イルシュエーレの宝物
精霊に
長い回廊を進み、噴水の広間を通り過ぎた。
自分たち以外に誰もいない廊下や部屋はとても静かで、靴が硬質な床を踏む度に高い音を響かせる。
しばらく行くと、細い廊下がその先にあった。
廊下の向こうには、ぽつんと離れ小島のようなドーム状の建物が見える。
精霊はまっすぐに、そこへと入っていった。
「ここは?」
「ここ、イルシュエーレ様のお部屋。」
その答えに、目を
精霊は空中を泳ぎ、部屋の奥にある小さな台の上に降りた。
腰くらいの高さの台には引き出しが二つほどあり、上にはテーブルクロスが敷いてある。
実がそこまで辿り着くと、精霊がまた口を開いた。
「私……ずっと実とイルシュエーレ様が喧嘩してるの、やだ。だから、実に見せたかった。今なら、誰もいないから。」
「見せたかったって、何を?」
「イルシュエーレ様の宝物。」
言って、精霊は引き出しを開いた。
そこに入っていたのは一冊の本だ。
淡い紫色の表紙に、
どういうつもりかと思って精霊を見ると、彼女はこちらを促すように本を指差す。
それに少し
中をめくると、そこにあったのは印刷された文字ではなく、明らかに手書きの文字だった。
これはもしかして、日記だろうか?
「いやいやいや! これは見ちゃだめだろ!!」
こんな他人のプライバシーを侵害しかねないもの、見るわけにはいかない。
慌てて本を閉じる実。
実が本を引き出しに戻そうとすると、精霊がそれを阻止するように本を押し返した。
「だめだって! これ、イルシュのでしょ!? 勝手に見ちゃだめだよ!」
「ちーがーうーっ!」
「何がどう違うんだよ!?」
「見てほしい所、ここじゃないの!!」
精霊は実に本を押し返すと、本の縁に手をついた。
「ここ。」
「え?」
本の中に何かを挟んであるのか、一ヶ所だけ隙間が開いた箇所があった。
彼女はそこを指していたのだ。
本ではなく、本に挟んであるものを見せたかったということか。
だが、やはり実は
いくら見てほしいとは言われても、この本の中にあるものがイルシュエーレの宝物だということは、それが彼女の秘密などに触れてしまう代物である可能性も否めない。
それを本人の了承もなしに覗くというのは、いかがなものか……
「ふんっ!」
実が悩んでいる間に、
「あーっ!! お前、何する―――」
実の言葉が、尻すぼみになっていく。
花だ。
本の間に挟まっていたのは、一輪の花だった。
古いものらしく、花は水分が抜けて押し花状態になっている。
青い色とこの形は、サルフィリアだと見て間違いない。
「………」
先ほどまでの
まるで引き寄せられるように、実はそっと花に触れる。
「―――っ!!」
花を通して、何かが流れ込んでくる感触がした。
花を映す視界に、別の映像が重なって見える。
(―――飲まれる…っ)
そう思った瞬間、視界は完全に過去へと切り替わっていた。
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