第4話

下っ端なのに一番出勤じゃないの?

って所?

僕は,もうサロンの方はいいよって

オーナーに言われてるから.

色んな人の僕への叱責は,

オーナーが収めてくれる.

そこに

どんなマジックが有るかって?

無い無い無い.

世の中

ギブアンドテイクだよ.

オーナーの専属になったから.

これが答え.

カットの?

だと良いけどね.

何でもやるよ.

やらせられるよ.


だけど,

何だか意地でサロンに行ってる.

維持してる.

仕事します出来ます,やります.

まだまだ

価値ある人ですって.

体現したい.

シャンプーだけして

ずっと

使わないシザー持ち運んでる.

そのうち

オーナー指示で

シャンプーも回ってこなくなっちゃうんじゃないかって

思わなくもない.

今ですら少し気を遣われながら

シャンプーのお願いされてるから.

お給料は良いよ.

多分,バリバリ活躍してる級の支払い.

色々入ってはいると思ってる.

僕,従順だし口は堅いし身元も…

身元は駄目か.

駄目駄目か.


ずっと…

若くない.

皆,平等に歳をとる.

こんな事続けられない.

分かってる.

ここ,いちゃ,だめ.

なんだろうな.


さとる兄ちゃんに話したり

回想したりで,

ピンポン鳴って

随分経つから行くか.

ゴム…

補充しとかないと

さすがに感づかれそう.


「僕も買い物行くから一緒出よ.

もう,ほんと心臓に良くない.

ここ絶対に来ないで.

職場も.駄目だ.」

ほんと駄目だよ.

この人あんま言う事聞かないんだよな.

「ちょっとっ.」

「何?」

「約束してよ.」

「出来ない約束はしない主義.」

「何言ってんだよ.」

「髪は伸びるよ.」

「あ”っ!?

そんな事知ってるよ!!!

近所に行けよっ.

わざわざ来ることないでしょ!!!」

「ちょっと今心配してる.」

「心配っ!?

ここにこうして来る事が

もう気苦労掛けてるんだよっ.

早死にしそう!」

「俺より若いのに?」

「若くても死ぬときゃ死ぬんだよっ!

何言ってんの!?」

「そっちこそ何言ってんのだろ.」

はぁ…

それもそうだ.

着地点まじでおかしい.

なんか悔しいな.

「あぁそうだ.

兄ちゃん,ベルトくれんでしょ.」

パンツずるずるで帰ればいい.

ふんっ.

「練習するの?」

えっ!?

馬鹿馬鹿馬鹿.

「しないよっ!!!

いらないよ練習なんか絶対しないからなっ.」

あぁあ…

あぁぁぁ…

もう,いやっ.

もう,いいやっ.

「もう,行こ行こ.

出よ出よ.」

この人相手にしてたら,なんか駄目だ.


「先出て.」

「言われなくても.あ…」

「あっ!?…何っ!?

忘れ物?

ベルト!?

練習しないからなっ.

装着してんでしょ!?」

あ…

おわっ…

何でだ?


「ここで待ってたら帰ってくると思って.

中いたの?」

・・・

目を瞑って…

心頭滅却

なんてしても駄目だ.

頭回して…

何か…

何か言わないと.

今さっき,僕なんて言った?

お兄ちゃんって言ったか?

言ってないか?

ベルトの話したよな.


「中いました.

ピンポンは気が付かなくて…」

気が付いてたよ…

何で気が付かなかったのかの理由が必要だ…

何が良いか.

何ならいけるのか.

僕,シャワー…

浴びてない.

体…

大丈夫か.

あんま寄られると,まずい.

さとる兄ちゃん

うちとおんなじ香りする.してる…

はぁ…

強風…

吹いてくれねぇかな.

オーナー急遽鼻詰まりであって欲しいな.

いや,それないか.

僕が噴きそう.

頭,噴出しそう.


口に手当てて,

下向きながら考えたけど

何も思いつかなかった.

妙案すら湧いて来なくて,

頭だけ湧いてた.


「今日,お店来てくれた人だよね?」

「はい,そうです.

久しぶりに会った,3番目の兄さんで…」

うん…

嘘は言ってない.

ちょっと下向きながら目が右往左往する.

「こちら,職場のオーナー.」

さとる兄ちゃんに紹介する.

「いつも,るいがお世話になってます.

久しぶりに会って,積もる話をしていました.

話疲れちゃったみたいで…

本当に疲れてたのかもしれないんですけど…

あ…

すみません,オーナーさんを前に.」

「いや,いいよ.」

少しオーナーが手を上に動かした.

「るいが寝てしまっていて.

私が出てもいいものかって悩みましたし,

起こすのも可哀想かなと思いまして.

外で,お待たせしてしまっていたとは…

思いませんでした.

大変失礼いたしました.」

さとる兄ちゃん…

こんな事言えるんだ…

そっちの方が驚きだった.

さとる兄ちゃんのターンで

流れ変わったような気がした.

もう,これで大丈夫だよな.

僕のターン回ってこないよな.

もう何も奥の手持ってないよ.

オーナーも…

何も出してこないでよ.

まじで.


「るい.

疲れてるみたいだから,ここでいいよ.」

さとる兄ちゃんが言う.

「あぁ…うん.

いや…疲れる程,動けても無いからさ…」

ちらっとオーナーを見る.

申し訳ない眼を怯えた眼だと捉えないで欲しいな…

「オーナーさん,るいに用があるんですよね?」

さとる兄ちゃんがオーナーに向かって言った.

・・・

何て返答なのか…

何かゴクリする.

「あぁ…

大した用じゃないよ.

私も家に帰ろう.

じゃあ,また明日.職場で.」

変わらぬ笑顔に向かって,会釈をする.

どっちだ,これ.

この笑顔…

はぁ…

もう訳が分からない.

「るい,きちんと戸締りしてな.

帰るわ.」

「うん.分かってる.」

分かってるよ.

そんな事くらい.

分かってるよ.

鍵持ってるバージョン考えたら,

もう何も言い逃れなんて出来なかったんだろうなって…

はぁ…

明日,どんな顔して出勤しよう.

いつもどおりが一番いいって分かってるけど.

何て言われるんだろう.

何て聞かれるんだろう.

一問一答形式で考えて行った方がいいんだろうけど…

もう,はるか雲の上の出来事のようで

よく分かんない.

戸締りー.

するけど,ちょい買い物行ってこよ.

忘れる事は早目の方がいいんだよ.


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