第5話 お客様は「神様」なのか
この言葉、わたしにとっては大変につらい言葉となりました。
初めて経営者になったとき、わたしは全てのお客様に等しく幸せになっていただきたいと考えましたし、皆様から愛されるお店を作りたいとも考えました。
おそらく、ある程度サラリーマンや被雇用者として働いてきた方々の大半は、「自分のお店はみんなから愛されるお店にしたい」と考えるのは至極当然のことと思います。
また、その様な思いを胸に夢を追うことは、もちろんモチベーションにつながりますし、自信や希望にもつながる非常にポジティブな思考を生み出す原動力となります。
ですが、誠に残念ですが、これは「絶対に不可能なこと」と断言できます。
理由は簡単です。
「あなたのお店に来店するお客様すべてが、みんなと平等に扱ってもらうことを期待していないから」です。
客商売をするうえで一番思い悩むのがこの点です。
「AさまとBさまどちらかにしか商品が提供できない場合どちらに提供するか」という問題です。
この点について、ある意味ドライにしっかりと利益追求という本来の目的に忠実に判断できるのであれば、悩むことはありません。高く買ってくれる方、もしくは次が期待できる方に売ればいいのです。
事実、商売というのはそういうものです。
しかしこの結果として、ほぼ確実にどちらか一方の顧客を失ってしまう場合があります。
つまり、この時点でもうすでに、「すべてのお客様を平等に扱うことはできない」こととなります。
であれば、両方のお客様に平等に「売らない」という選択肢は可能でしょうか?
「販売拒否」ができる経営者であればこれも可能かもしれません。
たしかにAとB双方ともに「売らない」のですから、平等に扱ったことにはなります。
ですが、この結果として導き出されるものは想像に難くありません。おそらくAB双方とも顧客から失う可能性があります。
やはり、この方法もお店にもAB双方さまにも望まぬ結果となることでしょう。
じつは、これを回避する方法として少しだけ視点をずらす必要があります。
お店がお客様にもたらす「結果の平等」は不可能であるならば、なにをもって等しいとするのが妥当か。
答えは、「機会の平等」です。
お店がお客様に提供できる平等性というのはあくまでも「機会の平等」であって、「同等の結果」ではないと肝に銘じるべきです。
例えば上記の例においては、「いついつまでに先に決定していただいた方にお売りします」であるとか、「あらかじめ申込みいただいた方から抽選で当選した方へお売りいたします」などという方法ですね。
これで、「機会の平等」は担保できると思われます。が、やはりこの方法をとっても、一定のお客様は離れて行ってしまうでしょう。なぜなのか。
「あのお店は、私の要望に答えてくれなかった」
という結果がしっかりと残るからです。
このように、すべてのお客様が他のお客様と同じように扱ってもらうことで満足できる方々ではなくなってしまっているのが、現代商社会の現実です。
しかしこの原因となったのは、大量消費の時代の終焉とともに台頭してきた新しい商慣習、「お客様に満足してもらえばまた来てくれる」という考え方、「カスタマーサティスファクション(CS)」にあります。
作れば売れる、並べれば売れる時代が終わり、どうすれば物が売れるかを考えなければならなくなった時代に現れたまさしく「救世主」のような思考。
「ウチの店を気に入ってくれれば、ほかの店に行かないでまたウチの店に来てくれるじゃないか」という思考です。同じ性能のもの、同じ価値のものを同じ金額で買うのなら、「どこで買っても同じなのだから」、「よくしてくれるお店で買いたいと思うのが人情というもの」だというのです。
考え自体は間違っていないのでしょうが、やはり「浅はか」という言葉が妥当と言えるのが結果として現代に現れ始めています。
各店はこぞって、サービスに力を注ぎ、接客態度やクレーム対応の教育改善を必死に模索しました。「どうすれば競合店に差をつけられるか」。
結果、「すべてのお客様を機会においても不平等に扱う」ことで各顧客の満足を獲得する方法へとシフトするまでたいして時間はかかりませんでした。
そして今もなお、それが正しい唯一の方法であると信じて疑わず、各店への接客態度の是正や、クレーム対応処理の強制などという形で、本部から加盟店オーナーへの圧力となっており、それを集約する言葉こそ、
「チェーンイメージ」
となってしまったのです。
そして、本部はこう言います。
「○〇オーナーの接客方針では、ウチのチェーン全体の『チェーンイメージ』が損なわれる可能性がありますので、改善してください」
「神様」というのは私にとってはあくまでも何もしてくれないただ見守ってくれるだけの存在だと思っています。そうして、原因と結果が歪みなく直結して、こうしたらこうなるという自然な形で現れることを保障してくれる存在でもあると思います。
もしお客様がいわゆる「神様」であるならば、そのお店で起きている事象をありのままに受け入れ、自然な形で反応するものであると思いますし、そこに恣意的な意図はさしはさまないものではないかと思います。
ですが、私たち経営者が商売の対象として利益の担い手として接するのは、ほかでもない「人間」であります。
人間は「神でも仏でもありません」。
それぞれの価値観でそれぞれの立場でそれぞれのものごとを個人個人で判断し、それぞれが違った対応をするのが「ひと」であります。
このことを決して忘れてはなりません。
教訓その5――経営者が商売の対象とするのは「ひと」である。「神」にものを売るなど畏れ多い考えは持たない方がよい
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