西から来る嵐②
◇
(ルイスさんって、実はわたしのことが嫌いなのかしら)
数日前のルイスの態度を思い出しながら、オリビアはせっせと事務作業をしていた。
時刻は深夜二時。
夜更かしなお客様も眠りにつく頃だ。だが、絶対にご用命が無いとも限らないため、受付とコンシェルジュだけは交代でフロントに待機する。入り口には鍵をかけてあるため、ドアマンはいない。
オリビアはハワードの手伝いで、お客様に出す手紙の宛名書きをしていた。
早期に予約されたお客様には一月ほど前に予約確認やご機嫌伺いのメッセージを、宿泊後のお客様にはお礼状をお出しするのだ。
(それに、なにか隠し事をしている気もする。別に、悪いことを目論んでこのホテルに泊まっているわけじゃないってことはわかるけど)
古城ホテル心霊対策係を自称しているだけあって、ルイスは城にいる霊たちとコミュニケーションを築いていた。ある時は迷い霊を説得したり、ある時は泥だらけになって小動物を保護したり。霊のせいで客とトラブルになることは稀にあれど、彼に悪気はない。ポルターガイストや家鳴りの類も格段に減少した。
(ルイスさんがなんの目的でこのホテルに滞在しているのか、いまだによくわからないのよね……)
祖父の手紙に『オリビアを頼む』とあったけれど、彼は深く考えずにこのホテルにやってきたようだ。今は客と従業員にしては近しいような、師匠と弟子のような、友人のようなおかしな関係になった。彼が来てから約一月ほどが経った。
他の従業員たちに仲を冷やかされることはあるけれど、ルイスからオリビアへの恋愛感情はほぼゼロだと言い切れる。
①オリビアの祖父に頼まれたはいいけれど、ルイスもどう『頼まれればいいのか』わからなくて困っている?
②結婚してもいいかなと思ってきたけど、オリビアのことがタイプじゃなかったので誤魔化した?
③お師匠さんは亡くなっていると言っていたし、タダ飯タダ宿としてずっと居座ってやろうと考えている?
④何らかの目的があってこの古城ホテルに留まる理由がある?
(う~ん……。②かな。あの人に打算的な面があるように思えないし……)
始まる前から振られているようで地味に傷つくけれど、オリビアだって結婚の意思はないし……。
「っし、終わった」
受付でお礼状を折っていたトニーがオリビアの元にやってきた。
「封、していってもいい?」
「あ、うん。お願い」
宛名書きが終わった封筒をトニーに回していく。トニーは封筒に入れて糊付けをし始めた。
「なあなあ。ぶっちゃけた話、お前とラインフェルト様の関係ってどうなわけ?」
ちょうど今、それを考えていたところだ。
「勤務中の雑談は禁止でしょ」
「こんな夜中に誰も来ないだろ。俺、今、喋ってないと寝そうなんだよ」
単純な事務作業が眠気を誘うらしい。
しょうがないなあ、とオリビアは雑談に付き合った。
「特に邪推されるような関係でもないわ。おじいさまの友人みたいだし、便宜は図ってるつもりだけど」
「でもさー、前支配人ってほとんどずーっとホテルの仕事ばっかりしてるような人だったじゃん? いったいいつあの人と知り合ったんだろうな」
それはオリビアも不思議に思っていた。
「おじいさまがもっと若いころに知り合ったのかしら? って言っても、ルイスさんって二十代だし……ここ数年、おじいさまは外泊や外出も滅多にしてないものね」
「このホテルに泊まりにきたこともなさそうだしな。顧客情報もなかったし。でさ、俺、気になって、この間の夜勤の時に過去の宿泊台帳調べてみたんだよ」
前に泊まったのと同じ部屋が良いという予約の仕方をされるお客様もいるので、誰がどの部屋に泊まったかも記録をとっておいてある。それにしてもトニーときたら。メアリの野次馬根性にだいぶ毒されてきている気もする。
「過去に『精霊の間』に泊まってた客がいたよ。三十年前だ」
「三十年前?」
「あの人の父親かな? 名前はゴドウィン・ラインフェルト」
――ラインフェルトは俺を育ててくれた師の家名だから、ルイスと呼ばれた方が好きだよ。
(確か、そう言っていたはず。ラインフェルト姓なら、お父様ではなくお師匠様ということよね?)
じゃあ、祖父とルイスの師匠が友人関係だったのだろうか。
その方が年齢的にもしっくりくる。当然、まだルイスは生まれていないはずだ。
「だからさ、やっぱりお嬢とあの精霊師は親同士が決めた許嫁とかだったりすんのかなーって思ったんだけど……、その顔だと違うみたいだな。最近、よく一緒にいるみたいだから、いい感じなのかと気になってたのに」
「トニーが気にすることじゃないでしょ」
「いやいや。みんな気になってるって。だって、もしもお嬢と結婚したら、あの人がこのホテルの支配人になるかもしれないわけじゃん」
トニーの言葉に衝撃が走った。
(ル、ルイスさんの目的は、この古城ホテルの乗っ取り――⁉)
古城ホテルをオリビアが継がせてもらえると決まったわけではないが、彼はこのホテル自体は気に入っているようだし――ここを永住の地と決めて居座っている可能性もありうる。
(最初はちょっとわたしの顔を見にきたつもりで……、でも、住んでみたら意外と居心地が良かったから、とか)
黙り込んだオリビアの肩をトニーが叩いた。
「お嬢、悪い大人に騙されないように気をつけなよ? 子どもだった頃ならともかくさ、お嬢はもう結婚できる年なんだから」
◇
(いや、まさかね。まさかそんなこと……)
ありえない。
明け方勤務の先輩コンシェルジュと交代し、部屋に戻ったオリビアはトニーに言われたことをぐるぐると考え込んでいた。あのルイスが、結婚詐欺だか恋愛詐欺ができるわけない。霊感詐欺ならできるかもしれないけど。
制服から部屋着に着替え、ベッドに寝転がろうとした時だ。
『姫君、ちょっといいか』
部屋の外から聞こえてきた声に驚く。
「エスメラルダ三世? どうしたの?」
『このような時分に申し訳ない。急ぎ報告したいことがあり参ったのだが』
生前は紳士だったらしく、オリビアの部屋への入室許可を求められる。
入っていいと告げると、透けた体で扉を通り抜けてきた。
『実は、姫君に頼まれた通りに城の見回りをしておったら、西の方から馬車がやってきてな』
「馬車? こんな明け方に?」
『うむ。今頃正門に辿り着いた頃だろう。西の方角に気を付けよと申しておったから、念のために報告をと思ってな』
ドリー&メリー姉妹の予言の件もあり、エスメラルダ三世には西側を警戒してもらっていたのだ。西に警戒せよと言われ、即座に霊害を考えてしまう自分もどうかと思うが……。
「今日、チェックイン予定のお客様はいらっしゃらないはずなのに。飛び込みかしら?」
しかも、日の出前のこんな変な時間に。
気になったオリビアはカーディガンを羽織って部屋を出た。うっかり宿泊客と出くわしてもパッと見た感じはコンシェルジュだとはわからないだろう。
受付の真上は吹き抜けになっており、中二階のバルコニーのような場所がある。
立ち上がると下から姿は丸見えだが、かがんでいればまず見つからない場所だ。
(よくおじいさまがここにいたのよね)
ドアマンがあくびでもしていようものから、ここからゴホンと咳ばらいをしていたものだ。「抜き打ち査定」と従業員たちの間では言われていた。懐かしむオリビアの視界の端でサッと何かが動く。
(霊?)
誰か先客がいたらしい。
オリビアの姿を見てすぐにいなくなってしまった。
随分シャイな霊だが、オリビアはかえって助かった。エスメラルダ三世は見回りに戻ってもらったため、霊と一対一はちょっと勘弁願いたい。
そうっと下を覗くと、先輩コンシェルジュはハワードを呼んだらしい。
簡単なシャツにスラックス姿のハワードが、髪の長い女性に対応していた。パーマをあてた茶髪で、やややつれた身なりをしている。
「――あなたが今の支配人?」
「はい。ハワード・オルセンと申します」
「私はジョージ・クライスラーの娘のメイ・キャンベルよ」
ぎくん、とおかしな風に身体が強張った。
「……では、貴女は……」
「オリビアの母親、と言えばいいかしら。今すぐあの子に会いたいのだけれど、呼んでもらっていいかしら」
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