その4


「少年。落ち込むのはまだ早いんじゃないか。」


どこからともなく、低くて、周りに響き渡るような声がする。声のする方を見ると、大きな黒い鳥が、行き止まりの建物の屋上から、こちらを見下ろしていた。カラスにしてはかなり体が大きいその鳥は、よく見ると首に赤いスカーフを巻いている。まるで忍者みたいな雰囲気の、どこか神秘的な鳥だ。


今の声は、人間の声じゃなくて、あのカラスみたいな鳥?

でも、僕、なんで鳥の言葉がわかるんだろう?


「俺に気づいたってことは、やはりお前は俺の言葉がわかるんだな。やっと見つけたよ。小谷真琴。」


その鳥は、なぜか僕のことを知っていた。


「ということは、やっぱり、この白ねずみの言う通りだったってことか。」


大きな鳥は、そう言うと、次の瞬間、くちばしに何かを素早くくわえた。ひいっ、と小さな悲鳴がする。今のは、もしかしてルークの声?くちばしの先で、白い動物がもぞもぞと動いているのが見えた。間違いない。あいつが、ルークをさらったんだ。


「おい、そこの…カラス!早くルークを返せ!」


『ご主人様、お許しください…。私のせいでこんなことに…。』


ルークは、か細い声で力なくそう言った。大きな鳥は、カカカ、と甲高い声で笑っている。


「返す?それにはまだ早いな。せっかく捕まえたばかりなんだ。安心しろ。傷つけるつもりはない。お前には、俺との取引をしてもらわなきゃならない。返すのはそれからだ。」


「と、取引って…?君は、誰なの?どうして、僕に話しかけてるの?ルークをどうするつもり?」


「カカカカ、面白い。本当に俺と話が通じるみたいじゃないか。まあ、確かに、質問は山ほどあるだろう。だがな、俺はお前のことはよーく知っている。小谷真琴。俺は、お前をずっと探していたからな。俺の名は、ワタリガラスの「レイブン」だ。よろしくな。」


レイブン、と言う名のその鳥は、カラスはカラスでも「ワタリガラス」という品種のカラスらしい。だから体があんなに大きいんだ。


「僕を探すためにルークをつけていたの? いったい、僕に、どんな用事?」


僕には、カラスに用事を頼まれるようなことをした覚えがなかった。


「俺はずっと、探してたんだ。俺たちの言葉、カラス語を理解する人間を。やっと見つけたよ、真琴。お前に、頼みごとがあってきたんだ。」


レイブンは、そう言うと、建物のてっぺんから、一気に下へ降りた。飛んでくるより、そのままストンと落ちたようだった。不思議に思って、改めてレイブンを見ると、片方の翼がなかった。


「君、けが…してるの?」


「違う。俺は、翼を「盗まれた」んだ。お前が良く知っている、あのゲームの画面の向こうの世界のやつらにな。」


「え!「エスケープ・ワールド」に?」


流石のルークもびっくりした様子で、丸いサングラスがずり落ちそうになる。


「そうだ。「エスケープ・ワールド」が販売されてから、子供が行方不明になっているだろう。俺は、ある日突然、画面から飛び出してきた何者かに、翼ごと切り取られたんだ。命は助かったが、俺は飛べなくなっちまった。だから、俺は絶対に翼を取り返さなければならない。そのためには、真琴、お前の力を借りる必要がある。動物の言葉を話すお前に、取り返すのを手伝ってもらいたい。」


「君も追われたの?このゲームがさらっていくのは、子供だけじゃないんだ…。」


「エスケープ・ワールド」の謎がますます深まる。一体、このゲームは僕たちをさらって何をするつもりだろう?


「君の頼み事はわかったけど、僕は、連れていかれた生徒たちを、取り戻したいんだ。でも…。ゲームへの入り方を知らなくて…。」


「だから、取引をするんだ。俺は、ゲームへの入り方を知ってる。お前は、子供たちを救え。俺は、盗まれた翼を探す。条件は、俺たちで一緒に入って、俺たちで帰ってくること。」


「僕と、君で?でも、さっきゲームに入ろうとした時、僕、跳ね返されたんだ。今回も、うまくいきっこないよ。」


「それは、お前がゲームの仕組みを理解してないからだ。俺に任せろ。それで…一応聞くが、取引は「成立」だな?」


「…わかった。いいよ。」


僕がそういうと、レイブンはほら、と鼻を鳴らしてルークを降ろした。ルークは、僕の足元に来て、両手を広げて僕の左の足首に抱きついた。


『ご主人様が旅立たれても、私たちは、マサト様とこちらの世界で、ご主人様のサポートをします。いいですか。ご主人様。あちらの世界では、ご主人様が主人公なのです。自信を持たれてください。ご主人様の優しくて勇敢な心は、必ず皆さまを救い出します。』


「ルーク…。ありがとう。僕、頑張る。」



僕は、ルークの小さな手と、グータッチをした。

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