幼馴染の耳かき論-1


今日お姉ちゃんが結婚した。

大学を卒業してすぐだった。

悔しいがウェディングドレスはよく似合っていたと思う。

不覚にもちょっとだけ泣いてしまった。

認めたくないが旦那さんも格好いい人だった。


「悠美姉ちゃんがお嫁にいって寂しそうだね」

「別に……」


結婚式の帰り道。

隣を歩いているのは同級生で幼馴染の梨子だ。

なんだかんだでお姉ちゃんと20年近い付き合いのある彼女も当然のように呼ばれていた。


「奈美はお姉ちゃん子だからね」

「別に……」

「二次会も出たら良かったのに」

「別に……」

「よし! わたし達だけで二次会やろう。奢っちゃう」

「行くわ」

「そこは即答なのね」

「最近は金回りがいいんでしょ」

「金回りって……言い方に悪意があるわね。普通に働いてるだけでしょ」


短大出の梨子はわたしよりも1年早く社会人になった。もちろん社会人一年目で高給取りじゃないけれど、片手間バイトの大学生よりお金を持っていると思う。

ちなみにわたしは大学4回生。ゼミの研究が忙しくてバイトはほとんど出来ていない。

懐具合は非常に寂しい。

まぁ、だからといって本当に親友にたかるつもりはないんだけどね。





梨子と一緒に入ったお店はスペイン料理のバルだった。カウンターばっかりのお店。

普段はあんまり入らないタイプのお店なんでちょっと緊張する。


「こういうお店って、けっこう行くの?」

「う~ん、たまにかな? 今つきあっている彼氏がこういうとこ好きなの」

「ふ~ん」


彼氏……あんまり聞きたくない言葉だ。

へこむな。


「大丈夫。悠美にもいつか素敵なひとが表れるよ」


長年の付き合いで考えも読まれている。

すごいばっちりのタイミング。


「何だったら、イイ人を紹介してあげよう」

「……そう」

「乗りじゃないねぇ。こういう時に攻めないから一度も恋人が出来ない」

「うっ!」

「おっ、ビール来た。じゃあ、悠美お姉ちゃんの結婚を祝って乾杯♪」


グラスをカチンと合わせる。お酒はあまり好きじゃないけど、今日は飲みたい気分だ。

食事は披露宴でガッツリ食べてるので頼んだ料理はアヒージョとカリカリに焼いたフランスパンだけ。


「だからね~、奈美は怖がりすぎだから~。男の人が全員狼なわけじゃないから。つ~か、相手の縄張りにさえ入らなきゃ狼も、そうそう襲ってこないから~」


アルコールが回りきった梨子は絶好調だった。何がなんでも、私に男性を紹介したくて仕方がないらしい。

ちょっと鬱陶しいけど、心配してくれてるのも解ってるから邪険にしにくい。


「まぁ、奈美には必殺の耳かきがあるから。あれさえあればどんな男でもね、イチコロだから、虜だから、いいなりだから~♪」

「梨子って、前もそんなこと言ってたよね」

「言ってたよぉ」

「さっきの披露宴のときにもお姉ちゃんとそんなこと言ってたけど、それって何なの?」

「それ?」

「だから、その耳かきよ」

「うふふふ、耳かきね~」


呂律の回っていない梨子。

うん、だいぶアルコールにやられてるようだ。

私は軽いカクテルだが、梨子はビールをガブガブ飲んでいる。

さっきの披露宴でもけっこう飲んでいた。


「耳かきはエロスなわけよぉ」

「……は?」

「ギリギリを攻めるスリルがたまらんわけよ~、それを他人に委ねるスリルがたまらんわけよぉ、耳かきの当て方ひとつで感触がねぇ、変わるのよ、そこには無限の宇宙が広がるわけよ……解る?」

「……はぁ?」

「何だぁ、ノリが悪い。悠美姉ちゃんはそこのところが分ってたよ~、アンタそれでも悠美姉ちゃんの妹かぁ、うん?」

「血の繋がった妹よ」

「確かに血は繋がっているかもしれない」

「かもじゃなくて繋がってるから」

「でもぉ、あたしと悠美姉ちゃんは~、魂の絆で繋がってる!」

「あ……そう」


何か嫌だな、その絆。


「そもそも、あたしに耳かきの素晴らしさを教えたのは奈美だよぉ、それなのにその本人がその素晴らしさを分かっていないとは何ごとだぁ~、恥を知れぇ」

「何それ?知らないわよ。お姉ちゃんにはよく耳かきしてあげてたけど」

「知らない!?あの時、あたしにあんな事しといて知らない!? あたしの『耳かき乙女』の初めてはあんたに捧げたのにぃ」

「意味がよく分からないけど、その不快な名称には覚えがあるわ」


そういえば昔、一度だけ梨子に耳かきをしてあげた気がする。

あれはまだ高校生の頃だから4~5年前か?

そもそも何でそんなことしたんだっけか?

昔の話なんでよく覚えていない。


「奈美はね~、自分の魅力がね~、分っていないのよぉ」

「魅力ね……例えば?」

「まず美人だ」

「美人ね……なら、もう少しモテても良さそうなんだけど」

「モテないのはね~、磨いてないからなのよぉ。それが悠美姉ちゃんと違うトコなんだよねぇ、コレがッ。でも大~丈~夫、あんたには必殺の耳かきがある!! あれさえあればね~、どんな男でもね~、篭絡出来るから。イチコロだから。虜だから。いいなりだから~。ギリギリを攻めるスリルがたまらんわけよ~、それを他人に委ねるスリルがたまらんわけよぉ、耳かきの当て方ひとつで感触がねぇ、変わるのよ、そこには無限の宇宙が広がるわけよ……わかる?」


うん、さっきの話にループした。完全に酔っ払いの会話だ。

しかし今日は酔ってるな。お酒を堂々と飲める年齢になってから何度も飲んでいるが、今日はひと際だ。

私はあんまり飲めないんでいつも弱いカクテルなんだけど、会うたびに飲む量が増えている気がするのよね……彼女。


「耳の中ってのはねぇ、普段は触れないのよぉ、でもねぇ、耳かき使うと触れるちゃうのよぉ、普段は見えない場所を器具を使ってぇ暴き立てる、道具を使ってぇ弄繰り回すんだよぉ」

「はぁ」

「弄繰り回すわけだよ、執拗に、じっくりと、弱いトコを嬲るのよぉ、でもねぇ、がっついちゃダメだよ、がっついちゃ、そこはねぇ、早い男の子が物足りないのと同じだよぉ、淡泊とかストイックとかはいらないんだよ~、じっくりねっとりがいぃんだよ~」

「……はぁ」

「溜まった耳垢の周囲をちょっとずつ削っていって、ウィークぽいんとをねぇ、暴きたてるのよ~、んで、現れたウィークぽいんとをねぇ、一気にいくのよぉ、これがスゴイいいのねぇ、ガマンしてガマンして最後ににガッツリ、ここは個人的にはいっきがいいのよ、いっきよ、焦らされるのもあたしは超~好きだけどぉ、されるときは荒々しいのがきもちいいのよねぃ……わかる?」

「……はぁ」

「痛いの直前くらいまで攻めるのがいいのよね~、痛かったらNGだよぉ、痛いの直前で止める!! 寸止めだよ~、そこの塩梅は大事よねぇ、ただ痛かったらプレイにならないわけよぉ、愛があってもテクニックがないと楽しめないでしょ、痛いと気持ちいいの狭間を探すのが楽しいんだよ~、だからね、道具の選びかたも大事だね~、テクニックが足りないときは道具があればカバー出来るよぉ、まぁ奈美はお上手だからぜ~んぜん必要ないけどねぇ」

「…………」


何か途中から違う話になっているような気もするんだけど、梨子は終始上機嫌だった。

何だかんだで彼女も悠美お姉ちゃんの結婚が嬉しくて仕方がないのだ。

結局その後、男性を紹介するのを無理矢理に約束させられて、悠美お姉ちゃんとの昔話や、今の彼氏の話を延々とすることになった。

しかしこんなに飲んだのは初めてかもしれない。

明日は祝日で本当に良かったわ。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る