実が出した答え



「待って!!」





 ずっと続いていた沈黙を破ったのは、どこからともなく響いた声。



 聞き覚えのあるその声に、その場にいた全員が目を見開いて硬直した。

 それから間もなくして、湖の縁辺りで盛大に水飛沫しぶきが上がる。



「実!!」



 その姿を確認した瞬間に、拓也はエリオスを通り過ぎて実に駆け寄っていた。



 実は腕に抱き抱えていたシャールルを、ゆっくりと地面に下ろした。

 それから自分も地面に上がろうとしたところで、拓也がちょうど手を伸ばしてくる。



「シャールル……あなた……」



 イルシュエーレは、一瞬で事態を察したようだった。



「イルシュエーレ様、ごめんなさい。」



 シャールルは一度頭を下げ、またすぐに視線を上へ上げる。



「でも、だめだよこんなこと。今の態度を続けても、何も状況は変わらない。実だって困るだけだ。イルシュエーレ様だって、そう思ってたから迷ってたんでしょ?」



 シャールルの指摘に、ぐっと唇を噛むイルシュエーレ。



「だから……僕は―――」



 ふいに言葉が途切れたと思った瞬間、シャールルがその場にぱたりと倒れた。



「あ…」



 顔色をなくす拓也の前で、湖から上がった実はその小さな体を抱き上げる。



「大丈夫。力を使いすぎて、疲れただけだよ。」



 実は拓也に言って、ゆっくりと立ち上がった。



 その動きは、どこかぎこちない。

 実もかなりの魔力を消費しているだろうことは、容易に想像がついた。



 実は深く息を吐き出し、気まずげに目を逸らしているイルシュエーレを見つめる。



「イルシュ、シャールルを責めないであげて。シャールルは、俺のわがままに協力してくれただけだから。」



「………」



「ねえ、イルシュ。」



 イルシュエーレは黙ったまま、目も合わせてくれない。

 しかし、決して自分を無視しているのではないと、それは知っている。



 実は構わず続けた。



「俺さ、ここのみんなが大好きだよ。俺に初めてのことをたくさん教えてくれたこの場所も、とても大切に思ってる。でも、ここに来てくれた拓也や尚希さんや……父さんも、俺のすごく大事な人たちなんだ。それに優劣なんてつけられないってことは、分かってほしい。」



 拓也たちだけではなく、エリオスも目をみはる。

 直接見たわけでもないのに、実はこの場にエリオスがいることを分かっているのだ。



 実は一歩踏み出すと、イルシュエーレの手をそっと握った。



 その行為が予想外だったのか、イルシュエーレが瞠目して実を見つめる。

 そんなイルシュエーレに、実は穏やかな笑みを見せた。



「ありがとう、イルシュ。ずっと俺を守ってくれて。俺に安らげる居場所をくれて。何度ありがとうって言っても足りない。感謝してる。今回のことも、本当に嬉しかった。だから、これでイルシュが自分を責めたりする必要は全くないよ。……でも、ごめんね。俺は、ずっとここにいるわけにはいかないんだ。」



 はっきりと告げた瞬間、イルシュエーレの顔が泣きそうに歪む。



 覚悟していたとはいえ、やはり直接言われるとこたえる。

 イルシュエーレがそう思っていることは、その表情からも明らかだった。



 悲しげな顔をするイルシュエーレに苦笑しながら、実はイルシュエーレの手を握る手に力を込めた。



「ごめん。だけどここにいても、俺が見たものは変わらないんだ。俺は、それを変えなきゃいけない。」



「………っ!!」



 黙って実を見つめる皆の中で、エリオスだけが顔色を変えた。

 その些細な動揺を、実は敏感に感じ取る。



 どうやら今の発言で、エリオスは自分の変化に気付いたようだ。

 相変わらず勘のいい父だと思いつつ、実は逸れかけた意識を戻す。



「イルシュたちも拓也たちも大事。だからみんなを、みんなが暮らすこの世界を、俺は全力で守りたいんだ。今まで守られてきた分、俺は俺なりの恩返しがしたい。―――イルシュ。今度は俺に、みんなを守らせてよ。」



 実はイルシュエーレの目をまっすぐに見つめて、笑みを深めた。


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