あやふやな〝自分〟

 彼らがそこから離れると、森の中に本来の静寂が戻る。

 それからしばらくして、実は静かに木から飛び降りた。



「あー、胸くそ悪い。」



 実は陰鬱いんうつな声音で呟く。

 彼らの会話を聞いたせいで、気分は最悪だ。



 世も末とはよく言ったものだ。

 全ての人間がああではないのは分かっているが、上には上がいるように、もちろん下には下がいるわけで。



「……所詮、人はそんなもんか。」



 なんだか、うつろな気持ちになった。



『人間は愚かだろう? こんな腐敗した世界、守る価値があるだろうか?』



 いつかのレティルの言葉が、脳裏をかすめる。



 あの言葉を、自分は未だに否定できないでいる。



 レティルは人間に対して、見切りをつけていると言ったようなもの。

 しかし自分はレティルと違って、人間の全てが彼らのように腐っているとは思わない。



 拓也や尚希に、晴人はるとや梨央。

 これまで出会ってきたたくさんの人々に、自分は強く支えられてきた。

 彼らの優しさや温もりに、何度も背中を押されて、何度も助けられた。



 だから少なくとも、レティルのように人間が滅んでもいいとは思わない。

 けれど、レティルの言葉に共感する自分がいるのも、また事実で。



 もしかしたら自分も、人間に愛想を尽かしそうなのだろうか…?



「何なんだろうな、俺って……」



 自分が忌むべきものはなんだろうか。

 自分の敵とは、一体なんだろうか。



 人間か、神か――― あるいは、自分自身なのか。



 最近は、それがよく分からない。



「………」



 うれいに満ちた表情で、実は森の中を歩く。



 目が回りそうだ。



 疑うべきだ。

 ――― いや、信じたい。



 傷つきたくない。

 ――― でも、傷ついてもいいからすがりたい。



 受け入れて、後悔したくない。

 ――― けれど、受け入れて安心したい。



 ひとりになりたい。

 ――― 傍にいてほしい。



 消えてしまいたい……

 ――― ここにいたい……



 二つの想いが衝突し合う。



 分かっている。

 これは、自分で決めるしかないのだ。



 不安定な自分をどうにかしたいなら、自分で結論を出さなければいけない。

 そう思うのに、やっぱり分からなくなる。



 結局、この気持ちはどちらのものか。





 そもそも自分は――― 誰…?





「はっ、情けないな……」



 自虐的に微笑む実。



 その答えこそ、自分にしか出せないものなのに。



 向き合うしかない。

 自分が納得できるまで、何度でも。



「わっ!?」



 一歩進んで、実は思わずその足を引いた。



 足が着地した先に、一面の青が広がっていたのだ。

 慌てて顔を上げる。



 そこには――― サルフィリアが咲き乱れる、青い花畑があった。


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