【5】水無月祭 3
「おまけしてもらっちゃった」
遥人はポツリと言って、手元のビニール袋をみた。
1パックに三角のみなづきがふたつ入ったものが3パック。もう片方の袋には、それが2つと、もう1パック、ひとつしか入ってないのがあるから、おまけしてあげる、と店のおばさんがウィンクして人差し指を口に当てた。
「お参り、まだしてないなぁ」
社務所に戻る時、大きな木のそばに、つまらなさそうにしてる女の子がいた。おかっぱ頭で、白の半袖のシャツに赤いチェックのスカートを履いた、可愛らしい子だった。同じ歳かもう一つ下か、とみていると、その子は、こちらをみてニコッと笑う。そして手招きされたので、自分のことか?と後ろを確かめ、またその子を見て、自分を指さして、俺?というふうな顔をした。うん、うん、とうなづいたその子のそばに近づいた。
「ねえ、いい事教えてあげる」
「うん?」
「こっち!」
言われて追いかける。
苔むした木の間を小走りに走っていく女の子を、みなづきを崩さないように気をつけて追いかける。
社務所の近くの消防小屋まで来ると、そのそばに置いてある赤いバケツの中を、女の子は指さした。
「見て」
遥人は怪訝そうに少し眉を寄せた。
「ねえ、君、なんて名前なの?」
「ハナ」
「ハナちゃん、俺、遥人。ねえ、なんなの?そのバケツ」
薄暗くなりかけてるのに、人通りが少ない所で子供が遊んでいるのは良くないのではないかな?、と不安な気持ちになる。
「いいから、中を覗いてみなよ」
遥人はため息をついて、そばにあった用水桶の蓋の上にみなづきの袋を置いて、どれどれ、としゃがんでそのバケツを覗いた。そこには水がはられていて、自分の顔が映るだけ……
「うん?」
そこに映っていたのは、紺色の甚平を着た自分ではなかった。とてもよく似ているが、白い開襟シャツを来た、やせっぽっちの男の子。
「ええ!?」
「手を入れてみて」
遥人は言われるがまま、水面に手を伸ばした。水鏡の向こうの子も、同じように手を伸ばして、水面に触れた瞬間だった。反対の手をハナが握った。
驚いて振り向く。
「離さないで!大丈夫だから!」
2人は手をつないだまま、目が合う。ハナは大丈夫というように頷いた。辺りが明るくなったと感じたすぐ後に、とても強い光に包まれた。
***
その頃、航也は、戻ってこない弟を探して、みなづきを売っていたお店にやって来たが、既にその姿はなかった。店の人に聞いてみると、確かに航也と同じ甚平を着た男の子が来たが、ずっと前に帰って行ったという。
「どこいったんだよ、あいつ」
航也はとりあえず一旦、社務所に戻る事にした。
社務所の出入口では、何やら人がバタバタと出入りしていた。入口から覗き込むと、梓が血相を変えてこちらへ小走りにやって来た。
「先輩!!」
「中森、どうしたんだよ?」
「おじいさんが!意識がなくて!」
半分ほど聞いたところで、先程から祖父が横になっていた場所へと目を走らせた。社務所に詰めていた看護師が声掛けをしているが、意識レベルが低下しているらしい。看護師がこちらに気がついて言った。
「救急車を呼びます。身内の方は呼び掛けをしてください」
気がつくと隣の梓の手を握りしめていた。航也が、悪い、と離したそれを、梓はもう一度そっと握った。目が合うと、真摯な目で見つめられた。
「きっと大丈夫、呼んであげてください」
「……ああ」
航也は曾祖父を呼び続けた。やがて知らせがいって、近くに車を停めた紗栄子が戻ってきた。依然と遥人が戻らない。
「私、探して来ます!」
「ちょっと!ひとりでは危ない……」
「大丈夫です!」
梓は下駄を履くと、社務所を飛び出して行った。
***
遥人は気がつくと、白い靄のかかったところに、ハナと手を繋いで立っていた。
「ハナちゃん、ここどこなの?」
「どこと言われても、どこなんだろ?」
「なんでバケツの水の中に俺とそっくりな子が映ってたの?」
「ああ、うん、それはね……」
少し靄が晴れて、見通しが良くなった。少し向こうに、さっきバケツの水に映っていた男の子がいた。
その隣にスラリと背の高い、不思議な雰囲気の人がいる。
男の人か女の人かどちらか分からない人だ。ドレープの布を巻き付けたようなドレスに、腕には金と銀の腕輪をして、髪は耳から上だけ、ゆったりと結い上げ、簪を何本も指していた。
『そなたは、室井遥人じゃな?』
「はいっそうですっ」
知らない人に突然話しかけられたので、ドキドキしながら返事する。
「あなたは、誰ですか?」
その人は、金色の腕輪をした方の手で、前に垂れた髪を後ろに押しやった。
「私は、時を司る者だ。まあ、俗に言う神というやつなのだ」
「ええ!?神様?どうして!?」
遥人は信じられないシチュエーションに驚いて、目を瞬かせた。
「これから話すことをよく聞くがいい」
「はい!」
頷くと、その人はすう、と少しだけ目を細めた。
笑うわけでもなかったが、冷たそうな印象が少しだけ柔らかくなった。
「この子は、そなたの曾祖父である」
「え!?おじいちゃん!?」
男の子がうなづいた。
「魂の仲間であるお前が、選ばれてここにいる。これからこの者が成すことを、手伝ってやって欲しい」
遥人はそこまではわかった、と頷いた。
「ハナ」
「はい」
ハナは呼ばれて返事する。そして手をかざして空間に穴を開けた。
「見よ」
そっと中を覗くと、1人の老婆が、家族に囲まれて今まさに臨終のときだった。
その部屋の壁側をその人は指さした。
「これは数年前の出来事である。その机の引き出しに、書きかけの手紙がある」
「手紙?」
「そうだ、そなたの曽祖父に出すための手紙だ」
「おじいちゃんに?あの人は誰なの?」
遥人の問いかけに、その人は少しだけ黙った。こちらへかづいてきて、その美しい手を遥人の額にかざした。
「動くでないぞ?」
頭の中に見たことのない光景が浮かぶ。どこかの蔵の中?あ、梓ちゃんだ!隣はハナちゃん。あ、光った!あれはミシン?
2人が放り出された場面。梓の姿はなく、三つ編みの女の子が布団から起き上がった。鏡を見て驚いてる。
「あれは梓である。中身だけな。時を駆けて、魂の近いものへ憑依したのだ」
「神様、梓ちゃんのこと知ってるの?」
「大抵の人間のことは知っている。それはどうでもいい、集中せよ」
色々な出来事が、映画のように脳内を流れていく。
茜と呼ばれた、先程親族に看取られていた人が、小さな男の子の魔法により若返ったり、ハナと梓と時を遡って昔に行って……茜という人と離れ離れになる恋人がいるらしい。その人とは結婚することはできなかったんだな。過去に戻った茜と曾孫の梓は、当時の茜の想いを込めた手紙を、その恋人に届けるために陰ながら働きかけたようだ。
「梓ちゃんが、手紙を届けたんだ」
手紙を手渡しているのは茜の恋人、軍服姿のその人が、兄の航也にとても似ていて遥人は驚いた。
「あれはお前の曽祖父の父だ」
「……そうなんだ」
それなら血の繋がりのある、兄の航也に似ていても不思議はない。そんな繋がりが梓と自分たちの間にあったとは、遥人は驚いた。
「その後、茜の時代へみなで戻って、ハナと梓も元の時代へと戻った。梓はこの時の記憶は一切無くしている。」
「それでも凄いや、お祖母さんの渡せなかった手紙を届けたのは梓ちゃんなんだ!」
「そうだ。だがな、その時の結果により、時に歪みが起こってな。茜の寿命を縮めたのだよ」
「ええ!?」
「だから本来、晴樹が受け取るはずだった手紙が届かなかった。それによる弊害で、その先の出来事が大きく変わってしまう事になってな」
「へえ」
「受取人の晴樹が茜の元へ行くのが、この場合関わる人間を少なくするために重要なんだが、あいにく晴樹の魂が弱ってきててな」
そばにいた晴樹が俯いた。
「あ、おじいちゃん、だから倒れたの?!」
「そう、だからな、晴樹の器として身体を貸してやって欲しい」
「僕が?」
遥人は目を瞬かせた。
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