第3章 人の咎

奇跡的に取れたコンタクト



「はあ!? お前……どういうことだよ、それ!?」





 部屋中に、怒号がとどろく。



「まあまあ、そんなに怒らないでよ。俺だって困ってるんだから。」



 実はベッドに腰かけ、テーブルの上に置いた携帯電話に向かって言った。

 電話の相手は、もちろん拓也だ。



 拓也はこちらの事情を聞き、怒っているのか驚いているのか判断がつかない声音で―――



「ああもう!! お前って奴は……」



 そう呟いて、溜め息をついた。

 電話口で苛ついたように髪を掻き回している拓也の姿が目に浮かぶようだ。



「なんの前触れもなくいなくなるから、今度こそとんでもないことに巻き込まれたのかって、こっちはめちゃくちゃ心配したんだからな!? 桜理の所に行って、聖木にお前の行方を聞いてもらうことまでしたんだぞ!? そしたら、禁忌の森辺りでお前の気配が途絶えてるって言われるし……」



「えっ!?」



 実の顔が、瞬時にひきつった。



「桜理に……言っちゃったの?」



 最大の問題点はそこだ。



「おう。今度、ちゃんと謝っとけよ。おれは悪くない。」

「いや、今回は俺も悪くないんだけど……」



 あっさりと言い捨てた拓也に、実は額を押さえた。



 まずい。

 怒っている桜理がありありと想像できる。



 ここ最近色々と忙しくて、ただでさえ桜理に会いに行ける機会がぐっと減っているのだ。



 そこに自分が行方不明だなんて知らせが届いたのかと思うと、非常に頭が痛い。



 一体、どう申し開きをすればいいのやら……



「……知るか。自業自得だ。」



 少し気まずく思っていたのか、拓也は少し言いよどんで、しかし投げやりにそう言い放った。



「大体、お前の常日頃の行動が悪いからだろうが。いつもお前は―――」



「あー、分かってるって。だから、今回はちゃんと連絡してるじゃん。こうやって無理やり電話を繋げるの、結構疲れるんだからね。」



 拓也の言葉を強引に遮る。

 このままでは、長い説教が始まりそうだったからだ。



 実は息をつく。



 とにかく、誰かにどうにかして連絡を取らなければ。



 そう思って何度も空間の歪みを突破しようと試みては失敗し、運よく拓也がこちらの世界にいたこのタイミングで奇跡的に電波が繋がったのだ。



 かなり型破りな魔法の使い方をしているので、魔力の消耗がとにかく激しいのが難点だが。



「そこはちゃんと評価してる。話を聞く限り、実も困ってるみたいだしな。」



 拓也の声音が、そこで一気に落ち着きを取り戻した。

 困っていることには困っているので、実も拓也の言葉を否定しない。



「それにしても、よりによって精霊が相手か…。ってか、おれはなんでお前がそんなに精霊たちと交流があったのか、そこから知りたいわ。」



「それはまあ、子供の頃のことだから。見えたから話した、みたいな?」



「それは……そう言われたら、そうだなとしか言えないな。」



 自分もそうだからだろう。

 拓也は悩ましげにうなっている。



 精霊は誰にでも見えるわけではない。



 魔法を扱う人間のほとんどは魔法によって可視化した精霊たちや精霊たちの魔力の塊を見ることはできても、その根源である彼女たち一人ひとりの姿を見ることはできないのである。



 つまり人間と精霊の関係は、人間が精霊から力を借りる一方的な、かつ信頼性に欠けたものだといえる。



 精霊を見ることができるかは、生まれながらの体質らしい。



 唯一の例外で四大芯柱になった場合は、生まれつき精霊が見えない人間でも精霊が見えるようになるそうだ。



 しかしそれ以外の人間は、生まれつき精霊が見えないならば、一生精霊を見ることはないという。



 故に自分や拓也のように、精霊と友好的な関係を築いている人間はかなりまれだ。



 特に自分レベルの親密さを持っている人間など、もしかすると他にはいないかもしれない。



「んー……頼めば帰してくれるとか、そんな単純な話じゃないんだもんな。」



 淡い期待と、それを遥かに上回る諦めが混ざった拓也の声。

 実は肯定の意を示して頷いた。



「多分ね。外の話をすると、全部綺麗にかわされるんだ。なんだかんだでかなり世話になってたし、イルシュの性格とかを考えると、あんまり強くも言えなくてさ。しかも、悪意でここに閉じ込めようとしてるわけじゃないからなぁ……余計に言いにくいんだよね。」



「閉じ込められる理由に、心当たりは?」

「今のところは、特に……」



 そこで、実は目を伏せる。



「何かはっきりした理由があるんだとしたら……まだ、思い出してないのかもしれない……」



 言うと、電話の向こうで息を飲む気配がした。



「そっ…か。まだ、全部思い出してないのか。」



 拓也の声も、自分と同じように沈む。



 思い出していない記憶があることを話した時、拓也はひどく驚いていた。

 何かの冗談じゃないかと疑われたほどだ。



 自分だって、ここに来るまでは全く思い出していなかったのだ。

 仕方ない反応だろうと思う。



「うん…」



 実は、自分の胸に手を当てた。



「まだ、思い出してないことがあると思う。イルシュたちとの記憶は、なんか不自然に飛び飛びなんだよね。」



 胸に違和感が広がる。



 ふとよみがえる記憶の欠片は、まるでランダムに与えられているジグソーパズルのピースみたいだった。



 まだ足りない。

 あふれる違和感が、そう訴えている。



「なんだかな……自分でも……笑っちゃうよ……」

「みの…る……? ……どう……した?」



 唐突に、電話の音にノイズが交じり始めた。



(ああ…)



 実は納得する。



「ごめん拓也、そろそろ限界みたい。とりあえず、俺は平気だから。」

「おいっ……実!?」



 拓也の声を無視し、実は電話を切った。


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