お姉ちゃんの特訓
お姉ちゃんがそれを言ってきたのは、私が大学のサークル合宿から帰った直後の事だった。
高校のクラブ活動の合宿と違い、大学のサークルの合宿は適当だ。
ほとんど旅行みたいなもんだから別に疲れてはいないんだけどちょっと面倒くさいな。
「え? 何それ?」
「だから、奈美ちゃんに耳かきのやり方を教えて欲しいのよ」
「別にいいけど、何で?」
「ヒロくんに耳かきして女子力をアピールしたい」
「耳かきで女子力……アピール出来るかな。普通に料理とか覚えた方がいいんじゃないの?」
「ヒロくん自炊してて、料理上手いから……」
「あ、そう」
まぁ、確かに相手の土俵で勝負するのは危険だ。最近は以前ほど耳かきをねだらなくなってきたお姉ちゃんが急にこんなことを言ってきた理由はコレか。
ちなみにヒロくんというのは、お姉ちゃんが二年前からつきあっている同じサークルの彼氏さんだ。
「料理は独り暮らしで自炊してるヒロくんに勝てないから、耳かきでヒロくんの心を掴む!」
「まぁ、料理も練習してた方がいいけどね。というか、お姉ちゃんはヒロくんの手料理を食べたことがあるのね」
「うん……晩ご飯も、朝ご飯もスゴく上手だった」
「ふ~ん」
独り暮らしの男の人の家で、晩ご飯と朝ご飯。
つまりそういうことか。
大学に入学してすぐに彼氏が出来たお姉ちゃん。
大学に入って二年、未だに出来ないわたし。
ものすごい敗北感を感じる。
「奈美ちゃんどうしたの?」
「いえ、何でもないです。お姉さま」
「お姉さま!?」
「では、さっそく教授させていただきます」
「え?何?どうしたの?」
慌て出すお姉ちゃんだが、今日のところは素直に従っておくとしよう。
私は生物的に雌として敗北したのだ
「じゃあ、始めます」
「あ……うん、始めてくれるのはいいんだけど、どうしてお姉ちゃんが奈美ちゃんのお膝に乗ってるのかな?」
そう、今お姉ちゃんはわたしに膝枕されている。
理由は簡単だ。
「まずは解説しながら私がやるから、それを真似してみて」
「ああ、そういうことね」
「そういうこと」
言いながら、耳かき棒を手に取った。
「まずは耳かきの持ち方から」
「そこからなのね」
「そこからです」
ゴホンと咳払いをしてお姉ちゃんに聞いてみた。
「まず、耳かきで一番怖いと思うのはどんな時でしょうか?」
「う~ん、鼓膜が破られたら怖いとか?」
「正解、鼓膜に当たったらと思うと不安です。逆に絶対に大丈夫という自信があれば怖くありません。なので持ち方に気をつけましょう。耳かきを短く持てば鼓膜には絶対に届きません」
私は耳かき棒の先を1.5㎝ほど残して持つと、わざと乱暴に突いてみる。
「あ、ホントだ。これなら安心だ。さすがは奈美ちゃん。最高学府の学生さんなだけあるね」
「耳かきと大学は関係ないから」
当たり前だけど、大学でこんなバカなことは学ばない。
「じゃあ、次ね。次は耳かきを使って耳介を掃除します」
「耳介?」
「耳の外側のこと。ここが耳介」
言いながら、お姉ちゃんの耳たぶを軽く引っ張る。
「奈美ちゃん痛い」
「ちなみに耳の中で鼓膜の手前が外耳、鼓膜の内側が中耳ね。じゃあ、実演するね」
「あれ、今お姉ちゃん無視されてる?」
「はい、行きま~す」
ちょっと無視しながら耳介の掃除方をレクチャーする。
それこそ匙の当て方から、梵天の使い方までだ。
そんな私の妙技を教えられたお姉ちゃんは感嘆の声をあげた。
「うわぁ~なんか違う。こんなに色々なやり方で掃除してくれてたのね」
「まぁね」
褒められてついついフフンと鼻を鳴らす。
少しは私の苦労も理解してくれたようだ。
そんなお姉ちゃんに、私は更に言ってやった。
「お姉ちゃんの耳って汚ないからね」
「もぅ、あんまり汚ないって言わないで」
唇を尖らせて言う。そんな顔に悦に入る私なのだが、次のお姉ちゃんの言葉を聞いた瞬間、その余裕の笑みが凍りついた。
「最近はデート前は必ずキレイにしてるから……ヒロくん、舐めてくるのよね」
え?
舐める……耳を?
その言葉に動きが止まる。
そういえばお姉ちゃんはちょっと前から「耳かきしてくれ」と言わなくなった。
私の中で何かがカチッとはまる音がした。
どうやらお姉ちゃんは私が想像しているよりも遥かに先を進んでいるようだ。
でも耳を舐める。
未だに男性と“そういう経験”がない私にはそれがどんな状態かイメージ出来ない。
アブノーマルなプレイじゃないよね?
「お姉ちゃん、ヒロくんってどんな人なの?」
「どんなって……優しいよ」
「他には?」
「料理が上手」
「うん……言ってたよね」
「多分、結婚すると思う」
「え!?」
「卒業してからだけどね」
結婚!?
何?それ!
この5分の間にお姉ちゃんが別人になったみたいに大人に見える。
「奈美ちゃんもね。好きな人が出来たら耳かきしてあげるといいよ。奈美ちゃんの耳かきは魔性の耳かきだから、どんな男の子も一発で落とせるから」
「あ……うん」
耳かき出来る関係になってる時点で、その男性は既に落ちてる気はするんだけどね。
その後も私はヒロくんについて色々と質問をした。
趣味がスノーボードなこと。
母親が既に亡くなっていること。
公務員試験合格のために猛勉強してること。
耳なめ発言にドン引きしたけど、ヒロくんは基本的にはいい人のようだ。
それと同時に私がお姉ちゃんに耳かきするのも、これで最後かもしれないな。
なんとなく思った。
そしてその予感は見事に的中することになるのであった。
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