幼馴染の耳かき論―2
目が覚めたらもう昼前だった。
頭がすっごい痛い。
そうだ、昨日は悠美姉ちゃんの結婚式だったんだ。
あのあと二次会で奈美と浴びるほど飲んだ……主にあたしが。
頭がガンガンする。
完全に二日酔いだ。
身体もだるい。
全身がアセトアルデヒドに呪われている。
「うぅっ……気持ち悪い」
とりあえずトイレに行こう。
こんな最悪のスタートであたしの休日は始まった。
祝日のお昼前、台所であたしは生きる屍と化している。
「うぅ~、あたまイタイ」
「梨子、あんた段々酒ぐせ悪くなってるわよ……はい、お水」
「ありがと、母さん」
出てきたお水をぐびぐび飲んだ。
「頭痛薬ない?」
「ないわよ。あんた持ってないの?」
「この前の生理のときに切らしてる」
「そう、じゃあ、自分で買ってきなさい」
「冷たいな~」
昔は熱を出したら慌てて車で病院に連れて行ってくれたのに。
さりげなく新聞を読んでる父さんに視線を向けたら、そのまま新聞でガードされた。
夫婦そろって冷たい。
きっと昨日、あたしが結婚式に出席してる間に本物の両親は宇宙人に誘拐されたんだ。
今いる二人は宇宙人が用意した偽物で、あたしの頭痛は宇宙人からの攻撃に違いない。
「ああ、そうそう、買い物の後でいいから悠美ちゃんの結婚式の写真パソコンに入れといてね。奈美ちゃんと遊びに来てたあの子がお嫁さんだもんね。年とるのって早いわよねえ……って、あんた聞いてる?」
「はい、後でデータ入れときます」
悠美姉ちゃんと奈美の過去を知っているということは、残念なことにこの母さんは本物らしい。パソコンが使えなくて自分でデータやフォルダの整理が操作出来ない事からしても間違いないようだ。
プリントアウトは覚えてくれたんだけどね。
ここは残りのパソコン操作も宇宙人の洗脳技術で何とか学習出来ないものだろうか。
とりあえず、二日酔いの薬を買いに行こう。
おっと、その前にメールだ。
「このあいだの女の子、紹介のはなし……OKっと」
よし、駅前のドラッグストアに出かけよう。
◇
外の空気に当たると少し気分はマシになってきた。
でも頭痛は残っている。
どのみち頭痛薬は切れているので買い足しは必要だ。
昨日に続き天気は晴れ。夏から秋に変わる時期のぬるい空気を肺いっぱいに取り入れる。
今頃、悠美姉ちゃんは北海道に向かう飛行機の中かな。
奈美に聞くと、本当はハネムーンは海外が良かったけどお金が足りなかったらしい。
まぁ、わたしも社会人一年目だからわかるけど、そんなに貯金もないだろうしね。
むしろ結婚式のお金を自分たちだけでよく出せたなと感心する。
鈍く痛い頭でぼんやりと考えているとドラッグストアの黄色い看板が見えてきた。
「ウコンも買っていこうかな……」
もちろん今日飲むウコンじゃない。
まぁ、どうせそのうちまた使うんだから無駄な出費ではないだろう。
吞む前に飲むと効いた気がする。
まぁ、実際は魔除けみたいなもんなのかもしれないけど。
ドラッグストアの入口をくぐる。
まずウコンだ。
籠に入れる。
次に頭痛薬、二日酔いに効くドリンクも買っておこう。
どんどん籠に入れる。
「あとは……」
何か欲しいものがなかったか?
考えた時、バッグにいれてたスマホがピロン♪と鳴った。送り主は先ほどメールを送った男子。奈美の彼氏候補予定(仮)だ。
大学に入ってすぐに彼氏が出来た悠美姉ちゃんと違い、奈美はずっと独り身だった。もともと人付き合いが苦手なのに加えて、男性に苦手意識があるらしい。
まぁ、男に興味がないというのは別に悪いことじゃない。
でも若いうちに一回くらいは男性とのお付き合いを経験してた方が親友としては良いと思うのだよ。
あたし的には!
悠美姉ちゃんの結婚もあって、珍しく前向きになってるみたいだしね。
もちろん紹介相手は厳選している。
男友達で彼女を紹介してくれってヤツは多かったが、あたしの面接を通ったのは彼だけだ。
見た目はギリギリおまけでAランク、真面目、朴訥、大人しい安全な男の子。
奈美に会わすとしたら彼あたりが妥当だろう。
でも念のために「紹介相手に失礼があったらコロす」と返信しておこう。
OK……さて、買い物の続きだ。
買い逃しはないかと再確認しながら店内をぐるりと一周。
そしてドラッグストアに行った時には必ず寄るところがある。
「……ふむふむ」
眺めているのはアメニティグッズの一角にある耳かきの棚だ。
あたしのささやかな趣味の一つとして耳かきの収集というものがある。
耳かきには、竹、木、金属、プラスチック、シリコン、材質だけでも多様な種類が存在する。
さらに形状で言うなら、一般的なスプーンタイプに始まり、らせん型、ワイヤー型、ブラシ型、などがある。
さらに、さらに、言うならばデザインも多様だ。
観光地のお土産物コーナーには何故かわからないが必ずご当地キーホルダーとご当地耳かきがある。
何を言っているんだと思うかもしれないが、本当にあるのだ。
大抵の観光地のお土産屋さんには、各地キャラクター、名産、が頭にひっついた耳かきが置いてある。
それに気がついたときには本当に驚いた。
もっとも一番肝心な機能の方は平凡な木製のスプーンタイプがほとんどだ。
なのでこちらは実用ではなく鑑賞用のコレクションとして収集している。
さて、何か新製品は出ていないかな?
うん、ブラシタイプの知らないヤツが出ているな。
ブラシタイプは文字通り棒の先にブラシがひっついてる耳かきだ。
イメージとしては小学校の理科室に「試験管を洗うブラシ」があったが、あれをそのまま小さくしたというとイメージしやすいかもしれない。
もちろん先っぽはもっと柔らかいブラシだけどね。
こいつは耳にいれたときの耳穴全体がいっきにズボズボ刺激される感覚が凄い。
びっしりと集まった毛先の一本一本が敏感な耳の穴を蹂躙していくのだ。
ズボズボと入れたり出たりを繰り返していくうちに耳毛の毛先に絡みついた垢を取り除いてくれる。
ただこいつにはいくつかの欠点がある。
それは手入れが面倒臭いことだ。
これにつきる。
そりゃあもう面倒くさい。ガッツリとった後、耳垢がブラシの毛先にこびりつくのだ。それを踏まえて棚に置いてある耳かきに視線を向ける。
ふむ、ブラシの形状は特徴のないノーマルなものだ。これで先が膨らんでいたり、丸形ブラシになっていたりすると一考の価値があるのだが、わたしの収集物としてはふさわしくない。
「うん、ないな……次」
次に目をつけたのはシリコンだ。感触が抜群に柔らかいコイツは密かにあたしのお気に入りだ。
ピタッと当たって、優しく沈んで、こすり取る。その安心感たるや全素材中ナンバー1といっても過言ではないだろう。ただ、あたしはややハードなタッチが好みなので、実際に自分で使う場合は竹や金属製のものを併用している。
「ふむ……」
シリコン製耳かきのパッケージを手に取る。
スプーンの部分が浅い。
反りも少ないな。
「買いね」
そのままシリコン耳かきを籠にいれた。
あとは目ぼしい獲物はない。
最後に綿棒を手に取った。
耳かきというと「耳かき派」と「綿棒派」に分かれるだろう。
どちらが良いというものではない。
それは好みの問題だからだ。
ちなみにあたしは純然たる耳かき派。
しかし今手に持っているコイツにだけは一目を置いている。
『粘着式綿棒』
これがコイツの正体だ。綿棒というのは本来、軸の先に綿で出来た玉がひっついている。名前の通り「綿」つきの「棒」
しかしわたしの今持っているコイツは違う。名に偽りあり。
まずこいつ綿じゃないはプラスチックで出来ている。そして、軸の先っちょにひっついているのは綿玉ではなく粘着力のついた玉だ。それが耳の内壁に貼りつきペタペタと耳垢を剥ぎ取っていくのだ。
ペタのあとにメチっと取る。
ちなみに擬音とかじゃなくて本当に音がなる。
続けていくと地味にこの「ペタ」と「メチ」の音自体も快感となってくる。
この張り付けてとるという行為は耳かきでは再現出来ない独特の感触だ。
使うとすぐに粘着力がなくなってくるので、ドンドン取り換えないといけないのは難点ではあるが、20本入り100円くらいで買えるのでわたしはガンガン使い捨てる。
ちなみに色は複数あって選べるので、わたしは必ず黒を買うことにしている。
黒い綿棒だと、とれた耳垢が見えやすいので非常に爽快感あるのだ。
うん、今日の買い物はこんなものだ。
早く会計を済ませて二日酔いのドリンクをグビグビ飲み干したい。
そしてピロン♪とメールの着信音。
相手は奈美の彼氏候補予定(仮)だ。
「おや?」
返信されたメールには「あんまり厳しい子だったら、次の機会でもいいですよ」と弱気な文面で書いてある。
うん、ちょっと脅し過ぎたか。
でも残念。
キミが安全でチキンなチェリーくんなのは各方面の情報から知っているのだよ。
我が親友の経験値となるために犠牲になってもらおう。
キシキシと笑いながら、あたしは今後の作戦に思いをはせた。
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