大好きだから
「え?」
予期しない言葉に、実は目を丸くした。
精霊たちが携帯電話の画面に集中していることに油断して、いつの間にか表情を曇らせてしまっていたようだ。
心配そうな目をする彼女を見ていると、つきりと胸が痛んだ気がした。
「ごめん。ちょっと、考え事してた。」
深く溜め息をつく実。
「ちょっと、そこで知り合った人たちを思い出しただけだよ……」
どうしてだか、言葉が勝手に零れてくる。
ついさっきまで語る気など全くなかったのに、言葉は理性を押しのけて、どんどん口から出ていってしまう。
「その人たちはね、俺がどんな存在なのかを知ってるんだ。だから正直……あまり、関わり合いになりたくなかった。だっていつ襲われるかも分からないし、もしかしたら俺がみんなを傷つけちゃうかもしれない。傷つけたくないって思うくらいには、大事に思ってるんだ。」
脳裏に浮かぶのは、拓也と尚希の二人。
口に出して言ったことはないけれど、二人を大事に思っているのは本当の気持ちだ。
だからこそ、どうしても苦しくなる。
「何度も何度も、それとなく離れようとした。そういう態度を取ってきた自覚はあるんだよ。なのに……馬鹿なんだよ、二人とも。俺と関わったせいで何回も危険な目に遭って、いい加減損得も分かってるくせに……それなのに、一人でいようとする俺を怒るんだ。なんのためにおれたちが傍にいるんだって、そう言うんだ。俺は二人を信じるのが怖いのに、二人は俺なら大丈夫だって……笑って傍にいてくれるんだよ……」
自分に向けられた笑顔がつらい。
拓也も尚希も、桜理やイルシュエーレも、自分に関わらなかったら、今をどう過ごしていたのだろう?
悲しい思いなどせずに済んだだろうか。
そして自分は、こうやって迷うこともなかっただろうか。
「理解……できないよ。」
実は片手で顔を覆った。
そんな実の独白を黙って聞いていた精霊が、実の手に自分の小さな手を重ねる。
「その人たちは、実が大好きなんだね。」
「分かるよ。実が苦しんでたら、助けたいって思う。実が自分のことを思って離れようとしてるんだって分かってるから、自分がここで引いたら負けだって思っちゃう。ここで自分が引いたら、実を
「でも、俺は―――」
「うん。実が大事な人を傷つけたくなくて離れようとするのも、きっと間違いじゃないの。」
こちらが言いたいことを察していたのか、彼女は優しく頷いた。
「間違いじゃないけどね、それじゃ、納得できないんだと思う。離れたからって、実が幸せになれるわけじゃないって分かりきってるから、そんな悲しい選択で納得したくないの。イルシュエーレ様も実が大好きだから、実が傷つくばかりの運命が悲しくて、実を助けたいって思ってる。私たちも実が大好きだから、こうやって傍にいたいんだもん。……ね、みんな?」
精霊が後ろを振り仰いだ。
彼女の視線の先に目をやると、部屋の入り口から次々と他の精霊たちが顔を出す。
「みんな……」
その光景に、実は目をしばたたかせた。
実の視線を受けた彼女たちは、それぞれ気まずげな表情をしている。
「いや……その……実が、あんまりにも元気ないから……」
「そうそう。気になって……」
「だけど、声かけにくいし……」
「つーか、あんたすごいわ。ただの引きこもりだと思ってた。」
「ふふ。」
精霊は微笑み、実を見上げた。
「ね? みんな、実が大好きだよ。だからね。」
彼女は実の指を持ち上げて自分の頬に当てると、静かに目を閉じた。
「実がどんな選択をしても、私たちは味方。それだけは、絶対に変わらない。」
そう言われて、胸中を複雑な気持ちが埋め尽くしていく。
彼女たちは、決して嘘をつかない。
それを知っているから、彼女たちの言葉と想いが嬉しくて。
嬉しいからこそ、余計に悩んでしまって。
それでも胸は、どうしようもなく温かくて……
実は深く息を吐いた。
「……ありがとう、聞いてくれて。ちょっと、気が楽になったよ。」
今は無理にでも笑って、そう告げることが精一杯だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます