帰ってきたあの場所



 ―――おかえりなさい。





「!!」



 意識を取り戻すと、さっきまでとは全く違う景色の中に立っていた。



「………?」



 頭の整理ができず、その場に立ち尽くすしかない実。



「さっきのは……一体……」



 まだ頭が少し重い。

 本当に、何が起こったのだろう。



 額に手をやると、ふと下がった視界に青色が見えた。

 それで後ろを振り返る。



 後方には、サルフィリアの大河が。

 自分は、この河を辿ってここまで来たのだろうか。



 ―――〝道が分からないなら、私たちを道標みちしるべにすればいい。〟



 あの花の歌は、もう聞こえない。



 あれはなんだったのか。

 道標ということは、自分はどこかに導かれたということだろうか。



 でも、一体どこに?



 実は、周囲の景色をぐるりと見回す。



 生憎あいにくと、この辺りの景色に見覚えはないのだけど……



 とりあえずここで立ち止まっていても仕方ないので、実はゆっくりとそこから移動することにした。



 まだ先に続いているサルフィリアの河。

 それに沿って歩いていると、ふとある物を見つけた。



 ここから百メートルほど離れた位置に、小さな小屋らしきものがある。



「………」



 なんだか、とても惹かれた。



 静かな足取りで近付いて、実はその小屋を見上げる。



 小さな小屋だ。

 誰かが住むにしても、二人か三人が限界といったところだろうか。



 実は無言で立ち尽くすばかり。

 どうしても、小屋から目が離せなかったのだ。



 この感覚はなんだろう。



 胸の奥からじんわりと染み出してきて、心を締めつけてくるような感情。

 それが、自分をここから動けなくしていた。



 ここを知っている気がする。

 そう感じて、無意識のうちに記憶を手繰たぐっていた。



 現在から過去へ。

 少しでも引っかかる記憶がないかと、おぼろげな記憶にまで細かく枝葉を伸ばす。

 意識の深く深く、無意識に至るまで。



「―――っ!!」



 その瞬間、自分の奥で何かが弾けた。

 怒濤どとうの勢いであふれたそれは、あっという間に脳裏を過ぎ去り、一瞬で消える。



「―――そっか……」



 そっと、小屋の戸に触れる。



 木の扉は雨風にさらされ、少しいたんでいる。

 塗装がはがれているためか、手触りもあまりいいとは言えない。



 けれど、それが逆に気持ちよかった。





「ここ……俺の家か……」




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