その3


もし、誘拐事件が起きていて、誰も見ていないとしたら?

それは、誰からも隠れた場所で起きている可能性が高い。僕は、急いで校門の外に出ると、ズボンの右ポケットから、クッキーのかけらをぱらぱら、と地面に落とした。


「ルーク、力を貸して!調査を始めたいんだ。」


僕は、大声を張り上げて、ルークを呼んだ。ルークはねずみなのにチョコチップクッキーが大好きで、僕がそれを落とすと、その3秒後にはいつでも、どこでもルークはやってくる。だけど今日は待っても待っても、現れる気配がない。


「おーい、ルーク!いるの?」


おかしいなあ…。まさか、誘拐事件に巻き込まれたなんてことないよね?


バサッバサッ。


その時、大きな黒い鳥が、僕の目の前を飛んでいくのが見えた。僕の頭に、「緊急事態」という言葉が更に大きく響いた。まさか、ルークが誰かに連れていかれた!?

ん、まてよ、「緊急事態」…?


そうだ、思い出した!ルークは、「緊急事態」があった時に、「あの場所」で待ち合わせをすることを約束したんだ。そこは、立春小学校の生徒が立ち入り禁止の、暗くてタバコの吸い殻が沢山落ちているような、危ない路地裏のことで、みんなが「はみ出し者のアジト」って呼んでいるところ。そうと決まったら、早くルークを見つけなきゃ。ルークの言葉に突き動かされるように、僕は、急いでアジトへ向かって走り出した。


はあ、はあ…。やっと着いた…。


アジトに着いた時、僕はもう汗だくになっていた。周りの雰囲気とは真逆のこの場所は、いつも大勢の買い物客でにぎやかな「春風商店街はるかぜしょうてんがい」にある。100年以上も続いていると言われてる和菓子やさんと、ずっとシャッターが閉まってるタバコ屋さんの間には道があって、その細い道を入っていくと、暗くてタバコのにおいがする道が続いてる。そこは、数ヶ月前には、放火事件もあったと言われている危険な場所だから、普段は入れないように看板が立ってる。ここが、僕とルークが初めて出会った場所だ。


「ルーク、僕だよ!どこにいるの?」


僕は大きな声で叫びながら、どんどん中へと進んでいく。空き缶や古い雑誌が捨てられていて、嫌な感じだ。おまけに真夏なのに、建物の陰になっているから、やけにひんやりとしていて気味が悪い。伸び放題の雑草のツタが足に絡まる。僕は、ルークの名前を呼び続ける。


「ルーク!助けに来たよ!いるなら、返事をして…。」


その時だった。僕は後ろに、ザッザッと歩く誰かの足音を聞いた。僕は咄嗟に近くにあったエアコンの機材の後ろに隠れる。一体こんな所に来るなんて、誰だろう?僕は物陰に隠れて、こっそりその人物を観察しようとして、思わずアッ、と叫びそうになった。


たちばなさん…!?」


それは、3日前から家に帰っていないという僕の同級生、橘晴香たちばなはるかさんだった。橘さんは、眼鏡がずれ、髪はぼさぼさ、服が汚れていた。両手に抱えたゲーム機に目が釘付けになっている。


「橘さん!どこにいくの!?」


僕が呼び止めても全く聞こえていないみたいだった。それどころか、指を動かし続けている。もしかして、マサトが言っていた連続して答える質問に答えている?


「橘さん!そのゲームは危険なんだ!早く止めないと、連れてかれちゃうよ!」

次の瞬間、ゲーム機が、突然眩い光を放ち始めた。橘さんは、まるで

魅せられたかのようにその場からじっと動かない。僕は、エアコンの機械の陰から飛び出して、橘さんのいるところへ走り出した。橘さんが、一瞬だけこっちを見る。だけどまたすぐにゲーム機に目を戻す。


「待って!橘さん、待って!僕も一緒にいく!」


「…。真琴まこと、君…?」


僕は決心をして、橘さんの目の前まで近づいた。橘さんは、ゲーム機を握り締めて小さく震えている。次の瞬間、あたりが真っ白い光に包まれて、何も見えなくなった。


「待ってよ!僕も連れて行って!」


僕は、必死にゲーム機へ手を伸ばした。だけど、橘さんも、吸い込む「扉」も何も見つからない。

それどころか、光はだんだん弱まって、消えてしまった。


「…し、失敗しちゃった…。どうしよう…。大事なチャンスだったのに…。」


僕は橘さんが目の前でゲームに吸い込まれるのを止めることが出来なかったばかりか、ルークさえ行方が分からなくなっていた。 


僕は、人を助けようとすると、空回りしてばかりだ。だから友達なんていないし、動物と話すことができたって、役に立ったことなんてない。悔しくて、こぶしを強く握りしめる。がれきの山には、ひび割れたゲーム機が真っ暗になって、転がっていた。


僕がうつむいてそこへ座りこんでいると、誰かの声が聞こえた気がした。

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