【結】姫君様は言いました。「私をお嫁にしてください」

「……ようやく効いてきたってか、大将?」

「なにを言ってやがるんだよな、猿回しィ……?」

「一介の獣使いが、生粋の武人と斬り合って、勝てると思っていないってか」


 モモタロウは、見るからに狼狽しながら、苦しげにうめく。

 俺は強がるように、にやりと笑う。


「ところで、大将……キビ団子は、美味かったってか?」

「な……ッ!?」


 鬼神のごとき男は、息を呑み、全身を硬直させる。


「サルト殿……どういうことでありんす?」

「へへ、モンジを忍び込ませて、あらかじめ手を打っておいたってか」

「ウキッ!」


 ことは、イヌマルと猟犬たちが奇襲をかけるよりも前に、さかのぼる。

 俺は、イヌの集団を率いる狼男に、弟分のサルを預けた。

 モンジは、イヌマルの背に乗って海を渡り、乱戦の幕が切って落とされる一歩前に、モモタロウの帆船に忍び込んだ。

 弟分の猿に、俺が託した任務は、二つ。

 一つは、船倉に幽閉されているキジ姫を探しだし、解放すること。

 もう一つは、モモタロウに供される食事に、キビ団子を紛れ込ませること。


「俺の里のキビ団子は、ヒトもケモノも等しく食べられて、強壮効果もある優れもの……その代わり、食べ過ぎると毒になるってか」

「あが……ッ!」

「大将の体格だと、まあ……一度に五個くらいが、適量ってか」


 俺は、残りのキビ団子をありったけ、モンジに預けた。

 弟分のサルの様子を見るだに、モモタロウは二十個近くを平らげたようだ。


「あがっ! あががガガガ……ッ!?」


 モモタロウは、愛刀を取り落とす。

 燃える両腕で、胸板をかきむしる。

 鬼神のごとき男は、やがて船縁から滑落する。


「アガガギギギ──ッ!!!」


 水面に向かって落下するモモタロウの身体が、ぼんっ、と内側から破裂する。

 爆発四散した無数の肉片は、炎に焼かれ、海に落ちる頃には消し炭と化す。


『冗談じゃねえぜ。文字通り、爆発するのかよ……』


 別の船の甲板で戦っていたイヌマルが、唖然としてつぶやく。

 俺は、大柄な狼男に向かって、大きく手を振って合図をする。

 イヌマルはうなずくと、左右に裂けた口を大きく開く。


『モモタロウは、死んだッ! お前らの頭目は、もういねえぜ!!』


 巨躯の狼男は、咆哮するように勝ちどきをあげる。

 かろうじて踏みとどまっていたヒトとオニの動揺が、伝わってくる。

 モモタロウの配下たちの士気が砕け、潰走が始まった。

 イヌたちに追い立てられ、海に飛び込むと、蜘蛛の子を散らすように四方八方へ逃げ泳いでいく。


「キジ姫様、だいじょうぶってか?」

「はい、サルト殿」

「ウキッ、ウッキ」


 俺は、モンジを背負い、キジ姫の手を引いて泳ぐ。

 小舟に戻ると、オニの姫君を引き上げる。


『おぉい、サルト! こっちの首尾も、悪かねえぜ!!』


 イヌマルがモモタロウから奪った帆船が、小舟へ近づいてくる。

 甲板から、大柄の狼男と猟犬たちが身を乗り出す。


「イヌマルの旦那。残った帆船も、燃やしちまおう。俺たちの手には、あまるってか……いや、イヌたちは小舟に載りきらないから、一隻は残すか……」

『おいおい、もったいないことを言うんじゃねえぜ。サルトが、この船に乗って都に凱旋すりゃあいい。桃の字に代わって、鬼退治を果たしたってな』


 巨躯の狼男の提案に、俺は首を横に振る。


「もともとモモタロウの大将が主導する討伐隊だったんだ。俺が、手柄を立てたって言っても、どこまで信用されるってか……そう言う旦那は、どうなんです?」

『ガハハハ。おいらも、これ以上の面倒は、御免こうむるぜ!』

「そういうことってか。それに……」


 俺は、緊張した様子でたたずむキジ姫を、横目で見る。


「鬼退治したってんなら、お偉い様にキジ姫様を差し出さにゃならないってか。ここまでやって置いて、それはないってか」

『返す言葉もねえぜ! お前さんと組んで、正解だった!!』


 オニの姫君が、ほっと胸をなで下ろすのがわかる。

 船上ではイヌたちが同意するように鳴き、俺の肩の上でモンジが応える。


「ともかく、俺は里に帰るつもりっす。良い経験は、積めたってか」

「……でしたら、サルト殿。お願いがありんす」


 俺とイヌマルのやりとりを黙って聞いていたキジ姫が、おずおずと口を開く。


「あちきを、サルト殿のお嫁にしていただけませんか?」

「へ……? そ、それは、俺には恐れ多いってか……」

『ヒュウ!』

「ウキー!」


 オニの姫君の申し出に面食らっていた俺を冷やかすように、イヌマルは口笛を吹き、モンジは同調するように肩の上で飛び跳ねる。


「あちきは、行くあてもないでありんす。とはいえオニ族の身ではご迷惑……」

『サルト! この期に及んで、煮え切らねえぜ!!』

「ウキキッキ!」

「謹んでってか……喜んで、妻に迎えさせていただくっす。キジ姫様」

「鬼の目にも涙……思った通り、サルト殿は優しい御方でありんす……」


 俺は、キジ姫の差し出した手を、そっと握り返す。

 オニの姫君の口元に可憐な微笑みが浮かび、俺は思わず見惚れてしまう。


『似合いの夫婦だ、サルト! こりゃ、誰も文句なんざ言わねえぜ!!』

「そういうイヌマルの旦那は、これから、どうするってか?」

『イヌたちと、安住の地でも探すか……さすがに、見捨てられねえぜ』

「左様でしたら、イヌマル殿。鬼ヶ島を、お譲りするでありんす」


 大柄な狼男は、船の上で目を丸くする。


『いいのか、お姫さん? サルトじゃねえが、それこそ、もったいねえぜ』

「ご遠慮なく。あちきには、良い思い出のない土地でありんす」

「良かったじゃねえっすか、旦那。これからは、鬼ヶ島ならぬ犬ヶ島ってか」

『願ってもねえぜ! おいらが島をもらっちまったから、こっちはサルトの取り分……祝儀代わりだ!!』


 気さくな狼男は、モモタロウの帆船に積まれていたであろう金銀財宝を、両手いっぱいに掲げてみせる。

 恐縮する俺に構うことなく、イヌマルは小舟に宝を積み替えていく。

 水平線から、空が白んできた。夜明けが、近い。

 イヌマルの姿は、いつの間にか、屈強な狼男から髭面の大男に戻っていた。


「それじゃあ、旦那! イヌたち共々、お元気でってか!!」

「お前さんもだ、サルト! お姫さんを、悲しませるんじゃねえぜ!!」


 朝陽が、頭を出す。

 俺たちとイヌマルは、手を振って別々の方角に向かっていく。

 別れを惜しむような猟犬たちの遠吠えが、やがて聞こえなくなった。

 俺とキジ姫、それにモンジは、最後に残ったキビ団子を分け合って食べた。

 俺とキジ姫は、二人で櫂をつかみ、小舟を漕ぐ。

 舳先にはモンジが座り、岸の方角を指さした。

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桃太郎は言いました。「おまえをパーティから追放する!」 @5diva

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