チェリーくんの初体験


今日はイレギュラーな日だ。

今日はクリスマスの日だった。


今日はイレギュラーな日だ。

今日は初めて出来た彼女と初めてのクリスマスデートだった。


今日はイレギュラーな日だ。

今日はクリスマスのイルミネーションを見るために少し遅めに出かけてから、ささやかながらのディナーを食べた。


今日はイレギュラーな日だ。

ディナーで注文したタンシチューがオーダーミスで品切れになってしまい、別メニューを注文しなおしたので料理が出てくるのが遅れた。


今日はイレギュラーな日だ。

オーダーミスのお詫びとして、食後に注文していなかったちょっと豪華なケーキをサービスで出してくれた。

でもケーキよりも店長が「恋人にとって大切な夜に申し訳ありませんでした」という言葉が地味に嬉しかった。

恋人、そう、この黒髪のクールビューティーは俺の恋人だ。

他人から言われるとスゲー嬉しい。


今日はイレギュラーな日だ。

いつもより遅い時間に出かけ、オーダーミスで食事が遅くなり、サービスの良い店だったこともあって、食後も彼女とすごく会話が弾んでいつもよりも帰宅が遅くなる。

そして彼女の終電がなくなった。



「あれ?おかしいわね、電車の時間大丈夫なはずなんだけど……」


お別れを告げる駅前で異変に気がついたのか、彼女はひどく焦った顔でスマホを確認していた。彼女は東大に通っている才媛で、俺とは「ちょっと釣り合わないんじゃないのか」と不安になってしまうくらいの美人だ。そんな彼女が珍しくあたふたしている。普段はあまり見れないかわいい表情だけど、いつまでも放っておくわけでもいかないな。


「ひょっとして土日ダイヤ間違えた?」

「あ!」


図星らしい。

さて、彼女は今日家に帰れない。

そして、俺の家はこのすぐ近くだ。


さて、どうしよう?

今日はとてもイレギュラーな日だ。





彼女は今、俺の部屋に来ている。

タクシーで帰る?――否

彼女の家はここからはけっこう離れていてタクシーで帰るにはかなりお金がかかる。


近くに友達の家はないか?――否

聞いてみたけどないらしい。


いや、でも二つ目の質問は意地悪だなと我ながら思う。

俺の彼女である、佐藤奈美は友達が少ない。

美人だが口調がきつくて、人付き合いも苦手、勉強は得意。

こういうタイプはだいたいクラスでも女子の輪に入らずにひとりでいることが多かった。

つまりはその辺りを分かったうえで選べない選択肢を提示して彼女の逃げ道を塞いだんだ。

うん、我ながら外道だな。

よく人畜無害なんて言われているけど俺も男。

エロいことには興味津々だ。

これまで一度も彼女がいなくて、学生時代の最後に女の子とつき合える機会が巡って来た。

それもこんな美人。

なので、こっちも必死なのだ。


そうして何とか佐藤さんを部屋にお持ち帰りした。

だけど、1Kのマンションで狭い部屋なのに距離感がすごい。お互いコタツの向かい側に座っているんだけど、めちゃくちゃ警戒されているのがよく分かる。

彼女を紹介してくれた鈴木梨子の顔が一瞬目の前をちらついた。もしも彼女に何かあった場合、俺はあの凶暴な女に殺されるらしい。

でも部屋まで来たってことは佐藤さんも合意ってことで問題ないはず。

大丈夫……だよね?


「内海くんの部屋……意外と綺麗にしてるのね」

「ああ、うん。たまたまだけど」

「そう……」


会話が続かない。

TVの音だけが嫌に響く。

今年大ブレイクした中堅の漫才師ガリガリボーイが静かな室内を賑やかしてくれているのが救いだ。

佐藤さんも何か落ち着かない感じで部屋をキョロキョロ見回している。

頑張れオレ。

何か話題を探し出せ。


「あのさ……今日のイルミネーションキレイだったよね」

「うん、そうね」

「…………」

「…………」


ダメだ、会話が続かない。

ああ、また佐藤さんがキョロキョロしだした。

空気が、空気が……


「ねぇ」

「?」


何だろう。

ひょっとして鈴木に何か言われてるのか?

下心丸出しで彼女を部屋に連れ込んだのに何にも出来ない、オレ、スゴイ、カッコワルイ。

だけど飛び出てきた言葉は俺の予想を裏切るものだった。


「耳かきしてあげるわ」

「え?」


ミミカキ……耳かきのこと?

何で?

今の話の流れでそんな内容あったっけ?

彼女と部屋で二人きり。

混乱の極みの中で頭の中はパンク寸前だ。


「あ、ごめん、何か変なこと言っちゃったわね」

「え……あ、いや」


普段は強気で不愛想な彼女が顔を真っ赤にしてうつむきがちに視線をそらせる。

ヤバい、超カワイイ。

そうなると答えなんて一つしか存在しない。


「オレは佐藤さんに耳かきして欲しいかな」

「本当?」

「ホント、ホント」

「そ……そう、じゃあやってあげるわ」


オレがお願いすると佐藤さんの曇っていた表情が一気に晴れる。

普段は上がりがちな目じりが下がって笑顔を作った。

ヤバい、超カワイイ。


そして俺は今、彼女の膝の上にいる。

生まれて初めての母親以外の膝枕だ。

正直「どうしてこうなった?」という思いもある。

だって、急に耳かきだし。

俺は佐藤さんといやらしいことがしたくて、必死に部屋に連れ込んだんだ。

もちろんスキンシップ万歳だ。

なので、この状況はそこまで悪いものじゃない。

ああ、でも佐藤さんの太もも柔らかい。

もう何かこれだけで幸せになってくる。


「でも、急に耳かきするとか言い出してびっくりしなかった?」

「うん、ちょっとね」

「そ、そう……まぁ、耳かきには実はちょっとだけ自信があるのよ」

「そうなんだ」


なるほど、耳かきというのは佐藤さんなりのアピールポイントなわけだな。

得意げに胸を張る彼女を見て理解した。

耳かき自体はたまにやるくらいで別に好きでも嫌いでもない。

そういえばここ最近した記憶がないんだけど、最後にしたのは何週間前だったかな。耳かき棒自体はTVの横に置いているんだけど、いつも目についてるからこそ特にやろうとも思わないんだよな。

そんな長き眠りから目覚めた耳かきは、今は彼女の手の中だ。

まぁ、いきなり耳かきなんてちょっと変わっているとは思うけど悪い気はしない。

彼女に耳かきしてもらう……むしろ良い。

柔らかい膝枕をされ、頭の上から透き通ったアルトボイスが聞こえてくる。


「じゃあ、始めるわね」

「あ、うん、お願い」

「いくわよ」


あれ?

今、一瞬佐藤さんの声音が低くなったような気がした。

目つきも何だか鋭くなって?

そう思ったら、突然それがやって来た。


最初、俺は耳かきが脳味噌まで突っ込まれたのかと錯覚した。

だってそうだろう、触られているのは耳のはずなのに頭の芯まで響いたんだよ。

耳かきの先が内側をカリカリ掻くと、その信号が脳味噌まで飛んでくる。

すごい衝撃、なのに全然痛くない。

やばい、脳から変な汁が出てきそうだ。

ひと言でいうと“気持ちいい”


「内海くん、大丈夫?」

「ああ、うん……大丈夫。耳かき……ウマいんだね」

「へへへっ、そう?」


俺の言葉に佐藤さんが嬉しそうに笑う。

ヤバい、超カワイイ

佐藤さんの可愛いさと、耳かきの気持ちよさで、脳がどんどんトロけていく。

さっき一瞬だけ見せた鷹のように鋭い眼光は多分見間違いなのだろう。

それにしても自分でいうだけあって、この耳かきは何だかスゴイ。

耳掃除って、耳を綺麗にするものだと思ってたけどこれはちょっと違う。

ツボ押しみたいに先で突いたり、按摩みたいに押したりと、耳の中をマッサージされてるみたいだ。

溜まった耳クソをバリバリ突き崩して、それをゆっくりと耳の外まで運んでいく。

その繰り返しだけだというのに一回一回の掻き方が全然違う。


「うわ~、めちゃくちゃ気持ちいい」

「ふふん、凄いでしょ」

「スゴいなぁ、佐藤さんにこんな特技があったなんて知らなかったよ」


つき合うほど色々特技が発覚して驚くことの多い佐藤さんだけど、今日のは一番驚いた。

それに褒められて素直に喜んでいる彼女をみるのも結構新鮮だ。いつもはせっかく褒めても「別にこんなもんでしょ?」という態度でオレのハートを地味に削りとっていくんだけどね。

だから、こういう表情をしてくれるのは嬉しい限りだ。

だからついつい、オレは「そのひと言」を言ってしまった。


「うぅ~、気持ちいい、もっとやって欲しいなぁ」

「そう、もっと? じゃあ本気でいくね」

「へ?」


本気という言葉の意味を知るのは、その一瞬後のことだ。まず最初に耳の中で耳かき棒の先がしなった。

いや、しなったっていうか、もう完全にこれは途中で関節が折れ曲がっててグリグリ動き回っている。

竹で出来た耳かきにそんな機能がついているわけないんだけど、そうじゃないと説明がつかないくらい不自然な動きだ。

窪んでいて今まで攻めきれなかった急所。

そこを耳かきの先端が三又に分裂して、それぞれの箇所を一本一本が独立するように攻め立てる。

え?何?これウチに置いてた耳かき使ってるんだよね?

耳の孔の中を舌で舐められているような異様な感覚に、頭は混乱しているのに、背筋にぶるぶると震えが走る。ぶるぶる震えて鳥肌が全身に行きわたった頃には、頭の中は完全に快楽の海に浸かってしまっていた。

耳かきによる耳への愛撫。耳たぶを這うように耳介の上を蠢いたかと思うと、穴にぬるりと滑りこんでいく。

耳たぶから鼓膜のギリギリ手前まで、丹念に、執拗に、耳かきを使って舐め上げていく。

脳髄から危ない快楽物質がどばどば溢れて、全身の毛穴から滲み出てきそうだった。

ヤバい、この快感は完全に脳の容量をオーバーしている。


「さと……さん、ちょ……プ」

「え、何?」


ストップと言いたいのに舌が回らない。

よく分からないという表情で小首をかしげて俺を見る。

良かった伝わった。

さすが俺の彼女。

この3か月の間で育んだ絆は伊達じゃない。

だと思ったら、佐藤さんはすごくイイ笑顔で耳かきの尻の部分についているフワフワのやつを突っ込んできた。


「……ぃぃぃっ…………あ」


それは“えぐられる”という表現がぴったりだった。

ふわふわの毛先の一本一本が耳の内壁の部分を全力でくすぐりにかかる。

暴力的な気持ちよさに脳みそがグラグラ揺れる。


「うぃ……ぃ」


声をかみ殺すというか、もう耳から脳を経由して全身に送られる謎の快楽信号のせいで喉が引きつって喋れない。

でも大丈夫耐えきった。

ギリギリで手放さなかった理性を誇りに思う。

だけど、その考えは甘かった。

オレは佐藤さんの恐ろしさを微塵も理解出来ていなかったんだ


「ふぅ~っ」


ゾクゾクっと来た。

ああ、これ佐藤さんの吐息だ。

俺の耳に佐藤さんが「ふぅ~」ってやってくれた。

超カワイイ、俺の恋人がお耳に「ふぅ~」だ。

本日、最大のビッグウェーブだった。

その一撃で最後に残った理性が完全に焼き切れて、眼球がぐるんと上を向いて白目になった。


「■■■■■■!!!!」


ああ、脳汁が、脳汁が……


「もうダメ……いっちゃう」

「え?……内海くん、どうしたの?」


佐藤さんが心配してくれてるみたいだけど、もう頭の中が真っ白になってしまっていて、何が何だか分からない。

すごい。

初めての彼女を部屋に連れて帰ったら、逆にグチャグチャにされちゃった。

もうお婿さんに行けない。

オレはこの瞬間、密かに佐藤さんに責任をとってお婿にもらってもらうことを決意をした。


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