第2話 破滅の牙

 松戸市連続殺人事件と呼称された事件から1ヶ月後。

 事件は1ヶ月経っても連日報道され、犯人はまだ捕まらず生き残った子供達の行方も分かっていないという事になっていた。

 悠輔の住む家には24時間警察が警備に入り、近所では物々しい空気が漂っていた。

 子供達は最初の一週間ほどはふさぎ込み続けていたが、悠輔が献身的に世話をしている内に笑顔が見られるようになり、一ヶ月経った今ではお互いを兄弟と認識するまでに至っていた。


「じゃあ行ってくるな。」

「うん、気をつけてね悠。」

「みんなの事お願いな、浩。」

 本格的に梅雨が明けたよく晴れた夏の日、悠輔は一人学校へと向かうべく家を出た。

 双子の兄の浩輔に弟達を任せ村瀬を連れ学校へ行く、何か目的があるような雰囲気でい て、学ランにスクールバック、それと絹で出来た1メートル強の美しい藤色の袋をもって。


「村瀬さん、奴らは多分俺のところにきます。」

「そうだな……。本来なら君を危険な目に合わせたくはないのだが……。」

「どうせどうやったって奴らに狙われてるんです、どうせならこっちから誘う方があの子達は安全です。」

「それはそうかもしれないが……。」

 相変わらず左腕に包帯を巻いている悠輔。

 しかし一ヶ月の中で何かが変わったのか、村瀬への態度も軟化しはきはきと喋るようになっていた。

「それに……、ね。」

「彼はそれをよしとしているのか?私の前では何も語ってくれないんだ。」

「俺も一回も喋った事ないですよ、あいつが起きてる間は俺寝てますし。」

 左腕をさすって顔をしかめる悠輔。

その下には昔からあるアザがあるのだが、それはあの日に形を変えていた。

 ぼんやりと何かを象っていたような形だったのが、今ではくっきりと何を描いているのかわかる程に。

「そうだったのか……。彼が現れてから一ヶ月、世間は色々と賑わっているな。それこそ警察が介入しなければならない程に。」

 この一ヶ月、世間では不可思議な現象が2つ程起こっていた。

 1つは「ゲームやアニメに出てきているようなモンスターが現れた」という話。

都市伝説や集団催眠の類ならばまだ良かったのだが、全国を通りこして世界中で目撃されるようになった為日本では警察が、他国では軍隊が出動せざるを得ない状況になっている。

 そしてもう一つ。

「よもや君のような少年の中に魔物を討伐しうる存在が眠っているとは誰も思えないだろうな。」

「でしょうね。俺自身驚きすぎて頭痛いですから。」

 そのモンスターを片端から討伐していく人物が存在しているという事。

白いローブを着用し顔を見ることすら誰も出来ていないが、目撃情報や声を聞いた人間の 証言ではまだ若い少年のようだ、とネットでは情報が飛び交っている。

「母ちゃんは全部知ってて、やっぱりこの為に知ってたのに避難しなかったんでしょうね、俺の中に眠るあいつを呼び起こすために……。」

「そう……、かもしれないな。」

 悠輔は包帯の上から忌々しげに痣をさする。

 それならば小さい頃に言って欲しかった、教えてくれれば守れたはずなのに、と。

「まあ今はその話はよそう。辛い思いをさせたくて私はここにいるわけではないのだから。」

「きい使わなくても……。村瀬さんが変なところで無神経なのにもいい加減なれたし。」

「おやおや、いうようになったもんだね。」

 暑い日差しが照る中をのんびりと歩く2人。

 2ヶ月前に殺人未遂の被害者になり、1ヶ月前に家族を殺されたとはとても思えない落ち着きぶりだ。

 しかし2人とも警戒を怠ってはいない。

悠輔は自らを囮に犯人をおびき出すために、村瀬はそんな悠輔を守るために神経を研ぎ澄ましている。


「じゃ、俺は教室に行くんで。」

「何かあったらすぐ無線で知らせてくれ、駆けつける。」

「了解です。」

 何事もなく学校に辿り着いた2人。

 村瀬は学校に細かい説明をするために職員室へ、悠輔は1ヶ月ぶりに転校して1度しか言っていない教室へと向かった。


「坂崎……!お前、きて大丈夫なのか!?」

「おう源太、久しぶりだな。」

「久しぶりって、お前……!」

 教室になにくわぬ顔で入った悠輔をまず最初に見つけた源太が、電流でも流されたように立ち上がり悠輔の元へと駆け寄った。

「源太、ちょっと来てくれ。」

「は、はぁ!?」

「いいから。」

 わけがわからないという様子の源太を引っ張り、廊下の端へと連れて行く悠輔。

源太はまた何か話があるのだろうと素直についていき、悠輔が止まった瞬間に肩を掴んで揺らしてみせた。

「お前危ないんじゃないのか!なんでわざわざ!」

「……。源太、もっかいお前を信用……。いや信頼してもいいか?」

「え!?お、おうよ。」

 肩を揺さぶられても動じることなく、穏やかに問いかける悠輔。

 1ヶ月前とは人が変わったような落ち着きに若干戸惑いつつ、1ヶ月前と同じような返答をする源太。

「実はな、わざとなんだよ。」

「わ、わざとぉ!?」

「一か月前、俺の家族が殺された、それはもう知ってるよな?その時に色々分かったんだ。犯人達の狙いは俺を孤立させる事、でもそれができなくなったら俺を直接刺しに来るはず。だから俺と警察が協力して打って出る、それが今生き残った弟達を守る唯一の手段なんだ。」

「……!?」

 勢いよく話す悠輔に、呆気にとられてしまう源太。

それもその筈、今言われた話は自分を囮にして犯人を捕まえる、しかもこの学校という場所でそれを起こそうとしているのだから。

「そ、それって……。」

「お前たちを巻き込まないとは言い切れない。でも、俺以外には絶対に刃を向けさせない。」

「でもどうなるかなんて……、相手は刃物持ってるんだろ!?」

「そこは問題にならないよ。」

 悠輔は慌てふためく源太に笑いかけ、藤色の袋の帯を解き、中身を出した。

「これ、なんだ?おもちゃの日本刀?」

「いや、これ本物。」

「はあぁぁあ!?」

 中に入っていたのは鞘と柄に美しい金箔の装飾がなされた日本刀。

悠輔が鯉口を切り鞘から抜くと、明らかにおもちゃではない金属光沢を持つ刃が顔を見せる。

「警察の人から今回のことに関して条件を出されててな。もしも他者に危害が及ぶ可能性があって、尚且つ警官が回りにいなかった場合、問答無用で自己防衛と事態の収束をってな。最悪相手の生死を問わず自己防衛で済ませるって。」

「そ、それって最悪悠輔が殺人犯になるってことだよな!?そんなんいいのかよ!?」

「……。勿論殺人犯に、奴らと同じになんてなりたかねえ。でも、それでも弟達を守らなきゃいけねえんだ。あの子達は本当に被害者で、殺された家族が死んでも守ろうとした子達だから。」

「そんな重いもん背負い込んで……、辛く、ねえのか?」

 笑いながら、しかし戸惑いのない言葉や顔付きに何故か不安を覚える源太。

 一か月前とは明らかに違う、まるで別人が人間の革でも被って現れたかのような本能的な不安に苛まれる。

「……。正直辛い、でももう……。」

「もう……?」

「いいや、何でもない。とにかくこの話誰にも話すなよ?話されると俺ここにいられねえから。」

 最後に肩を竦めて見せてその場を立ち去ってしまう悠輔。

 置き去りにされた源太はポツリと呟いた。

「悠輔……、お前ほんとに……。」

 そこまで聞いて一人にできるかよ、と。


 そこから半月が経ち、終業式の日。

 源太は表向き悠輔の復帰を純粋に喜んで仲良くなり、影では何かあったときに自分も何か出来る事はないかと考え続けていた。

悠輔はそんな源太の気持ちを理解しつつ、しかし何も出来る事はないんだとわかるまで考えさせようと放置していた。

「なあ悠輔、夏休みそっちの家遊びに行ってもいいか?」

「んー、チビ達がオッケーくれたらな。」

「んだよー、いいじゃねえかよー!」

 一学期最後のHRが始まる前、源太と悠輔は仲睦まじくじゃれあう。

周りも半月で大分慣れてきたのか、2人をからかいながら輪に入ろうとしている様子が伺える。

「お、俺も行きてえ!坂崎の家ってむっちゃでかいんだろ?」

「まあそこらへんの一軒家よりは少しでけえけど、そんなでもねえと思うぞ?」

「嘘つけぇ、坂崎邸なんて近所じゃ有名だぞ?」

 やいのやいのでもみくちゃにされる悠輔、こういう時だけは年相応の少年といった様子になる。

 村瀬はそんな悠輔を教室のドアの外から眺め、ホッとしつつもやはり警戒は怠らない。


「……。了解、1度離れるので変わりの人員を。」

 そんな村瀬を動かしたのは一本の電話。

本庁よりかかってきた電話で、学校の周囲に不審な人物が徘徊しているから確認を、と通達されたのだ。

 本庁から代わりの人員が5分で来ると言われた村瀬は、悠輔に無線でその場を離れる事を伝え、学校周辺の調査へと足を運んだ。

 その選択、その指示がなぜそのタイミングでなされたのかを確認する事を怠って…。


「じゃあチビ達に聞いたら連絡すっから。」

「頼んだぞ?チビ君たちにも会ってみてえからさ!悠輔は家じゃどんななんかって気になる!」

「はいはい……。なあ源太。」

「なんだ?」

 村瀬からの無線を受けた直後、悠輔は何かに気づいたかのように真顔になる。

真顔というよりも何かを覚悟したような顔に源太は何かが起こる予兆を察し、自身も真顔になり問う。

「俺、殺人犯になる。」

「って事はもしかして……!」

「やあ少年少女よぉー。ここに綾野源太クンはいるかなぁ?」

 なにが起こるかを察したその瞬間。

 教室のドアが開かれ、妙に間延びした男の声が教室に流れ込んで来る。

「源太?源太ならうちのクラス……」

「しゃべるな!」

「さかざ、き……?」

「おや、その声はぁ。」

 誰かが源太がいると声を上げた瞬間、悠輔の怒声が響き渡る。

 そしてその直後、間延びした声の主は姿を現した。

 声の主は黒いスーツに身を包んだ細身で髪の長い男性で、両手をスーツのポケットに突っ込んでニヤニヤとしながら教室へと入ってきた。

 教室の端にいる悠輔を、笑っていない目で見据えながら。

「おやぁ、坂崎クンじゃないかぁ!君の事をさがしていたよぉ?」

「ちぃ、源太逃げろ!こいつの狙いはお前だ!全員今すぐ逃げろ!殺されるぞ!」

「な、何言って……。」

「てめえら死にてえのか!そいつは俺の事襲ってきた殺人犯だ!」

 ざわめくクラスメイトを全員黙らせる事を容易に可能にする程の大声。

シーンと静まり返った教室が、直後悲鳴の連鎖する地獄へと早変わりした。

「に、逃げろぉ!」

「死にたくないー!」

「源太!お前も逃げろ!」

「あ……、お、俺……。悠輔……、腰が……!」

 ガタガタと机をなぎ倒して逃げる生徒たちには意を返さず、逃げ遅れた源太とそれを庇うように立つ悠輔をねっとりとした瞳で舐めまわす。

「君は殺さないっていっただろう?だからおとなしく綾野クンをさしだしなよぉ。」

「断る。」

「へぇ、2か月前あんなに怯えてた子供が随分と男前になったんだねぇ?それでこそ君は素晴らしい破壊神になるんだよぉ?」

 腰を抜かして動けなくなってしまった源太をチラリと目視し、悠輔は絹袋から日本刀を取り出して刃を抜いた。

「俺はてめえ殺す覚悟をしてきたんだ、だからもう誰も傷つけさせねえ!」

「随分気合が入ってるねぇ、でも……。」

 BANG!

「ッツ!?」

 普通に生きている日本人は絶対に聞くことのない音。

それと同時に悠輔の右肩に激痛が走り、だらりと脱力してしまう。

「日本刀なんてこわいものを出されたら、僕だってこうするほかないよねぇ?」

「くっ、そ……!」

 男が右手に持っていたのは、硝煙立ち上るリボルバー式の拳銃。

 そして悠輔の右肩からじんわりと血が学ランを濡らし、朱く染めていく。

「まったく……。君を傷つけると僕が怒られてしまうんだよねぇ?だからさぁ、おとなしく彼の命をおくれよぉ。」

 BANG!

 脂汗をかき痛みに耐えている悠輔をよそに、源太に向けられた拳銃から再び鳴り響く銃声。

「まったく君は本当に強情だなぁ?どうせその子も君を裏切るんだぞぉ?」

「うる……、せぇ……。この、クソやろぉ……!」

「ゆう、すけ……!?」

 しかしその弾丸が源太を貫く事はなかった。

銃口から弾道を予想しとっさにかばった悠輔の右腕に、運良く銃弾が貫通し源太へ届かずに済んだのだ。

「だから君を傷つけたら僕が怒られるんだよぉ?それに、どうせ君の末路は孤独じゃないかぁ。それなら僕達と一緒に世界をねぇ?」

「……。俺は、それでもいい。」

「なんだってぇ?」

 余裕の表情で煽るように話す男を睨み、痛みで叫びそうなのを必死にこらえながら。

 それでも悠輔は自分の信念を貫き通す為、声を張り上げた。

「俺は、俺は孤独だっていい!それで…、それでみんなが助かるのなら!」

 本当は逃げてしまいたい。

自分の宿命も何もかも投げ出して、ほとぼりが冷めるまで隠れていたい。

 しかし、それは叶わない叫び、その現実を突きつけれた以上立ち向かうしかない。

「俺一人の命でみんなが救えるのなら!それで構わねえ!」

「ゆう、すけ……。なんで、お前……。」

 気力を振り絞って源太の前に立つ悠輔。

その瞳には闘志を、その姿には決意を表して。

「くくく……。あーっはっはっはっはっは!」

「なにが、おかしい……!」

「はっはっはっはっは!これが笑わずにいられるか!たかが12歳のガキになにが出来る!貴様はただ我々の神の天命に従い破壊神となればそれで用済みなのだよ!ディンアストレフ!」

「……!」

 そんな悠輔の姿を見て、急になにがおかしいのか男は笑いだした。

そして、狂気を体現したかのように歪んだ顔でヨダレを垂らしながら叫び、三度銃口を源太へと向ける。

 そして…。


「が!?」

「させる、かよ……!」

「な……!ばか、なぁ!」

 三度銃声は鳴り響かず、代わりに銃を握ったままの男の右腕が宙を舞った。

 驚き見開かれた男の瞳に映ったのは、片腕を負傷しているとは思えない迅速な動きで間合いを詰め、男の右腕を切り落とした悠輔の姿が。

「てめえはここで終わりだぁ!」

「か、神よぉ!がはぁ!」

 男が痛みに叫び声を上げる間すらなく、悠輔は左手に持った日本刀を振り上げ逆袈裟に切り上げた。

 その美しい刃は軽々と男のスーツを切り裂き、肉を抉り骨を砕いてみせた。

そして深々と男にくい込んだその刃は。

「くたばれぇ!」

 男の心臓を2つに切り裂き、肩から血濡れの刀身を覗かせた。



「はぁ、はぁ、はぁ。」

 立っていることもままならない様子の悠輔。

その場に崩れ落ちると、肩で息をしながら必死に銃創から与えられる痛みに耐える。

「げん、た、平気、か?」

「……。」

「げん、た……!?」

 せめて村瀬が戻ってくるまでは気絶するわけにはいかないと、意識をつなぎ止めながら源太の名を呼ぶも返事がない。

 朦朧としてくる意識の中で源太の方へと這いよると、どうやらショックで気絶してしまったらしかった。

「ま、ったく……。」

 意識が遠のいていく。

 無線は送信したままだからもうすぐ村瀬が来てくれるだろう、そう考えると安心して逝ける、そう思える。

「……。」

 出血量が思ったより多い、これは本当にこの場で息絶えてしまうかもしれない。

でもそれでもいい、守ることができたのだから。

そう思って意識を深い海へと投げ出そうとした、その時。


「まったくだらしのない子ね!」

「……!?」

「バカが油断しおってからに、だから一人で行かせるなら俺をと言ったんだ!」

「まさ、か……?」

「まったく私たちの大切な破壊神まで傷つけて!でもあたし、こいつの敵討たなきゃいけないわ!」

「やめたまえ、彼を殺してしまったら全てが…。」

 聞こえてくる4つの声。

男女2人ずつの声が聞こえた悠輔は彼方へと飛びかけた意識を呼び戻し、気合だけで立ち上がり声の主たちと対峙することとなる。

「てめえら……、こいつの、仲間かっ!」

「あら、まだ立ち上がる元気があったのね?なら話は早い…」

「あたしの仲間によくもこんなことしてくれたわね!許さない!許さないゆるさないユルサナイ!」

「!?」

「おいやめ……!」

 しかしそれが裏目に出ようとは微塵も思わなかっただろう。

 スーツを着た4人のうち一人、古臭いパーマをかけた若い女が金切り声とともにナイフを取り出し、悠輔の脇腹に深々と突き立ててきた。

他の仲間が止める間もなく貫かれた鋭いナイフ、そこから激痛が走り悠輔は声も出せずに倒れ込んでしまう。

「ユルサナイユルサナイユルサナイ!キサマはアタシの仲間を殺した罰を受けなければならないぃぃぃ!」

「ぐっ、がは……!」

「ああなったら止まらないわ、Bプランに移行しましょ。」

 ハスキーな声のケバいふくよかな女がため息をつきながら他の仲間に告げると、仲間は若い女を止めようとすることをやめた。

 その若い女はナイフを次々に懐から取り出し、悠輔をメッタ刺しにしていく。

(もう……!げんかい、かっ……!)

 痛みで声を出すことが出来ず、心の中で苦痛の叫びを上げる悠輔。

辛うじて残っていた視覚で源太を認識し、ごめんと謝罪する。

 もし学校に来ていなければこんなことにならなかったのに、迷惑をかけずに済んだのに。

守ると誓ったはずなのに、どれもこれもやりきれなかった、と。

「アタシを見なさいよオオォォォォォォォォォォォ!」

「……!」

 視覚もほとんどなくなり、意識が消えうせようとしたとき。

 女が咆哮のような声とともに悠輔の頬を掴み正面を向かせた。

と思えば片手にはナイフが握られ、そのナイフが悠輔の顔の額の左から右頬にかけてを切り裂き、今度こそ悠輔は痛みで意識を失ってしまった。


「……すけ……。」

(だれ、だよ……。)

「ゆうすけ……。」

(俺の、名前)

「ゆうすけ!」

(俺、死んだんじゃないのか?)

「起きろ悠輔、お前はまだ死んでないし死なせねえ。」

 悠輔は居心地のいい浮遊感の中目覚めた。

誰かに何度も名前を呼ばれ、まだ死んでいない、死なせないと宣言され。

 ゆっくりと目を開けると、目の前にはほの暗い何もない空間、そして視界の半分を埋める、額に傷が出来ている不思議な色の目をした少年が一人。

「えっと……、誰?ここはどこなんだ?あれ、痛くない?ん?なにがどうなってんだ?」

「随分質問が多いな。」

 悠輔が目を白黒させて疑問を口走っていると、少年は笑いながら悠輔を起こした。

 何故かふわふわと浮いているような感覚に包まれ、バランスを取れずワタワタする悠輔に笑いながら、少年はゆっくりと口を開いた。

「まずはここはどこか。ここは悠輔の心の中…、深層心理を具現化した空間だ。」

「は、はぁ?」

「次に、傷は俺が治したんだ。傷跡までは消せなかったから残っちゃってるけど、まあ要は失血死寸前で助かった、ってことだな。」

「……。あのさ……。」

 テンポよく説明する姿を見て、悠輔は少年が何者なのかわかったような気がした。

しかし、本人の口から聞きたかった。

「んで、最後に俺が誰かだな。まあわかってるって顔してるけど、俺がディンだ。」

「……。お前が……、俺の中で眠ってた神様。」

「神様って代物なのかどうかは分かんねえけどな、まあ一応竜神って言われてるんだから神になるのか。」

「……。」

 肩を竦めながら少年、ディンは自己紹介をする。

その言葉に悠輔の顔が険しくなっているのを見て、苦笑いをしながら。

「悠輔が怒るのも無理はないと思ってる、俺が悠輔の中に眠ってたせいでいろんなことが起きちまったんだから。」

「いや、それは……。」

「俺も生まれた時からだから仕方ない、なんて言い訳する気もない。だからせめて、償いの為にお前を守りたい。」

 悠輔が何かをいう前に、なにが言いたいのかはわかっているとばかりにそれを否定するディン。

「これは俺の家族と悠輔の先祖が引き起こした事件だからな、俺に責任を取らせて欲しいっていうわがままなんだけどさ。」

「それはいいんだけど……。俺の中で眠ってたっていうのに、なんで色々知ってるんだ?」

「俺の母さんが俺が目覚めた時にいろんな記憶をもって目覚めるように魔法をかけたらしいんだ。だから俺は起きた瞬間から色々知ってて、対処出来るってわけだ。」

「ふーん、なんでもありなんだなぁ。」

 素朴な疑問に対する答えは当然といえば当然のもので、若干つまらなさを感じてしまう悠輔。

ディンはそれに気づいたのか、一瞬苦笑いをしてから真顔になる。

「詳しい話はまた今度にしよう。それよりも……。」

「俺、死ぬ?」

「いや、死なないし死なせない。少し体借りるぞ?」

「うん。あのさディン、一つ頼んでもいいか?」

「なんだ?」

 悠輔も真剣な表情になり、ディンの両手を掴んでじっと見つめる。

なにが言いたいのかはもうわかっているだろう?とでも言いたげな様子だ。

「勿論源太を守ってみせるよ、絶対だ。」

「ありがとう。なんか、なんでもお見通しって感じだな?」

「そりゃ、眠ってようと12年間一番近くにいたんだぞ?悠輔の考えは手に取るようにわかるさ。」

「そんなもんか……。ディン、頼んだ。」

「ああ。」

 ディンは最後悠輔に笑いかけ、淡い光に包まれ消えていった。

「……、眠いな……。」

 それと同時にどっと眠気が押しおせてきたのか、悠輔はそのままの体勢で目をつむり、スヤスヤと寝息をたて始めた。


「破壊神が目覚めないままこの子が死んでたら、計画がパーなのよ!?」

「でもあいつ!アタシのこと!」

「だからお前は残れとあれほど……。」

 教室に血だまりをつくり突っ伏している悠輔と、ショックで気を失っている源太の前で4人の男女はもめていた。

 悠輔を切りつけた女を他の3人が責め立てているようで、女は血濡れのナイフを固く握り締めプルプルと身を震わせている。

「大体こいつが変なことしなきゃ!」

「だからそういう問題じゃないでしょう!」

「……。おや?まさか……?」

 けばけばしいふくよかな女の方が銃を抜き一触即発となったところで、黙っていた小柄な男が口を開く。

その目線の先には悠輔の姿、ピクリと指が動いたようにみえ、生存を伝えようとした。

その時。

「まったく、派手にやってれたもんだな。おかげで俺もフルパワーで交換できねえ。」

「ま、まさか?」

「……。」

 先ほどまでとは少し違う、呆れたような声とともに悠輔は起き上がった。

 悠輔は4人の襲撃者の方を向きゆっくりと目を開く。

その瞳は、翡翠と琥珀に縁どられていた。

「まさか、そんなことがッ!?」

「土井!?」

「まさか、そんな!?」

「ぎゃーぎゃーうっせえな、俺が起きたのがそんなに嬉しかったか?」

 土井と呼ばれた小柄な男が疑問を口にしようとした瞬間、吸い込まれるように鉄パイプのようなものが喉に突き刺さり、そのまま痛みを感じる間もなく地に倒れ伏す。

 残った3人が衝撃とともに悠輔を、ディンを見た。

「てめえら、悠輔のことこんな傷つけやがって。許さねえぞ?」

 少年の声とは思えない、ひどく冷たい声色。

襲撃者達が本能的な恐怖に駆られるには十分な、冷徹でしかし怒りに満ちた瞳。

「そんな……!依り代の体のまま発現したという!?」

「だからうるせえって言ってんだろ。」

 ディンの手元には足が一本もげた机があり、軽々ともう一本足をもぐと特に力をいれた様子もなくけばけばしい女へと投げてみせた。

 鉄の矢となったそれは、弾丸のような速さで女の脳天に到達し、貫通して勢いよく女を吹っ飛ばした。

「キリコ!あんたまたアタシの仲間を!?」

「だからなんだ?」

 次は甲高い女の心臓部に刺さるパイプ。

 残された大柄な男はディンから目を離していなかったはずなのに、一切動作が見えなかった。

 気が付けば3本の足をもがれた机、そして甲高い声の女の心臓を穿つ鉄パイプ。

見えない速度での攻撃に、使命も何もかも忘れた男はダッシュでその場から逃走を試みる。

「こ、こんなとこ……!?」

「逃がすかよ、てめえら逃がしたら源太守れねえだろうが。」

 どこまでも冷え切った声で呟くディン。

 足をなくした机を放り投げ、恐ろしい程のチカラで歪められたパイプによって首を切断された男が倒れるのを確認する。


「……。人間殺すのは主義に反する、んだけどてめえらは別だ。」

 源太が無事であることを目視で確認し、何かを宙に描き始める。

 ディンの指先に淡い赤い光が灯り、その軌跡は絵の具で紙に色を付けたかのように色付き、光を発する。

「燃えろ、その全てを焦がし灰となれ。」

 描かれたのは五芒星。

それに向かいディンが力を込めると、4つの小さな火球が4つの死体に向かい、辿り着いたと思えば一瞬で死体を塵に変えてしまった。

「……。疲れた。」

 自身の本来の姿ではなく、悠輔の姿で魔力を使った代償なのか。

それとも本来禁忌とされている人間への攻撃の代償なのか、急速に体力を消耗してしまう。

 ディンはその場に崩れ落ちるように座り込み、横に倒された机に寄りかかってそのまま眠りについてしまった。


「これは……!悠輔君!綾野君!」

 何者かによって嵌められたと気がつき急いで戻ってきた村瀬が目にしたものは、血みどろになり今にも息絶えそうになっている悠輔と、その傍らで気絶している源太の姿だった。

「救急を!それと犯人がまだ近くに潜伏している可能性が高い!全人員で捜索しろ!」

教室へと急ぐ途中に合流した警官たちに怒鳴り、村瀬自身は悠輔の生命維持へと取り掛かろうとする。

「……!傷が、塞がって?…、彼が対処した、ということか……。」

 そして気づいた。

悠輔の傷が全て止血され、これ以上は出血しない状態まで回復していることに。

 それと同時に、村瀬は察してしまった。

悠輔と源太を襲った犯人がどこに行ってしまったのかを。

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