この森の秘密

 動揺しながら互いに顔を見合わせた精霊たち。

 次に彼女たちは、こちらを不思議そうに見つめてくる。



「え……何?」



 訳が分からずに首をひねっていると、さっきまで怒っていた精霊が、妙に神妙な面持ちで口を開いた。



「ねぇ…。あんた、ここにいてなんともないわけ?」

「へ?」



 唐突にそんなこと問われても、こちらとしては答えようがない。

 俺は辺りを見回してみた。



 周囲には相変わらず森が一面に広がるだけで、何か特別なものは感じない。



「別に……何も? 何かあったとしても、俺、生まれた時からここにいるからなぁ…。俺には、ここの空気が普通なんだよね。」



「そうなの!? 赤ん坊の頃からいると、ここに適応しちゃうのかしら…?」



 難しげな顔をして考え込むその精霊に、俺はやはり首を傾げるしかなかった。

 周りの精霊たちもこそこそと話しては、珍しそうにこちらを見ている。



「どういうこと?」



 頭の上の精霊を見上げて訊ねると、その精霊は「うーん…」とうなってから話し出した。



「君、ここがどんな場所か知ってる?」

「森。」

「………」



 即答すると、微妙な沈黙が降りた。



「ま……まあ、間違ってはないけど……うん。今ので、知らないってことは分かった。」



 気を取り直してと言わんばかりに一つ咳払いをして、精霊はうんうんと頷く。



「あのね。ここは、聖域っていう場所なんだよ。」

「せいいき?」



「うん。ここはね、人間が住む空間とは少し違って、私たち精霊やもっと格上の神様なんかが身を置く場所なの。最初は人間もいたんだけど、人間はどんどん自分たちの住処すみかを拡大しようと、必要以上の開拓を進めちゃったから…。神様の方々は世界のバランスを崩さないために、人間の住処と私たちの住処を完璧に分けることにしたの。そうやってできたのが聖域だよ。本来ここに入った人間は、ここの空気に耐えきれなくなって精神が狂っちゃうの。」


 

 初耳だった。



 父さんは俺をそんな場所で育てていたのか。

 どうりで誰にも見つからないわけだ。



「だからね、人間の君がここで普通に暮らしてるっていうのが、みんな不思議なんだよ。」



「なるほど。」



 納得した。



 つまり、彼女たちにとっての俺は、絶滅危惧種なんかよりよっぽど珍しい人間なのだ。

 彼女たちが頻繁にちょっかいを出してくる理由が、少し分かった気がした。



「でも、どうして?」



 思案げにしていた精霊が顔を上げる。



「人間って、必ず集まって暮らしてるじゃない。子供なんて特にそうよ。なんであんたは、一人でここにいるの?」



 その瞬間、空気の温度が一気に下がった。

 空気を変えたのは、俺自身。



 精霊の何気ない問い。



 それを聞いた途端、自分の胸と頭がすっと冷える感覚がした。

 それが思い切り表に出てしまったのである。



「………まあ、仕方ないんじゃない?」



 零れた言葉は、自分でもぞっとするくらいに冷たくて、それでいて空虚な響きを伴っていた。



 そして、それで気付く。



 これが、世界に――人間に――対する自分の気持ちなんだと。



 何も期待しない。

 何も望まない。



 諦めと侮蔑が入り交じった、妙に冷めた気持ち。



「どうせ人の中に戻ったって、俺には殺される運命しかないから。」



 ぽつりとそれだけ呟くと、ちょっとだけ胸が痛むような感覚がした。



 精霊たちは言葉を失っていた。



 無理もない。

 今の言葉は、到底こんな子供の口から出るものではないだろうから。



 分かっているつもりだ。

 自分がいかに異常なのか。



「そう…。わけありなのね。」



 しばらくして、訊ねてきた精霊が深刻そうな声で言った。



「じゃあ、いつまでもここにいればいいわ。」



 次いで出てきた言葉に、俺はびっくりしてしまう。

 目を丸くして彼女を見つめていると、彼女は固い表情を一転させて優しく微笑んだ。



「人の輪から弾かれた人の魂、か。なんか納得だわ。性格は気に食わないところもあるけど、環境的に仕方ないのかしら。あんたがここにいても狂わない理由が、なんとなく分かった気がする。」



「そうだよ! ここにいればいいよ!」



 頭の上の精霊も嬉しそうに笑った。



「あたし、なんか君のことが好き。居場所がないなら、ここを居場所にすればいいよ。ねっ、みんな?」



 周りを見回すと、精霊たちはみんな穏やかに笑って頷いていた。


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