第4話 儚き夢

 悠輔が襲われてから約1年。

 取り敢えずは驚異が無くなった弟達は、転校をして近くの小学校や中学校に通うことになり、浩輔は悠輔と同じクラスで勉学に励む事となった。

 ディンの活動も本格化し始め、戦いは頻度と激しさをまして行った。

なんとかばれずに1年間を過ごしてきたが、これからはそうはいかないかもしれない。ディンと悠輔は2人で話をする時間を作り、そうなった時の心構えなどを話合っていた。


 時期としては悠輔達が2年生になった9月のはじめ。

中学校では体育祭の練習の為に一日外に出なければならず、炎天下での準備にヒィヒィと悲鳴をあげていて、10分間の休憩時間には皆日陰に逃げ込んでいた。

「はぁ、あちぃ……。」

「暑い暑い言ってると余計暑く感じちゃうよ?」

「そうは言ってもなぁ、暑いもんは暑い!」

 ため息をつく源太とそれをちょちょっとたしなめる浩輔。

 転校直後こそ怯えたり時々棘を含むような態度を取っていたりした浩輔だったが、悠輔と源太の取りなしや協力もありうまくクラスに馴染めるようになっていた。

「ねえ悠?心頭滅却すれば火もまた涼し、だよね?」

「ゆーてあちいもんはあちいかんなぁ……。」

 日陰でゴロゴロしている悠輔に話を振ると、気だるそうに笑う悠輔。

その眉間には傷跡が、手足には包帯がたくさん巻かれていて痛々しい。

「もー!こーいう時はお兄ちゃんのいうこと聞くもんでしょ!」

「お兄ちゃんて……。一日違いだしそもそも家の事ほとんど俺がやってるだろうに……。」

「それは言わない約束でしょお!」

 悠輔がぼそっとつぶやいたのが聞こえた浩輔は顔を真っ赤にして悠輔に飛びかかり、頬を摘みながら組み付いた。

「わー!離せ退け抓るのやめい!」

「謝んないとやだー!」

「わかったわかった!ごめんごめん!」

 周りが笑う中取っ組み合いをする双子。

誰も注意したり止めたりしないのは、これが日常茶飯事で2人がじゃれているだけだとわかっているから。

 年相応の兄弟のじゃれあい、微笑ましいものだ。

「よっし!弟の教育終わり!」

「今のを教育っていうのか……?」

「教育なの!もう!」

 浩輔が誇らしげにドヤ顔をすると、源太が抑えきれていない笑いを抑えながら突っ込み、それに浩輔は真っ赤になって反論する。

 周りがドッと笑いに包まれ、練習と暑さによる疲れを吹き飛ばしているかのようだ。

そんな浩輔の立ち位置はマスコット、みんなの癒しとしてクラスでの立場を確立していた。

そんな時だ。

(悠輔、魔物が来る。)

ディンの声が頭の中で聞こえる。

(どこに……?)

問い返すが、返事がない。

それは悠輔にとってある意味最悪の答えだった。

(まさか、ここ……?)

(ああ。)

 まさかとは思ったが、しかしそれはあり得ないだろうとたかをくくっていた悠輔の中に絶望が滲みだす。

とりあえずディンに交代する為に、どこかに行かなくてはと慌てる。

「俺、腹痛くなってきた……。」

「大丈夫?」

「ああ、ちょっと保健室行ってくる。」

 暑さとは違う意味で汗をかき始めた悠輔を、心配そうに浩輔が覗き込む。

早くしないと魔物が来てしまう、そうしたら自分の事がばれてしまう。

 その焦りが、悠輔に脂汗をかかせる。

「だ、だいじょぶだよ、一人で行ってい来る。」

「悠、なんか変だよ……?」

「なに、がだ?」

 覗き込んでくる瞳に思わず目をそらしてしまう。

「悠、何か隠してない?」

「そんなこと、ない……。」

「嘘つくの、下手だよ。何か隠してる。」

「……。」

 黙り込んでしまう悠輔。

 もう時間がない、覚悟を決めなければならない。

「僕にも話せないことなの……?」

「それは……。」

「悠、約束したよね、隠し事はなしにしようって。何かあったらちゃんと伝えあおうって。」

 浩輔の瞳から涙がぽつぽつと流れる。

それは秘密ごとがあるという悲しさと、相談してもらえないという悔しさ。

その二つが浩輔の感情を昂らせ、涙となって頬を伝う。

「……。」

「僕じゃダメなの……?」

「……。」

 責め立てるように泣きじゃくる浩輔。

それを見て、どこかで諦めてしまう。

 もう、隠しきれないと。

「いえるかよ……。」

「なんで……?」

「自分が化け物だなんて、言えるわけないだろ……。」

 うつむき、小さく呟く。

「もう、いいや……。」

「え……?」

「ごめんな浩輔、もう時間がないんだ。」

 そういうと悠輔は両手をパンッと音を立てて合わせ、叫んだ。

「ディン!」

 叫んだと同時に、悠輔の体を眩い光が包み込む。

「な、なに!?」

「なんだ!?」

 周囲が動揺している中、光がさらに眩しくなる。


「……。」

「悠輔……。」

「ディン、頼んだ。」

「……、わかった。」


「……。」

 光が収まったころ、悠輔は姿を変えていた。

それは悠輔より少し身長が高く、尖り目の赤茶髪を襟足で結んでいて、翡翠と琥珀の瞳をしていた。

 灰色のパーカーに橙色のチノパンと、それに似合わないバスターソードを背負っている。

「悠輔が秘密にしたがってた理由、わかったか?」

「え……?」

「浩輔、悠輔は怖がってたんだよ。自分が俺の依り代になってることがばれるのが、化け物呼ばわりをされるのを。」

「そん……な……。」

「……。」

 ディンはそれだけ言うと空に飛びたち、魔物の襲来に備え構える。

「悠が…戦ってた…?」

浩輔は戸惑う。

 ディンのことは知っていた。

姿も見たことはテレビ越しだがあった。

 しかし、それがまさか悠輔の中にいた存在だとは思いもしなかった。

否、想像できるはずがなかった。

 それは周りの生徒たちも同じで、衝撃に包まれていた。


「……限定開放、第二段階開放……。」

 宙に浮かんでいたディンがそう呟くと、可視化された金色の闘気が体から噴出する。

 それとほぼ同時に周囲が暗くなり、暗闇から魔物が現れた。

「……、契約召喚!莫竜テンペシア!」

 ディンが右手を掲げて叫ぶとそこから直径20メートルほどの風色の魔法陣が現れ、そこから緑色のドラゴンが現れた。

「殲滅しろ!」

 叫ぶとともに自身も剣を鞘から抜き、現れた魔物に突撃する。

「……。」

 先ほどの言葉は正しかったのかと、自問自答しながら。

自分がいなければ悠輔は普通の生活を送れていたのに、浩輔たちを責めるような言葉を吐く資格はないはずなのに、と。

「今は目の前、か!」

 鳥型の魔物を両断しながら、迷いを振り払うように剣を振るう。


「悠……。」

 一方地上では。

「まさかあいつが化け物だったとか…。」

「うちら騙されてたってことじゃん…。」

「怪しいとは思ってたんだよ…。」

「怖いよー…」

「俺はキレたいよ…。」

 悠輔が考えていた最悪の形が現実になってしまっていた。

魔物から逃げるように固まって集まっていた生徒達は、口々に悠輔を罵倒する言葉を吐きだす。

「悠……。」

 浩輔はそんな中一人空を見上げる。

その瞳には戦っているディンとドラゴン、数えきれないほどの魔物が混在していた。

 浩輔はディンの事を化け物だとは思ったことはなかった。

むしろ自分たちを守ってくれる存在だと思っていて、感謝していたくらいだ。

 だからこそ、なのか。

悠輔が秘密にしていた理由がわかると、悲しく悔しく思う。

自分すらそういう忌避の対象になってしまっていたのか、と。

「悠輔……。」

 そんな浩輔を見ながら、源太はふつふつと怒りがわいてくる。

それは騙されたということに対してなのか、それとも化け物が身近に存在していたということに対してなのか。

 本人にもわからない怒りの感情が、その双子の兄を見ていると湧いてくる。

「悠、頑張って……!」

 そんなことは知らず、浩輔は一人戦うディンに言葉をつぶやいた。


 魔物の数が減ってきて、ディンにも余裕が出てきた。

「テンペシア!もういいぞ!」

 そういうとドラゴンはその場に現れた魔法陣の光に包まれ消えた。

「てやぁ!」

 気合の声とともに魔物をなぎ倒していく。

 そうしているうちに魔物の数も残り数体となった、が。

そのうちの一匹が地上に逃げていくのが目の端に止まった。

「ちぃ……!」

 残った数体を薙ぎ払い、地上に逃げた魔物を追うディン。

「うわぁ!」

「浩輔!」

 しかし間に合わず、戦いを見ていた浩輔が剣士型の魔物に捕まってしまう。

「てめぇ!」

 魔物が浩輔に危害を加える前に一閃、魔物が霧散する。

「わぁ!」

 浩輔も捕まっていたところから解放されるが、そのまま倒れてしまった。

「浩輔!」

ディンは剣を鞘に納めると、浩輔の傍に駆け寄り体をゆする。

「う……ん……。」

 かすかに返事をする浩輔。

気を失っているだけでどこかケガをしている様子もない。

「良かった……。」

 ホッとした様子で肩を撫で下ろすディン。

そのまま浩輔を担ぎ保健室に連れて行こうとした、その時。

「浩輔から離れろ!化け物!」

「……。」

「聞こえなかったのか!離れろって言ってるんだ!」

 源太の声が響き渡る。

ディンがそちらを見ると、源太を中心にして壁を作るように生徒達が集まっている。

「……、どいてくれないか?浩輔を保健室に連れていきたいんだ。」

「誰が信じるか!今までもずっと俺たちのことをだましてきたんだろ!」

「……。」

 怯えている。

相手は魔物という未知の生命体と戦う力を持つもの。

その背中に背負っている剣を一振りされれば、自分は死ぬ。

 そう考えているのがディンにはよくわかる。

「浩輔を離せ!」

「どいてくれ、運ばなきゃならない。」

「信じられるか!」

「……。なんで黙ってたと思う?」

「しるか!」

 源太は怯えながらも、浩輔をディンから引きはがそうと声を張り上げる。

それが、ディンの逆鱗に触れてしまった。

「なんでだと思う!」

「……!」

 怒りだ。

怒りが風になり、生徒達の間を駆け抜けていく。

 5段階中、2段階とはいえ能力を開放しているディンの怒りが、生徒達を硬直させる。

「今まで悠輔がなんで言えなかったかわからないとでも吐くか!」

「し、知らねえよ!」

「じゃあ教えてやるよ!お前らにこう言われるのが怖かったからだ!お前らと一緒にいたかったからだ!守りたかったからだ!」

「っ……!」

「それがなんだ!誰が今までお前たちを守ってきたと思ってる!誰のおかげで生きていられてる!」

 怒りで声が震えてしまう。

それは自身が化け物扱いされていることに対してではなく、悠輔を化け物と断じて忌避していることに対してだった。


「ディン……。」

「悠輔、ごめん……。」

「ディンは悪くないよ、あとは俺がやるから。」

「……。」

「ディン、ありがとね、俺のために怒ってくれて。」

「……。」


「俺は、俺はみんなと一緒にいたかったんだ。」

 ディンを眩い光が包んだかと思うと、そこには悲し気な表情をした悠輔がいた。

「ただ、守りたかった。」

「……。」

「でも、みんながディンのことなんて言ってるのか知ってたから、言えなかった。」

 浩輔を抱えながら、悠輔は一歩前に踏み出す。

先ほどのディンの怒りに当てられた生徒達は、恐れからか一歩後退する。

「俺しかディンを守れる人がいなかった、だから秘密にしなきゃいけなかったんだ。」

 自分の中でディンが涙をこぼしているのを感じ、悠輔の瞳からも涙が零れる。

「なあ源太、一年前の事覚えているか?あの時助けてくれたのもディンなんだよ。」

「……!」

「……どいてくれ……。」

 悠輔が歩みを進めると、自然と壁となっていた生徒達が間を開けていく。

「……。」

 悠輔はそこに出来た道を無言で進む。

恐怖で怯えた目がこちらを見つめているのを感じながら。


「……。」

「浩輔…。」

 そういえば浩輔はディンに対して肯定的だったな、と思いだす。

そんな浩輔にも黙っていた事を少し後悔する。

 しかしもう何もかも無意味になってしまった。

これからどうすればいいのか、それは誰にもわからない。

「……。」

 すやすやと寝息を立てている浩輔。

 なぜ話さなかったのだろう、と今更考える。

「もう、仕方がないんだ……。」

 悠輔はあきらめるように目を瞑り瞑想をした。

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