穏やかな時間

 今日は久しぶりに、朝から穏やかな空気が流れている。



 実はティーカップをソーサーに戻して、机の向かい側で楽しそうに話しているイルシュエーレを見た。



 最近はお互いに気まずい雰囲気だったからか、こうして何気ない話をしているイルシュエーレを見るのが、随分と久しい気がする。



「ねー、実ー。」



 一人の精霊が近付いてくる。



「これ、次はどうするの?」



 そう言って彼女が持ってきたのは、自分の携帯電話だ。

 液晶画面には、以前暇潰しにダウンロードしたパズルゲームが映っている。



「貸して。これは……ここをこうして、こうやって……さらにこうすれば、答えに近付く。」



 精霊に画面が見えるように意識しながら、実は慣れた手つきでボタンを叩いた。



「あっ、なるほど! ありがとう。」



 納得して嬉しげな精霊は、当然のように実の手から携帯電話をさらっていく。

 それを複雑な気持ちで見つめながら、実は軽く息をついた。



 昨日辺りから、精霊たちはゲームに夢中になっている。



 元々操作は単純なゲームので、初めて携帯電話を触る精霊たちにもすぐに楽しめたのだろう。



 今も、数人で頭を突き合わせて画面を見ながら、色々と話し合っているのが聞こえる。



 さらにその周りでは、ゲームの順番待ちをしているらしい精霊たちやシャールルが、まだかまだかと飛び跳ねていた。



 それも仕方ないことだろうと思い、実は苦笑する。



 実際、自分とイルシュエーレがまた普通に接するようになって、一番安心しているのは精霊たちとシャールルだろう。



 ああやってゲームに没頭できるのも、心配することがなくなって気が緩んだからだと思う。



「まったく……充電がなくなるまでだからね?」



 そう言うにとどめておくと、イルシュエーレがくすりと笑った。



「でも、あの子たちもやっと遊びたいように遊べるようになったのね。最近は、私たちに遠慮してたから。」



 微笑ましそうに、精霊たちを見つめるイルシュエーレ。

 やはり、考えていることはお互いに同じだったらしい。



「みんな、あなたが教えてくれることが珍しいのね、きっと。」

「まぁ、確かにそうかも。」



 実はやはり、笑うしかない。



 ああいう光景を見ると、自然と心がなごむ。

 実は優しげに口元を緩め、飽きずにその光景を見ていた。



 そんな中でふと感じた異変は、本当に些細だった気がする。



 無意識ともいえる領域で異変を感じ取った実は、何気なくイルシュエーレへ視線を戻して、驚きのあまり呼吸につまった。



「イルシュ……それ…っ」



 それ以上は、気道が塞がってしまったかのように言葉が続かなかった。

 イルシュエーレの体が、ほのかな青い光に包まれていたのだ。



「……来たわ。」



 自分の両手を見つめ、ぽつりと独り言のように呟くイルシュエーレ。



「誰が…?」



 問うと、イルシュエーレはその目に、滅多に見せない苛烈な光を宿した。

 普段は穏やかな彼女の魔力が、途端にピリピリと張り詰める。



 それに圧倒される実とは対照的に、イルシュエーレは険しく冷ややかに眉を寄せた。





「一番の敵。」




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