間違いなく、ここは誰かが作ったゲームの世界だ。


「ああ、そうだ。お前たち、本当に何も知らないんだな。昔は違う姿だったが、今は人間の姿になった俺たちの姿は、「ヒューマノ」と呼ばれている。この街では、俺たちは人間の名前で呼び合うんだ。「ファミリア・タウン」は、人間の世界で嫌われ、居場所のない虫や動物たちの、楽園(エスケープ・ランド)なんだ。」

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