僕とレイブンの「エスケープ・ワールド」

白柳テア

ステージ0 冒険の始まり

その1


2025年6月3日、全世界が熱気と興奮に包まれた。


その日、“小学生限定“の最新ゲーム「エスケープ・ワールド」の販売が開始された。僕は遊んだことがないけど、「バトル」から「冒険」まで、小学生に人気なゲームの要素を全部詰め込んだゲームの要素が全部入っている、と言う理由で世界中で飛ぶように売れた。クリエイターは、A-Zエイゼットという匿名の人物で、そのゲームを開発した「ユープレイ」という会社は、もう少しで世界一の会社になるらしい。


こんなにゲームについて詳しい僕は誰かって?

僕の名前は、小谷真琴こたにまこと。11歳の、ごくごく平凡の男の子だ。

でも、たった一つの秘密を除いてね。



***


「それでは教科書の50ページの文章にラインを引いてください。あれ、小谷さん?聞いていますか?」


先生の話を聞きながら、僕は下敷きをぱたぱたと仰いで、授業がもう少しで終わる時計を見つめていた。僕が通う立春小学校たてはるしょうがっこう五年一組の七月の教室は、とても暑い。そのせいか、みんな授業にちっとも集中していない。ぼーっとした頭で少しだけ目を瞑ると、ひそひそ声が聞こえてくる。


「ねえ、「エスケープ・ワールド」今、どこのステージ?」


「私今ステージ2!ラスボスのドラゴンが手強くてさあ…。」


よく耳を澄ますと、社会の来週の宿題を話そうとしている先生の声の「裏」で、教室中でみんながコソコソ話しているのが聞こえる。

実は、今日、いや今日だけじゃなくて最近ずっと、一日の最後の授業では、早く帰りたい現象が発生している。みんながそわそわしている理由は、教室の中が暑いからだけじゃない。みんな家に帰って、「エスケープ・ワールド」がやりたくてしょうがないんだ。


授業終了まで、あと30秒。みんなが一斉に教科書を鞄にしまう。その時だった。

ガタッ!カタカタカタ…

あれ?何の音だろう?

教室のガヤガヤという音に紛れて、とつぜん下の方から小さな音が聞こえた。よく見ると、僕の右の足元の床の板が、カタカタと音を立てて上がり下がりしている。

おーい、誰か、下にいるの?


「ご主人様っ!」


突然、キーキーという鳴き声と共に、消えてしまいそうなか細い声が僕を呼んだ。板の下を見ると、小さく、丸いサングラスをつけた白いねずみが、僕の方に小さな手を振っている。


「わっ、ルーク、どうしてそんなところに?」


僕は声を潜めて、「ルーク」に話しかけた。ルークは、僕の秘密の友達だ。

そう、僕の秘密、それは動物と話せること。動物といっても、みんなに大人気のペット、猫や犬の言葉は分からないんだけどね。道を歩いてると、たまに動物達の囁き声が聞こえてくることがあって、ルークの言葉は、一年前に父さんが亡くなった日から分かるようになったんだ。ルークは、僕のことをまるで執事のように、「ご主人様」って呼ぶ。


「ご主人様、事件ですよ、事件。」


慌てた様子で、ルークが話しかけてくる。“事件”って、いったい何…?


「ねえ、事件ってなんのこと?」


立春小学校たてはるしょうがっこう、小学生行方不明事件ですよ。」


「ゆくえふめい?それって、誰かが、いなくなったってこと?」


僕はますます声を潜めて、周りを見渡す。ねずみと話していることがバレたら、僕は「また変わってる」と思われてしまう。僕がよく下を覗いたり、ポケットを覗いたりしてるから、僕のことを気味悪がって、みんな僕に近寄りたがらない。


「ご主人様、五年二組の、崎本秀さきもとしゅう様はご存じですか?」


「う、うん。あのサッカーが得意なシュウ君?」


僕の話し声がどんどん早くなる。

「ごもっとも。崎本秀様は、この2週間、学校に来ていないんです。それにお隣の橘晴香さんも、3日前から、家に帰っていないそうです。」


「先生は風邪でお休みって言ってたのに…。一体、何が起きてるの?」


「それをご主人様に解決してほしいんですよ。あっ、そうでした!私はご主人様にお伝えしないといけないことがあります。」


キーンコーンカーンコーン。


ルークが何か大切なことを言いかけたところで、チャイムが鳴った。一斉にクラスのみんなが立ち上がる。僕は机を掴んで、ルークを見逃さないように下へとしゃがみこむ。


「わ、ちょっと待って、伝えることって何?何を言おうとしたの?」

「シーッ。ご主人様、この話はまた今度です。」


ルークは危うく前の生徒の椅子に巻き込まれそうになりながら、慌てて床の下に姿を消した。ルークの小さな声は、クラスのみんなの笑い声と興奮した話し声に、あっという間にかき消された。


この立春小学校で、行方不明事件…?

でも、生徒がいなくなっているのは、本当みたい…。

まずは、ゲームに詳しい人物に話を聞かないと。

僕には、一人だけ心当たりがあった。

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