幕間 フロント係/トニー


 ホテルマンの朝は早い。


 夜勤の時は多少眠くても許されるが(いや許されないが、夜フロントをうろうろされるお客様はいないに等しいため、多少ぼけっとしていても見られないからいいのだが)、早朝勤務の時はそうはいかない。


 ぱりっとアイロンのかかった制服に身を包み、髪は整髪料できちんと、眉や髭も清潔感があるようにきちんと整える。そしてニッコリ。爽やかな笑みと挨拶を。


「おはようございます、ラインフェルト様」


 朝食の時間よりもかなり早く現れたのは美貌の精霊師だ。


 相変わらずきらきらしい容姿だ。窓から差し込む日差しのせいか、輝くばかりの銀髪のせいか、彼の周りは常に光の粒子が舞っているように見える。


「ああ、おはよう」


「いつもお早いですね。今日はお出かけですか?」


 毎朝庭園を散歩しているルイスだが、今日は珍しく手荷物を持っていた。


 古城ホテル周辺しか散策していないようだが、街にでも散策に行くのかもしれない。


「曇り空ですから、夕立にはお気をつけてくださいね」


「ああ、ありがとう。行ってきます」


「行ってらっしゃいませ」


 丁寧にお辞儀をして送り出す。

 そして、昨日のことを思い出してニヤッとした。


 実はオリビアとルイスはいい雰囲気なのではないかと思っている。


(昨日、オリビアに声かけたのは失敗だったかな。仲間外れにされたみたいな顔してたもんなーあのヒト)


 ヤキモチを焼くなんて可愛いじゃないか。


 オリビアも気にした素振りでちらちらとルイスを気にしていたし、これは妹分の浮いた話を聞く日も近いかもしれない。今日のオリビアは非番で勤務時間は重ならないから、どこかで探りをいれてみなくては……と企む。


「おはようございまーす」


「おはようございます。クレメンテ様」


「昨夜食べすぎちゃったから、朝食までにしっかり消費してくるわね」


「いってらっしゃいませ。朝の時間に庭園を散歩されるのでしたら、蓮の花が見られる西側のルートがおすすめですよ。昼頃にはしぼんでしまいますから」


「あら、そうなの。じゃあ見ておかなくっちゃね」


 フロントに来る前に厨房の仕込みをちらっと覗いてきたのだが、今日の朝食は甘いクイニーアマンやバターをたっぷり使って層を重ねたクロワッサン。嬉しい悲鳴が上がることは間違いない。


 そうして愛想良く午前の勤務を終える頃――


「トニー!」


 私服姿のオリビアが慌てた様子でフロントに降りてきた。


 こういう時は非常に困る。


 ロビーには他の客もいるため、「なんだよ、でかい声出して」とは言えないのだ。古城ホテルのフロント係らしい上品な態度で用件を尋ねる。


「どうかなさいましたか?」


「ルイスさんを見なかった?」


「ラインフェルト様でしたら、早朝にお出かけになられましたよ」


「な、なにか、言ってなかった⁉」


「いいえ、特には」


 オリビアは雷に打たれたような顔をして取って返す。何かあったのだろうか。どうやら、彼女は支配人室に向かったようだった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る