小さな人見知り

(そっか…。そんなことがあったんだっけ……)



 少し納得した。



 結局あの後は、気がついたら家にいた。

 度を超えて魔力を使いすぎた自分は、一週間以上高熱を出して寝込んでいたらしい。



 あの男性がどうなったのかは知らない。

 ただ父が城に運んだとは聞いたので、一応生きてはいるのだろう。

 正気に戻ったかどうかは、定かではないけども。



 そしてあの事件をきっかけに、自分に精霊たちと交流があったことは、両親の知るところとなったのだった。



 実はベッドに座り、深く息を吐きながら虚空を見上げる。



 ようやく思い出した、イルシュエーレが自分を守ると決めるに至った記憶。

 それは、初めて〝恐怖〟というものを本気で味わった記憶だった。



 今思い出しても、少し寒気がする。



 あれ以上の殺気など、今では何度も経験している。

 でも、あれ以上の恐怖を感じたことはない。



 あの時は、殺意を受け止めきれないほどに幼かったからだろう。



 今持っている諦めや悲しみを知らなかった頃に感じた、純粋な恐怖。

 それを全身に受けた時は、本当に怖かった。



 今同じ状況にあったら、果たしてあれほどの恐怖を抱くだろうか。



「……諦めるのが先だな、多分。」



 死にかける度に、死への抵抗よりも諦めが先行している今の自分だ。

 おそらく、昔ほどの恐怖は感じないだろう。



 ただ、これも仕方ないかと受け入れるだけだと思う。

 それではいけないのだと、分かってはいるのだけど……



 なんだか、昔の方が素直に生きようとしていた気がするような。

 それに思い至って、実は思わず苦笑した。



「ねえ……実。」



 その時ふと、小さく自分を呼ぶ声が聞こえた。



 下の方からだ。

 宙にさまよわせていた視線を戻して、声の主を探す。



「あ。」



 見つけた。

 椅子の脚に隠れるようにして、その精霊はこちらの様子をうかがっていた。



 彼女は自分と目が合うと、慌てて椅子の脚の陰に隠れてしまう。



「どうしたの?」



 人見知りなのは一目瞭然だったので、実はその場を動かずに訊ねた。

 できるだけ優しく、刺激しないよう注意して。



 精霊はもじもじとしてしばらくは出てこなかったが、ようやく決心がついたのか、少しずつこちらに近寄ってきた。



 手を差し出すと、彼女は素直に手のひらに乗ってくる。



「あのね……」

「うん?」



 あくまでも優しく、精霊の言葉を待った。



「あの…その……何か、あった…の?」

「……ん?」



 首を傾げると、精霊は顔を真っ赤にして言葉を重ねる。



「だからっ…あのねっ……最近、イルシュエーレ様が変なの……」



 精霊が口にした名に、想像以上に肩が震えたのが分かった。



「イルシュエーレ様……昨日も今日も、外に出るって言って出てった。他の子みんな、連れてった。私、外怖いから、無理しないでいいって……」



「うん、そっか……」



 そういえば、昨日から自分の周りがやたらと静かだ。



 なるほど。

 イルシュエーレが皆を引き連れていっていたのか。



「そうだね……ちょっと、喧嘩しちゃったって言えばいいのかな? 少し違う気もするけど、そんな感じ。」



「喧嘩? ……仲直り、しないの?」



「うーん…。そうだなぁ……多分、お互いに気まずいんじゃないかな? 気持ちの整理とか、伝えたいことを考えるとか、色々……できてないから。」



 言うつもりがなかった本心を言ってしまったイルシュエーレと、これまで知らなかった彼女の心を聞いてしまった自分。



 お互いに、予想外の出来事についていけていないのが現状。



 イルシュエーレも自分に会いにくいだろうし、自分もイルシュエーレに何を言えばいいのか分からない。



 だから今は結果として、互いにけ合う形になってしまっているのだろう。



「仲直り……したい?」

「そりゃあね。」



 実は苦笑いをする。



「だって、俺に初めてできた友達みたいなもんだし。本当は、昔みたいに気兼ねなく話したいよ。」



 自分を心から受け入れてくれて、愛してくれるとまで言ってくれた初めての存在だ。

 感謝しているし、やはり彼女は自分の中で特別な立ち位置にいる。



 できることなら、早く和解したい。

 だけど、人間は嫌いだと言い切った彼女に、一体何を伝えればいい?



 自分だって、人間をかばえるほど人間が好きなわけではないというのに……



「なんだか、難しいな……」



 誰かと関わるのは、本当に難しいと思う。



 周りはこちらの心が分からないなんて言うが、そんなのお互い様だ。

 自分だって、周りの心なんて分からない。



 どうして自分に構うのか、とか。

 どうして自分のために泣いたり怒ったりするのか、とか。



 どうして損だと分かっていて、それでも自分に手を差し伸べてくれるのかとか―――……



 疑問は尽きない。



 けれど、人間が理屈だけで動いている生き物ではないと、それも分かっているつもりだ。



 だからこそ余計に、心というものは難しくて……



「ありがとね。」



 実は精霊と目線を合わせて微笑んだ。



「心配してくれたんだよね? 本当は、俺と話すのも怖かったでしょ?」



 優しく頭をなでてやる。

 すると、精霊はびっくりしたように頭を押さえてこちらを見た。

 それに笑って応えると、精霊は徐々に頬を緩める。



「へへ…」



 照れたように笑った精霊は、なんとも可愛らしく見えた。



「実……もう、怖くない。」

「そっか。」

「うん!」



 精霊は実の手からふわりと浮き上がると、実の周りをくるくると飛び回った。



「うーん…。実ー?」



 自分と精霊の笑い声に反応したのか、ベッドで丸くなっていたシャールルが顔を上げた。



「あ、起きた。」

「まだ眠いよ。何してるの?」



「うん? 新たな友情を作り上げてたところ。」

「ええっ!?」



 シャールルが、ぴょんと一気に跳ね起きた。



「ずるいずるい! 僕も僕も!!」

「シャールルとは、昔から仲良しだったじゃん。」



 駄々をこねるように跳びまくるシャールルに、実はくすくすと笑い声を漏らす。

 そんな実のそでを、精霊が小さく引っ張った。



「何?」



 訊ねると、精霊はさらに強く袖を引いてくる。



「あのね、見せたいものがあるの。」

「見せたいもの?」



「うん。だから、こっち来て。」

「う……うん。」



 ぐいぐいと袖を引っ張る精霊に、実は戸惑いながらも立ち上がった。


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