同級生に相談-2
その日は久々に親友である奈美の家に遊びに行っていた。高校になったら疎遠になるかもと不安に思ったけど、いざ進学して見たらそんなものは杞憂だった。
私たちの友情パワーは無敵だ。
そんな奈美から相談事。
もしや恋愛相談?
そう思ったけど、残念ながら内容は恋の話ではなかった。
でも悠美姉ちゃんに恋人が出来たってのはいい話だ。ちょっと天然入ってるけど、悠美姉ちゃんには昔から遊んでもらったからな。
悠美姉ちゃんが男の人と付き合うって、正直ピンとこないんだけどもう色々しちゃってるんだろうか?
あの天然系の悠美姉ちゃんが殿方と色々。スゴく気になる。
しかし話を聞いてると奈美の悩みどころが分んないなぁ。
とりあえず耳かきが原因みたいだからとりあえず受けてみてみようか。
「じゃあ、ばっち来~い」
奈美の膝の上に頭を置いてゴロっと転がった。
「梨子……あんた、遠慮ないわね」
「いまさら奈美に遠慮とかないでしょ?」
「まぁ、そうだけど」
「それに奈美にはわたしのファースト膝枕をあげるんんだから光栄に思うこと! 本当は将来の旦那さんにあげるって決めてたんだからね」
「膝枕してあげてるのは私なんだけど」
「ノン、ファーストであることに違いはなし」
「えらくピンポイントな“ファースト”ね。っていうか、膝枕とか絶対に親にやってもらったことあるでしょ」
「お母さんの膝枕はノーカウント!」
「はいはい」
我ながらよく分からない理論だが、呆れてる奈美の顔が楽しくてキシキシ笑ってしまう。
高校生になっても変わらないなぁ。
「ほい、じゃあ、ばっち来~い」
親友とはいえ、奈美に耳かきしてもらうなんて変な感じだ。よく考えてみたら耳かきなんてよっぽど親しい間柄でもやらないからな。
普通は親子とか、夫婦とか?
まぁ、わたしには旦那も、婚約者も、彼氏もいませんけどね。
しかし確かに姉妹で耳かきって珍しいのかもしれないな。それでも変とまでは言わないけどね。
おっ、始まったな。
耳たぶを覆ってくる感覚に、あたしは意識を引き戻した。
最初に出てきたのは何故だかウェットティッシュ。奈美が普段、悠美姉ちゃんにやってるのと同じ手順でやってくれるらしい。
「へぇ~、最初は耳を拭くんだ」
「お姉ちゃんの耳、汚かったからね」
おぉ、何か耳の裏がゴシゴシされている。
強からず弱からずの絶妙な圧がかかってくる。
「ふ~ん、慣れてるね。奈美ってばテクニシャン。この熟練の手つきはもはや『耳かき乙女』の手つきはじゃないね」
「何、その恥ずかしい造語」
奈美が実に嫌そうな顔をしている。相変わらずからかいがいのあるヤツだ。
でもコレ気持ちいいな。
強からず弱からず、耳を挟んでくる指の力加減が絶妙だ。
もう少し強くしたら痛いと感じてくる、その寸前で止める。
まさしく“痛気持ちいい”という表現がふさわしい。
特に耳の上の窪みに指をひっかけて引っ張られるのが実にいい。
「コレ、スゴイ、キモチ、イイ」
「何でカタコトの日本語なの?」
「いや、これ思ってたより気持ちいいいわ。悠美姉ちゃんがハマっちゃうのも納得だわ」
「そんなものなの?」
「そんなもんだから。じゃあ、次、行ってみよう」
「いや、もういいんじゃない」
「ダメダメ最後までやってもらわないと……わ、私の初めてをあげるんだから光栄に思いなさいよ!」
「知ってる?耳って引っ張ると意外と簡単に千切れるらしいわ」
「すんません。調子にのってました」
うん、調子に乗り過ぎた。
でもせっかくなんだから最後まで体験してみたい。
「しょうがないな」
奈美はウェットティッシュを耳かき棒に持ち変える。
膝枕をされているから奈美の顔は見えないけど、多分いつものように右の眉毛を下げて溜息をついているのだろう。
「じゃあ、耳かきしてくね」
「ほ~い、ばっち来~い」
とは言っても、先週耳かきしたばっかりだからそんなに溜まってないんだけどね。
ゾボッ
……え?
何かスゴイ音したけど?
「奈美」
「ん?なに?」
「ひょっとして、わたし耳垢溜まってる?」
「いや、そんなに。でも、窪みになってる所にちょっとあるわね」
「そうなんだ」
どうやら予期せぬ大物が眠っていたみたいだ。わたしのやり取りの間にも奈美は残った残骸を手早く片付けて行っている。
前述の通り、その手練手管はもはや『耳かき乙女』にあらず。
感心してしまう。
その油断した一瞬だった。
熟達した一撃が寸分たがわず最初と同じ位置をついた。
もはや耳垢が剥がれて無防備となった皮膚に直接だ。
背筋を鋭い何かが走り抜ける。
同時に「いっ」と声を出してしまった。
もちろん「いっ」は“痛い”の「いっ」だ。
だがそのときの“痛い”はわたしが今までの人生で感じたことのない“痛い”だった。
表現するのが難しいが痛気持ちいいをギリギリ超えた“痛い”だった。
「ごめん、大丈夫?」
「ううん、全然、イケるイケる“痛くなかった”から」
嘘をついた。
だって痛かったんだから。
でもそれを言うともう、その“痛い”が来ないような気がしたので奈美には言わなかった。
「ああ、そう? じゃあ、このままいくね」
「O~K~」
平静を装いつつ、次の一撃を待つ。
だというのに、奈美の耳かきは精細を欠いていて匙の先でこちょこちょするだけだ。
「ねぇ、もうちょっと強めにしてもいいよ」
「そう? でもあんまり強いと危ないよ。耳の中って敏感だし」
「そうね」
そうなんだけど、そうじゃないんだ……と叫びたくなったが、何とか我慢する。
そんなわたしに親友は信じられない言葉をかけてきた。
「はい、終わったよ」
「え?」
あれ、終わっちゃった?
「あんまり溜まってなかったわね。どこかのお姉ちゃんと違って清潔でよろしい」
「あ……うん」
「じゃあ、これで――」
「逆も行ってみよー!」
大きな声で遮った。
これで終わらせてなるものか。
グルっと寝返りをうって奈美の動きを封殺。
これで完璧だ。
「はい、じゃあ左耳ね」
「まぁ……いいけど」
乗り気じゃなさそう。
うん、右の眉毛が下がってるな。
でもOK。
奈美はさっきと同じようにウェットティッシュで耳を揉みながら拭いていく。その時に耳たぶを程よい力で押しつぶしたり、引っ張ったりしてくれるのだが、さっきの強烈な一撃が頭に残っているからだろう。
“痛気持ちいい”の感覚がなんだか物足りなく感じてしまう。
ぬるい“痛気持ちいい”ではなく、鮮烈な“痛い”を欲しがってしまう自分がいる。
「はい、じゃあ耳かきもしていくね」
こちょこちょ、こちょ
違う、これじゃない。
耳垢が取れて行っているのは分るんだけど、あたしがやって欲しいのはこれじゃないんだ。
「……あ、そこ痒い。もっとゴリゴリして」
ちょっと言ってみた。
ちらっと横目で見る。
「ああ、ここね薄い皮膚みたいなのがへばりついてるわ」
そこには職人の目をした女がいた。耳かき職人と化している奈美は無駄のない剥がれだった皮膚の残骸をソフトタッチでさっと取ってしまう。
妙技だ。
「はい、とれたわよ」
「あ……うん、ありがとう」
悠美姉ちゃんの耳で鍛え上げたその耳かきさばきには無駄はなかった。
痒いところを見つけては少しだけ撫でて「そこをガリっとやって欲しい」と思ったら痛くなる寸前で止める。
耳かきの先が急所をかすめて背筋に、甘い、弱い、電撃が走って「もっと強い刺激が欲しい」と思ったらそのまま弱く掻くだけで耳垢を排除してしまう。
痒いところに手は届いている。
でも違う。
当たっているところはいいんだけど、やって欲しいのはそれじゃないんだ。
物足りない。
もどかしい。
「あ……そこのところが痒いから、ちょっと強めでやってみて」
「はいはい、強めね」
言ったら、強めでやってくれる。
でも、奈美は「ひょっとしたらわざとやってるんじゃないか?」っていうくらい、絶妙に場所をずらして掻いてくる。
ウィークポイントをギリギリ外したところをガリガリ。
そして一番欲しいところはコチョコチョ。
ああ、もう、これ絶対わざとやってるでしょ!
こんなんじゃ、わたしのイライラは溜まっていくばっかりだ。
何度も何度も一番いい手前で寸止めをされて、「もっと“痛く”して欲しいんだ」と思わず叫んでしまいそうになる。
「あんまり溜まってなかったね」
左耳の耳かきは終盤を迎えていた。
フワフワの梵天が耳の穴に侵入してくる。
マズイ、これは終了の合図だ。
さっきの右耳はこれで終わったんだ。
柔らかい羽毛で出来た梵天の刺激は優しくて“痛く”ならないように細心の注意が払われている。
優しいけど、頼りない、物足りない。
耳の中でぐるっと梵天が回る。
羽毛の一本一本は刺激はすごく小さい。
くすぐるみたいであたしの耳の穴を舐められているみたいだ。
最後にずぅ~っと羽毛玉が引き出されて耳かきは終わった。
わたしが待ち望んでいた鋭い一撃はこなかった。
不完全燃焼。
生まれて初めて『生殺し』という意味を知った気がする。
「……終わっちゃった」
「え?なに?……あ!梨子、そのままじっとしてて」
「ふぇ?」
何かと聞く前に、それは襲ってきた。
最初の一瞬は熱いものでも背中にかけられたのかと錯覚してしまった。
焼けるような“痛み”を伴った一撃。
それが頭の先から股間まで一気に走り抜けていく。
“痛い”“気持ちいい”
本来なら別々の感覚であるはずの刺激が一緒になって頭の中をかき混ぜていく。
痛い?気持ちいい?
もう、どっちかよく分かんない。
頭の中がぐちゃぐちゃにされていく。
あまりに甘美な衝撃に声も出なかった。
襲ってきた快感は一度だけだったが、お預けを食らっていた犬状態だったわたしにはそれで十分だった。
「はい、これで終わりね……って、え?梨子、どうしたの!?大丈夫?」
遠くで奈美の声が聞こえる。
ああ、そうだ、返事をしないと。
「うん……大丈夫だよ」
「そう?」
とりあえず、悠美姉ちゃんの気持ちはよく分かった。
これは確実にハマる。
絶対にクセになる。
ダメになる。
自分の中の変なスイッチがONに入ってしまったのを自覚しながら、あたしはこれから自分が満足していくにはどうしたらいいのかをぼんやりと考えた。
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