第3話 孤独な光
中学校での襲撃から5日後。
市立病院へと運ばれた悠輔は医者達に傷口が塞がっている事を疑問に思われつつ、失血死一歩手前なことに代わりはなくICUへ運ばれ入院となった。
死亡一歩手前で一命をとりとめたものの、意識不明の重体であることは確かだった。
もし目覚めても脳に大きな後遺症、もしかしたらこのまま植物状態で一生を終えるかも知れない。
村瀬とともに病院に駆けつけた浩輔は、それを兄弟には言えずにいた。
「村瀬さん。悠は……、悠は助かるんですか?」
「浩輔君……。きっと、きっと大丈夫だ。彼は君たちを育てて行かなければと言っていたのだから。」
「……、僕は……。悠輔の、お兄ちゃんなのに……。」
「浩輔君……。」
ICUの前で肩を落とす浩輔と、どう声をかけたものかと途方にくれてしまう村瀬。
中には多種多様なコードに繋がれ包帯でぐるぐる巻きになっている悠輔の姿が。
「浩輔君、少し休んだほうがいいのでは…?」
「弟がこんな姿になってるのに、休めないですよ……。」
浩輔は搬送された初日から病院に泊まり込んでいて、昼は面会者への断りと村瀬とともに医師からの説明、たった10分間の面会時間には悠輔のそばでひたすら声をかけ続け、夜もあまり眠れていない。
中には酷い言葉を投げかけてくる人もいる中で、中学1年生の浩輔は限界をとっくのとうに超えていただろう。
しかし意地なのか心配でたまらないのか、浩輔は弱音を吐こうとはしなかった。
村瀬の前でも気丈に振る舞い続け、一人になるわずかな時間に涙を零す。
ボロボロだろう、もう限界なのだろう。
しかし村瀬はどう何をいえばいいのかがわからなかった。
「あ、浩輔……。」
「……?あぁ、源太君いらっしゃい。」
「わりい、寝てたか?」
「ううん、平気だよ。」
悠輔入院から五日、毎日足を運んでいた源太を浩輔は覚えていたようだ。
クマで真っ黒になっている目をこすりながら、力なく微笑んでみせる。
「お前、少しは寝ないと体が……。」
「僕は大丈夫、源太君は平気?」
「……。」
一応源太も殺人未遂の被害者として入院していて、明日全ての検査が終わり退院するとは聞いていた。
看護師が小声で話していたのを統合すると、精神状態がかなり不安定で、浩輔の所にきている時以外は暴れたり泣いたりと大変らしかった。
それをしっているから、浩輔は源太に厳しくすることは出来なかった。
例え、弟を見殺しにしようとしたと心のどこかで思っていたとしても。
「悠輔、まだ起きない、のか?」
「うん……。今から行くけど、一緒にどう?」
「い、いいの、か?」
「源太君なら、ね。悠が必死に守ろうとしたんだし、元気な姿見せてあげたら喜んで起きるかもよ?」
精神が不安定な状態でもわかる、微かな棘。
恨まれて当然だ、憎まれて当然だ。
冷静でいられるわずかな時間にそうは考えたものの、やはりそれに当てられると物怖じしてしまう。
「どうする?」
「あ、ああ。行くよ。」
「そっか。」
簡易的な生活空間からさっさと出て行ってしまう浩輔。
そっけない言葉を投げかけてくるのは本当は付いてきて欲しくないのか、それとも疲れてしまっているからなのか。
時折フラフラとよろめく浩輔の後ろを、源太は怯えながら歩く。
「さあ着いた。悠、源太君が来てくれてよ?明日には退院出来るんだって。」
「……!そ、そんな……!?」
「ほら、起きて無事だって確かめてあげなよ。守ってあげたかったんでしょ?」
「こんな……、どうして……!?」
ICUに着き、入ってすぐに悠輔に話掛ける浩輔。
疲れきった声ではあるが悠輔の前では泣きたくないのだろう、優しく優しく声を掛ける。
一方の源太は衝撃で入口から動けないでいた。
出血多量で意識不明だ、とは聞いていたがそれは2発の弾丸によるものだと思い込んでいた、ここまで重体だとは考えつかなかった。
体中に血の滲んでいる包帯を巻かれいくつもの管が腕に刺さり、無機質な心拍計の音が鳴り響く目の前の光景はあまりにも予想外だった。
「ほら、源太君。顔見せてあげて?」
「あ……、そんな……。おれの、せいで……!」
「源太君は悪くないよ、悠輔はこうなってでも犯人を捕まえたかったんだから。」
「そんな……、なんで……?」
ガタガタと震えしゃがみこむ源太と、それを見て入口に戻る浩輔。
浩輔は源太の前で目線を合わせるようにしゃがみこむと、笑顔とも泣き顔とも取れる顔で語りかける。
「悠輔はどうしても犯人を捕まえたかった、弟達を守る為に。…、僕は何もできなかったし、止めることさえもできなかったんだ。」
「……。」
「だから源太君は悪くないよ、銃を持った殺人鬼が目の前にいたら、何も出来なくなって当然なんだから。」
「でも……、だって……!」
呼び起こされる銃声と火薬の匂い、そして噴き出す鮮血。
そしてあの時にはパニックで半分麻痺していた恐怖がじわじわと一週間かけて膨れ上がって、まるで体が破裂寸前のバルーンにでもなったように感じる。
「……。ねえ源太君、なんでメソメソ泣けるの?僕達の気持ちはどうなるの?」
「え……?」
「教えてよ、家で悠を心配してる弟達の気持ちはどうなるの?なにより悠は何のためにあんなにボロボロになったのさ!お前がメソメソするために死にかけてるのかよって聞いてるんだよ!」
暫くは源太を慰めようとしていた浩輔だったが、泣き止まない源太に業を煮やしたのか急に肩を掴み揺さぶり始める。
「答えろよ!」
「あ……、ご、ごめ……!」
「ごめんって言葉なんていらない!どうしてだって聞いてるんだ!」
滅多に怒ることがなく、ましてや怒鳴ることなど今まで片手で数える程あったかどうかすらわからないという程穏やかな浩輔の激情は、源太の恐怖を新たなものに書き換えていく。
このまま殺される、でもそれでもいいのかもしれない。
そんなことを揺さぶられながら考えていた、その時。
「こ……う……?」
「!?」
「そ、こに……、いる、の、か……?」
酸素マスク越しに微かに漏れる弱々しい声。
しかし、入口でひと悶着起こしている2人にはまるで間近で耳を傾けているように聞こえてきた。
「ゆ…、ゆうすけぇ!」
「こう……、いたい、よ……。」
「ゆうすけ!ゆうすけえぇ!」
「ははは…。」
先ほどまでの怒りは何処へやら、大声を上げながら浩輔は悠輔へと飛びつくように駆け寄り、手を握る。
怪我をしている右手を握られ痛みに顔をしかめながら、しかしこれだけボロボロならこの反応も仕方がないかと笑う。
「げん、た。いる、んだろう?」
「ゆ、ゆうすけ……。おれ……」
「助けら、れてよか、った。怪我、してない、か?」
「……!ばか、ばかやろおぉ!」
入口で震えていた源太。
しかしボロボロになってまで自分を心配し、浩輔をあやす悠輔をみて堰を切ったように泣き出し、飛びついた。
「なんでおまえわぁ!」
「ゆうすけえぇぇ!」
「いてててて……。ありがと、2人とも。」
その涙は喜びと安堵を、その微笑みは優しさを。
2人の泣き叫ぶ声と、静かに笑う声が病室に流れる。
「……。」
あのあとすぐに異常を察知した看護婦が現れ、ドタバタと時間が過ぎていった。
1ヶ月は軽く昏睡しているであろうという状態であった悠輔の突然の意識の回復、そして浩輔の気絶、源太の発作。
3人の子供が引き起こしてしまったパニックに院内はドタバタと大騒ぎになり、その隙をかいくぐろうとしたマスコミ関係者が何人か警察に連行されたりもされた。
「……、後遺症……。」
そのドタバタが落ち着いた頃に主治医に言われたことが、悠輔の心臓を揺さぶる。
「日常生活に支障をきたすレベルでの後遺症は間違いなく残るだろう、最悪一生車椅子かもしれない。」
という言葉が。
「みんなに、迷惑かけたくなくて…。でもこれじゃ…。」
鎮痛剤もろくに聞かず、痛みで眠れず思考は深みへと落ちていく。
流れ落ちる涙は痛みによるものなのか、それとも苦悩から来るものなのか。
分からなくなるほど流れ続けるそれは、枕を濡らし続けている。
「これから……。」
どうせ眠ることができないのだから、せめて独り言でも口にして自分が何を思うのかを音にしたい。
誰かが聞いて慰めてくれないか、もしかしたら起死回生の一手でも思いついてくれないか、などと意味もなく考えながら。
悠輔はただただ枕を濡らす。
「悠輔……。」
「……?」
しばらく独り言を呟いていると、ふとほとんど開かない目に光が差すのを感じる。
「ゴメンな悠輔……、俺がお前の中にいるばっかりに……。」
「もしかして、ディン……?」
「……。」
眩い光が収まり悠輔がうっすらと目を開けると、目の前には自分とそう変わらないであろう年齢に見える少年がいた。
少年はベッドの前に屈んで悠輔と目線を合わせていて、不思議な色の目が悠輔を見つめているのがかろうじて見える。
「ディン、初めまして、かな?」
「そう、だな。ちゃんと会うのは初めてだな。深層心理内で一回会ってっけど、それを無しにすればだ。」
「そう、だったね。あの時はありがと、源太守ってくれて。」
「……。」
ゆっくりと声を掛け合うディンと悠輔。
しかし、どこかそっけない悠輔の言葉にディンは音もなくため息をつく。
「なあ悠輔「あのさディン、俺後遺症残るのほとんど確実なんだってさ。日常生活に支障が残って、半分位の確率で一生車椅子なんだって。」
「……。」
「出血量が多すぎて脳にダメージ行っちゃって、こうやって起きれたことすら奇跡に近いって…。ねえディン、俺どうすればいいかな…?みんなの為に生きて行きたかったのに、これじゃあ…。」
「悠輔……。そんなことは「でも仕方がない、全部自分で望んだことだから。それにディンが俺の中にいなくたって、俺たちの誰かの中にいたのなら立場が変わるだけ。それなら俺は自分がそうで良かったって思ってる。でもさ……。」
痛みで覚醒してしまっている脳が悲鳴をあげている。
誰かにぶつけないと気がすまない、それが例え自分と源太の命を救ってくれたディンだったとしても。
例え自分の中にいる世界を守る為の神様で、弟たちを唯一守れる存在だったとしても。
「ごめん…。でも、俺どうすればいいか……。」
「……。なあ悠輔、一つ聞きたいんだけど、いいか?」
「……?」
一通りディンに心の叫びをぶつけた後黙ってしまう悠輔を見て、ディンは少し慎重に問いかけた。
「もしもみんなにバレる可能性があるけど後遺症は残らないって言ったら、どうする?」
「そんなこと……、ディンならできるよな……。でも……。」
「バレる可能性はもちろんある、でもみんなは後遺症が残るとかどれくらいかかるとかは知らない。だから子供達にはバレないかも知れない。」
「……、わかんねぇよ……。もうみんなに隠してた方がいいのかそれともバレてひとりになったほうがいいのかさえ……。」
悠輔はディンの提案に驚きつつ、出来て当たり前だよなと納得する。
しかしそれをすればバレてしまうかも知れない、直接バレなくても医者か誰かがバラしてしまうかもしれない。
そうしたら弟達はどう思うのだろうか。
受け入れてくれるかも知れない、でも拒絶されるかもしれない。
拒絶されたら自分は何のために生きていけばいいんだろうか、何のためにここまでやってきたのだろうか。
一人でもいいと言いながら、しかしその実覚悟なんてものは出来ていない。
「俺はどうすればいい……?なあディン、俺どうすればいいかわかんないよ……。」
「悠輔……。」
「バレたくねえ、でもあいつらのためにしてやりてえこともたくさんある……。」
「……。」
「だけど……。」
痛みを忘れてしまう程悩む悠輔。
もしもバレてしまったら、しかし。
「……、なあ悠輔。俺はさ、あの子達はもしバレたとしても受け入れてくれる気がするんだ。確証なんてねえ、でもなんかさ。あの子達がお前を慕ってるのはお前の心意気や優しさだろう?だから、例えばれても、さ。」
「……。そう、かな?」
「確証なんてどこにもねえ、このままいったってバレる日が来るかもしれねえ、もしかしたら悠輔自身が言おうって決断する日が来るかもしれねえ。だから、俺はあの子達を信じたい。」
「……。そう、だよな。そうだよな、あの子達だもんな。」
「ああ、そうだ。」
ディンの言葉が一筋の光となり、悠輔の思考のモヤを晴らしていく。
ディンは決して悠輔を慰めたくて言葉を選んだわけではない、悠輔の中から子供達を見てきて信じてもいいと思えたからこそ、この言葉を口に出来た。
「なあ悠輔、一ついいか?」
「ん?なんだ?」
思い立ったが吉日と言わんばかりの早さで悠輔の体を治癒したディンは、ふうとため息をつきながら悠輔に問いかける。
「今の俺って要は霊体みたいなもんで、実体がねえんだけどさ…。」
「おう、それがどうした?」
「もしも子供達に俺の事を知られて受け入れてくれたら、さ。俺も子供達に挨拶とかしていいか?」
「……?いいぞ?」
「そっか、ありがと。」
ディンは悠輔の答えを聞くと安心したように微笑み、そして淡い光に包まれ消えてしまった。
「……?」
悠輔は首をかしげなぜその質問がと考えたが、答えを思いつくことなくすぐに横になった。
お互いをきちんと認識した今なら理解できる、ディンはどうやら眠ってしまったようだった。
「……。」
バレてもきっと、と悠輔はひとり心のなかでつぶやき、安心して深い眠りに落ちていった。
「それじゃ、ありがとうございました。」
「うむ……。」
「坂崎くん……、頑張って、ね。」
「はい、ありがとうございます。」
それから3日後、驚異的な速さで回復した悠輔は退院することになった。
主治医の壮年の男は何か思うところがあるのか、はたまた感づいたのかぶっきらぼうな態度で、看護婦の方は心配そうに悠輔を見つめている。
マスコミに見つからないようにと職員用入口から通された悠輔は、軽く挨拶だけすると村瀬が用意してくれていた車に乗り込み、そして車は発進した。
源太と浩輔は先日に退院していて、マスコミに捕まると面倒だからと一足先に村瀬が送り届けている。
「なあ悠輔君。」
「君付けしないでください、村さん。」
「そうか。なあ悠輔、良かったのか?」
「何がです?」
ゆっくりと走る車内で、村瀬は複雑そうな顔をしていた。
「彼の力を借りて傷を治したということは、正体が……。」
「ああ、それはいいんです。ディンが言ってくれました、あの子達ならきっと受け入れてくれるって。だからいいんです、他の誰に拒絶されたとしても。」
「そうか……。もちろん私は受け入れているぞ、むしろ申し訳ないくらいだ。」
村瀬が何に対してそうなっているのかなんとなく察した悠輔は、嘘偽りなくディンとのやり取りを話した。
村瀬は悠輔の中に眠るディンの存在を知っている数少ない人間で、尚且つそれでもサポートをしてくれているのだから、とディンに言われていたからだ。
「申し訳なくなんて思わないでください、結局俺にしか出来ないことなんですから。」
「そうか……。所で、彼は傷跡までは治せなかったのか?」
「ええ、今のあいつの力だとこれが限界みたいで、あいつ自身俺とリンクしてる部分があるから同じところに傷跡残ってるみたいです。」
中学生に気を使われていると感じた村瀬は、咳払いをして話題を変える。
チラリと見る悠輔の横顔、その額には痛々しい傷跡が残されていたから。
「まあ傷跡までなくなってたら、ね。」
「それもそうか……。」
「あ、村瀬さん少し寄り道いいですか?」
「どこにだい?」
「よかったら、その……。めし、一緒に行きません?これからも長い付き合いになりそうですし、嫌じゃなければ仲良くなれたらなって…。」
「……!構わないよ。」
若干顔を赤らめてそう言った悠輔。
村瀬は子供らしい、しかし大人びた悠輔の言葉に笑みを浮かべ、車をレストランへと走らせていった。
この日のこの会話が、まさか後ほど大きな影響を及ぼすとも知らずに。
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