存在を隠された本当の理由

「……ねえ、父さん。」



 暗い世界で、光を探すように呼びかけた。



 答えは返ってこないかもしれない。

 そう思ったのだが……



「どうしたんだい?」



 意外にも、求めていた声が応えてくれた。



 ああ。

 どうか、声が届くうちに……



 ずっと我慢していた感情が爆発して、それをどうにかしたくて、必死に闇へと語りかけた。



「父さん……。」



 そんな自分の言葉に、父は無言。



 もしかして、もう声が届かなくなってしまったのだろうか。

 そんな不安から、言葉が勝手に次々と零れてくる。



「思い出したんだ…。父さんも母さんも……俺が〝鍵〟だって、俺が生まれる前から知ってたんでしょ? だから、俺をあの場所に隠したんだ。」



「―――っ!!」



 父が息を飲む気配がした。



 よかった。

 まだ繋がりは断たれていない。

 思わずほっとしてしまった。



 初めて殺されかけた時の記憶を思い出した時、一緒に思い出したことがある。



 自分の世界が真っ黒になってしまった後、自分は優しかった両親でさえも拒絶するようになってしまった。



 それまでのように、怖がって拒絶するわけではない。

 平常心で両親と過ごしながらも、自分は両親に対して完全に心を閉ざしてしまった。



 この人たちは自分と血が繋がっているだけの、ただの同居人。

 信じる必要のない他人。



 そう思うようになってしまった。



 そのせいで自分から両親に話しかけることもなくなり、今までのように両親に笑いかけることすらできなくなった。



 これからはそうやって過ごしていくと決めて両親と向かい合ったあの日、二人から打ち明けられたのだ。



 自分が母のお腹に宿った時から、自分が〝鍵〟としての運命を背負って生まれてくることは知っていたと。



 だから父は自分を守るために、人間が立ち入らないこの場所に母ごと自分を隠し、これまでひっそりと暮らしてきたのだ。



 父が自分を隠した理由は、いずれ神の器としてまつり上げられる運命を回避したかったから。



 拓也たちにはそう説明してしまったし、自分も今までそうだと思っていた。



 でもその認識は、イルシュエーレたちとの記憶と忘れていたが故の思い違い。



 父が回避したかったのは最初から、自分が〝鍵〟として周囲から狙われてしまう運命だった。



 神の器への神託という不運は、レティルが自分をこの世界に連れ戻すために使った、後づけの運命に過ぎなかったのだ。



 父は自分の意識が暗い方向に切り替わってしまったことで、自分が人を殺してしまう未来を見てしまった。



 この世界にいる限り、自分が辿る赤い未来はけられない。

 そう思った父は最後の策として、地球へ自分を逃がすことを選んだ。



 自分が地球に旅立つまでの経緯は、本当はそういうことだったのだ。



「……そんなことまで、思い出してしまったんだね。」



 父の声に、寂しさが混ざる。

 その寂しさの意味が、今なら痛いほど分かる。



「父さん……」



「思い出さなくて、よかったのに…。あんな、私たちのエゴを君に押しつけようとしたことなんて……」



「そんなことない!」



 己の過去を悔いる父に、そう言わずにはいられなかった。



 今なら、両親がどんな願いをこめて自分にそのことを打ち明けたのか分かる。



 両親は自分が〝鍵〟と知りながらも、自分を生んで愛していく覚悟を決めてくれていたんだ。



 それなのに、自分は……



「父さんたちは悪くない。謝らなきゃいけないのは俺の方だ。だって俺、あの時―――」

「やめなさい。」



 その時、父が自分の言葉を強く遮った。

 それは、今まで聞いたことがないほどに強い拒絶を秘めた声。



「あれは君のせいじゃない。あれが君の本心じゃないことくらい知ってるよ。」

「でも…っ」



「―――――」



 父の声でつむがれた、とある単語。

 それだけで、言いたかった気持ちが全部封じ込められてしまった。



「何度でも言う。あれは君のせいじゃない。だから……思い出してほしくなかったんだ。優しい君なら、絶対にああ言ったことを悔やんで、自分を責めるって分かっていたから……」



「父さん……」



「もどかしいね。どうして運命は、君に思い出すことをいるんだろう…。忘れたって、許されるはずなのに。あんな小さな時のことなんて、忘れるのが当然のはずなのに…。どうして君には、それが許されないんだろう。本当に……私は、この世界の全てがわずらわしいよ。」



 この世界の全てがわずらわしい。

 そんな言葉が響いた瞬間、全身が寒くなるような感覚がした。



 初めて聞く父の声。





 そこに込められているのは―――苛烈な憎悪だ。





「父さん……今、どこで何をしてるの…?」



 記憶の中にいる、優しくて穏やかな父の姿がかすむ。



 自分が知らなかった憎悪を胸に、父は今どこで何をしているのだろう。





 その行動の先にあるのは……―――破滅だったりしないよね…?





 そんな不安が、急激に胸に大きく膨らむ。



 だって、憎悪を胸に宿していた拓也も尚希も、一度は死にかけたのだ。

 そんな彼らと同じ感情を持っている父が、死に向かわない確証がどこにある?



「ごめんね。今はまだ……言えない。」



 父はそう告げるだけだった。



「どうして…?」



 素直に引き下がることができなくて、そう訊ねる。



「正直に言うとね、話したくないんだ。このことを君に話す時はきっと……全てが終わる時だから。」



「―――っ!!」



 それを聞いて脳裏にひらめくのは、今自分が最も忌避きひしたいあの映像。



「父さんにも……俺と、同じものが見えてるの?」

「……どうだろう…?」



 父の答えは曖昧あいまいだった。



「私が見ているものと、君が見ているもの…。それが同じかどうかは分からない。でも、どうにかして変えなきゃいけないっていうのは、同じかもしれないね。」



「変えなきゃいけない……」



 父の言葉をなぞる。

 そうするだけで、胸の中にさっきまでとは違う感情が湧き上がった。



「……そうだね。俺は、あれを壊さなきゃいけないんだ。あんなこと……あっちゃいけない。」



「うん。そうだね……」



「そのためには、俺がやらなきゃいけないことがたくさんある。きっと、俺じゃなきゃだめなんだ。」



「うん…。知ってるよ……」



 父はあくまでも穏やかに、こちらの言葉を肯定する。



 やはり、父は自分が見ているものが何か分かっているのだ。



 自分がこれを壊せば、どこかで何かをしている父を憎悪から救えるだろうか。

 大切な父を、失わずにいられるだろうか。



 そう思うと、決意が固くなる。



 足掻かなければ。

 何度折れても、何度地面に這いつくばっても。



 意地で立って、この運命を変えなければ。





(そのために、俺は―――)




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