その2


僕は急いで教室から出ると、下校途中の生徒たちでいっぱいの廊下で、その人物を探した。


生徒の波に押し流されながら、僕はうつむいて歩くその子を発見した。


真夏なのに、赤い長そでのパーカーのフードを被った、短パンの男の子。黒いランドセルの肩の部分をぎゅっと握って、下を向いてこちらに歩いてくる。男の子の後ろを恥ずかしそうにコソコソと噂しながら、二人の女の子がついていく。そんな様子にも構わず、その子はどんどん歩き続ける。


「マサト!」


その男の子は、答えない。ただ黙って歩き続ける。


「マサト、待ってよ。聞きたいことがあるんだ。」


その子は一瞬足を止めたけど、それでもやっぱり歩き続ける。

僕はその様子を見て、今日は答えてくれるんじゃないかと期待したことを後悔していた。


(答えるわけ、ないよね…。もう、1年間も喋ってないんだから。)


僕が探していたその子の名は、小谷こたにマサト。僕の二個下の弟だ。

生まれつき数学が得意で、自分でゲームも作る、天才のプログラマー。おまけに運動神経が抜群だから、女の子達からモテモテだ。だけど、マサトは1年前に父さんが亡くなったことがきっかけで、言葉を喋らなくなった。僕がその日から、ずっと後悔していること。それは、まだ小さかった弟に、悲しみをぶつけてしまったことだ。だからマサトが喋らなくなった責任は、僕にある。突然、僕の左手の「スマートウォッチ」がピコン、と音を立てて光った。誰かからのメッセージだ。


<兄貴。ぼく兄貴の聞きたいこと、知ってる。「立春小学校行方不明事件」のことでしょ。ぼくの三年二組の愛ちゃんもこの1か月、学校来てない。事件に巻き込まれたんだと思う。>


それは、マサトからだった。メッセージは、僕たちの会話の手段だ。ぶつぶつと切れたようなメッセージだけど、打つのがすごく早い。僕も、咄嗟にメッセージを返す。


<僕のクラスの子もなんだ。マサト、その原因に心当たりはある?>


<兄貴。これは、僕の推測なんだけど <エスケープ・ワールド,>が関わってる事件だと思う。僕あのゲームを研究したんだ。あのゲームは確実に、生徒を中に連れ込むように作られてる。>


「ええ!なんだって!?」


僕は思わず大きな声を出してしまった。廊下にいる皆が驚いて僕を見る。


<あんなに人気のゲームなのに?でも、どうやって生徒を連れ込むの?>


<このゲームは 各ステージで、「はい」か「いいえ」で答える質問が沢山出てくる。そこで、「はい」を9回連続で答えると、10問目に、必ず同じ質問が現れる。僕は危険を感じてそれ以上進んでないけど その質問が原因だと思ってる。>


<まさか、ゲームに誘拐されちゃうなんて…。>


<兄貴 皆を救出するには ゲームの世界に入るしかないよ。>


<そんなの、危険すぎるよ。それに、僕ゲーム持ってないし!その方法が合ってるかなんてわからないじゃん。>


僕はそこまで打って、一旦手を止めた。弟を責めるなんて、1年前と同じじゃないか。父さんを失った悲しみをマサトにぶつけて、今でも後悔してるのに。僕は一度深呼吸をして、メッセージをこう打ち直した。


<マサト。父さんの言葉、覚えてる?「一番予想していなかったところに ヒントが隠れている」んだよね。僕、ヒントを探しに行かなきゃ。兄さんが、皆を救出してみせるからね。>


それを打ち終わる頃には、マサトはもう廊下にはいなかった。

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