絶対的な拒絶

 密かな会話は続く。



「ほんとだ。あの子、力に敏感みたいだね。聖域って分かってるなら、こんな奥まで来なきゃいいのに。」



「でも、さっきから実のこと話してるみたいだよ。実の知り合いかな?」



「―――っ!!」



 その言葉を聞いた途端、視界のかすみなど忘れてしまった。



「実を知ってるのか!?」



 無意識に、声がする方に向かって声を荒げる拓也。

 顔を上げた先では、何人かの精霊たちが驚いたように拓也を凝視していた。



「な……なあに? この子、私たちが見えるの?」

「そ、そうみたい。」



 戸惑いを隠せない精霊たちは、互いに目を合わせてひそひそと言葉を交わしている。

 拓也は必死に訴えた。



「頼む、実がいる所を教えてくれ!」

「いや。」



 精霊たちは一瞬で表情を険しくして、その目に明らかな敵意をたたえる。

 彼女の返答の速さに、拓也は思わず息を飲み込んでしまった。



「どうして人間なんかに、実の居場所を教えなきゃいけないの?」

「そうよ。何をするつもりか、分かったもんじゃないわ。」



「違う! おれたちは、実に危害を与えるつもりはないんだ!」

「どうかしら。」



 精霊たちの目は、冷ややかだった。

 徹底的な人間に対する拒絶は、一片の揺らぎすら見せない。



「今まで人間は、私たちをないがしろにしてきた。私たちの仲間が死んでいくのを、人間は見えないのをいいことに意識すらしなかったわ。その上同じ人間までいとい、さげすみ、殺していくじゃない。」



「実がここで隠れて過ごしてたのだって、全部人間のせいなんだから。」



「実はただ、静かに生きれたらよかったんだよ? それなのに人間は、何度も実に殺意を向けた。それがどんなに悲しいことか分かるの? 実がどんなに傷ついてたか、人間のあなたに分かるの? 人間なんか―――」



「分かってる!!」



 拓也は渾身の叫びで、その言葉を遮った。

 精霊たちが口をつぐみ、その場がしんと静まり返る。



「分かってる……実がたくさんの人に襲われてきたことは、今さら変えられない。たとえそれがおれのせいじゃなくても、人間のせいだということは、おれが否定できることじゃない。分かってる。それで実がどれだけ傷ついたのかも、実が人間を嫌っていたことも、全部分かってるんだ。でも…っ」



 拓也はぐっと、地面の草を握り締めた。



 ここの精霊たちは自分が今まで接してきた精霊たちと違って、人間に根強い嫌悪を抱いている。



 それは今まで精霊たちと友好的に接してきた自分にとって、とても悲しく思うことだった。



 けれど、この精霊たちが言うことは正しくて、彼女たちが実を守りたいという気持ちも痛いほど分かる。



 だから、精霊たちが言うことを否定はしない。



 ただ……



「頼む…。会うだけで……会って、話をするだけでいいんだ。実がここにいたいって言うなら、無理やり連れていったりしない。だから、頼む。」



 拓也の訴えに、精霊たちが動揺を見せた。



「……どうするの?」

「ここまで言うなら……」

「だめよ! そんなことしちゃ。」



 一人の精霊が、他の精霊を叱咤する。

 それに他の精霊たちは、拓也と叱咤する精霊とを交互に見て狼狽うろたえた。



「だっ……だって…。この子、そんな悪い子には見えないし。」



「でも、イルシュエーレ様が絶対に許さないよ。イルシュエーレ様がいいって言わないと、私たちがいいって言っても意味がないんだから。」



「………っ」



 やはり、何を言っても伝わらないのだろうか。

 それほどに、ここの精霊たちと人間の間には、深い溝があるのだろうか。



「ティル……」



 尚希はかける言葉もなく、拓也を見つめるしかなかった。



 事の行く末を見守るしかない尚希。

 悔しさに唇を噛む拓也。

 困惑する精霊たち。



 それぞれに、重い沈黙が落ちた。

 その時だ。



 ふいに、茂みを掻き分けるような音がした。

 その音は探るようにゆっくりだったが、確実にこちらへ向かってくる。



 そして―――



「ああ、こんな所にいたんだね。」



 拓也たちの前に現れた人物は、安堵したように頬を緩めた。



「あ、あなたは…っ」



 あまりに想定を外れた人物の登場に、拓也たちはおろか精霊たちまでもが絶句する。



「よかった、まだセーフだね。私も慌てて来たんだ。」



 彼はほっとしたように微笑むと、拓也たちと精霊たちの間に立った。



「悪いね。実のためにも、彼らを狂わせるわけにはいかないんだ。彼らは今から、私の保護下に置くよ。イルシュエーレとの話は、私がつけよう。」



「………」



 拓也はふと、肩から力を抜いた。



 彼が精霊たちに語りかけた後、自分の周りが不可視の力に包まれていくのが分かった。

 吐き気を催すような刺激を伴ったにおいが消えていき、眩暈めまいも引いていく。



 精霊たちはたじろぐと、無言でどこかに飛び去っていってしまった。



 もしかしたら、イルシュエーレという自分たちのおさに報告にでもいったのかもしれない。



 尚希の助けを借りて立ち上がった拓也に、彼は穏やかに笑った。



「ありがとう。実のために、あそこまで言ってくれて。君たちには、感謝してもしきれないよ。」



「いえ…。あの……どうしてここに?」



 拓也は少し言いよどみながらも訊ねた。

 すると、彼は静かに目を閉じる。



「私もね、実の出す答えを聞きに行こうと思ったんだ。」



 彼の口調は、あくまでも穏やかだ。

 きっと、どんな実の答えも受け入れる覚悟ができているのだろう。



「さあ、行こうか。よくここまで来たね。目的地は、もう近いよ。」



 彼の先導の下、拓也たちは森をさらに奥へと進んでいく。



 周囲に多くの精霊たちの気配を感じたが、彼女らが目の前に出てくるようなことはなかった。



 皆、彼を警戒しているのかもしれない。



 しばらく進んでいくと、視界の端に小さな小屋が見えた。

 彼は小屋には目もくれず先へ進む。



 そのさらに先で拓也たちが見たのは、森の中にぽつんとある大きな湖だった。



 彼はゆっくりと湖に近付き、淵に立って目を閉じる。



「聖なる水よ、我が意志に応えよ。」



 柔らかくもりんと澄んだ声が、おごそかに木霊こだまする。





「イリドネルドを統括する水の精霊王、イルシュエーレ。我が呼びかけに応え、姿を現せ。我らが神の御名みな、アクラルトの名の下に!!」




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