【3】水無月祭 1
「なんで最寄り駅一緒なのに、
遥人は、隣の兄を見上げた。お揃い、色違いの甚平を、兄は渋々といったように着込んできた。お揃いなんてダサ、と言いながら遥人も母が用意してくれた物なので袖を通したが、肌触りがよく、シャワー後の肌に気持ちよかった。
兄は、弟の自分から見ても、男前だし、顔も整ってるし、背も高い。短距離では、未だに高校生県1位を保持している。毎晩のストレッチを見習って一緒にするようになって、兄がとても努力家な事に気がついた。
そう、それは置いといて、今は
「こないださ、中森、制服着てなかったろ?」
「ああ、確かに、でも用事で……」
遥人が言うと、兄、航也は首を横に振った。
「春先に会った時、しばらく部活を休んでるって言ってたんだ、あいつ走るの好きなくせに、それすら休んでたほどしんどい時期だったんだと思う。……今も」
航也は目を軽くふせた。
「うん?どういうこと?」
遥人は訳が分からなくて、兄に詰寄る。
「うーん、お前のクラス、不登校の子、いないの?」
ふとうこう?と繰り返した。
「ああ、学校来てない子のこと?うん、クラスにはいないけど、隣のクラスにはいるよ」
遥人は航也を見て眉を寄せた。え?梓が不登校なの?と、しばらくそれが繋がらなかった。
「そういうこと。休んでるのに遊んでるって思われたくないし、同じクラスのやつと会いたくないだろ」
「ああ……」
水無月祭に誘った時、兄が気を遣ったのは、それだったのだ、と気がついた。なんで学校に行けないのか、気持ちがわかりたくても、遥人には到底分かりそうに無かった。兄は、成長過程の不安定さなどで、心がしんどくなって元気が出ないせいだと言った。簡単な問題じゃないのだとも言った。
「なんでそんなに詳しいの?」
聞くと、気になって色々調べたらしい。
「現地集合だと、俺たち居るのをみてから車降りられるし、必要以上に人目に晒されなくて済む。だからその方がいいだろ?」
兄の采配はとても気が利いている。さすが俺の兄、となんだか誇らしくて嬉しくなる。
ポストの前についてそこで待つと、案の定、止まっていた車のひとつから、白地に黄緑や黄色の模様の入ったさっぱりした浴衣を着た梓が車を降りた。
「行くぞ」
兄が先をゆく。待ってないのかよ、と思いつつ、梓に手を振りながら近づいた。梓の隣までやって来ると、車の運転席にいた、梓の父親に、並んで2人で頭を下げた。
「こんばんは、室井航也と言います。今日は弟のわがままで、梓さんお借りします」
「室井遥人です、梓さんをお借りします」
2人を交互に見比べた父親は、
「君だったのか、春にコンビニで」
と、梓の方をちらっと見て笑った。梓は赤くなって俯いた。
「ああ、そういえばそうでしたね」
春先、梓とばったりあったコンビニで、娘の様子を少し離れて見守っていたこの人を、航也も覚えていた。
「うちの娘を頼みます。梓、8時半にここに迎えに来るから」
「うん、ありがとう」
梓の父の車は、ゆっくりと人ごみを分けて帰って行った。
「さて」
航也は、ほっとしたように腰に手を当て、伸ばした背筋を緩めた。梓を振り返って、遥人を軽く小突く。
「え?ああ、梓さん、浴衣、似合ってますね」
来る途中、兄に言われてたのだ、梓に限らず、女の子がこういう時に浴衣を着てきてたら、まずそう言うんだぞ?と。
「ほんとに?ありがとう。2人もその甚平、とってもいいね」
少し言葉を崩した。先輩とずっと年下の男の子、2人に対してどう言葉を使えばいいのか、まだ迷ってる感じだった。
「さて、先ずお参りだな」
茅の輪を潜るお参りの参道には列が出来ていた。
そこへ行き着くまでに何人かの友達とすれ違った遥人は、いつもなら積極的に友達に話しかけるのだが、梓の事情を知って、あまり目立たない方が良いだろうと、軽く手を振るくらいに留める。チラッと梓の方を見上げると目が合った。遥人にニコッと微笑む。その笑顔がまだ硬い。
知ってる人に会わないか、やっぱり緊張してるのかな?しばらく気をつけて見ておこうと思った。
「室井先輩!」
前の方から声をかけられて、その方角に対して、航也はサッと梓を背に庇った。梓も声に心当たりがあるのか、航也の影に背を向いて俯いた。その手を遥人がとった。梓は驚いて遥人を見る。遥人はうん、とうなづくと、すぐ近くの金魚すくいのお店へと梓を引っ張って行った。
「……ん、ああ、親戚の子、弟が……」
後ろを向いてるうちに、航也が上手くはぐらかしていた。しばらくして、1人男性の混じった後輩女子グループと別れて、航也がこちらへとやってきた。
「ごめんな、隠れてもらって。中森も嫌だろ、1個下の奴らだよ」
航也の視線の先をチラッと見ると、5人ほどが楽しげに屋台の方へと去っていく。去年、中学を卒業した陸上部の先輩達だった。
「あいつら付き合ってるんだって」
「そうでしたか、確かに高井先輩と村田さん、仲良かったですもんね」
「中森のこと、気がついてなかったよ、親戚の子だと思ってる」
「そうですか」
梓の目が、少し怪訝な色をうかべる。
「さて、気を取り直してお参りしようよ」
遥人が言うと、航也は遥人の頭にポンと手を置いた。
「そうだな」
3人は茅の輪をくぐる参道の列にならんだ。
そこで思わぬ人物と顔を合わせることになる。
「じいちゃん!」
まず遥人が気がついて、2人のそばを離れて駆け寄った。
そこに居たのは、航也と遥人の曾祖父、室井晴樹だった。
ゆったりとベンチに腰掛けて、参道の人達を見ていた。足が悪くて長い時間立ってられないため、順番を取ってくれてる大叔母が呼ぶのをそこで待っているのだそうだ。
「遥人は?誰と来たんだ?」
「ほら、あそこに並んでるでしょ?兄ちゃんと梓ちゃん」
遥人の指を指す方を見た曽祖父は、やがてその目を見開いた。航也と梓がこちらを見ていた。
「ほう、航也も隅に置けないな。あの子は随分大人びたな」
こちらを見て手を振る航也に、遥人は曽祖父と手を振り返す。
「隣の美女は誰なんだい?」
先程から2人から目をそらさずに、曾祖父は訪ねてくる。
「実はね、こないだね」
遥人は、先日あった出来事をすっかり話した。曽祖父は穏やかな微笑みを称えて、頷きながら遥人の話を聞く。幼い頃から物語をよく読んでいるだけあって文章の作り方がうまい。よって子供でありながら、話もわかりやすい。頭のいい子に育った、と嬉しくなり、晴樹は遥人の頭をそっと撫でてやる。
「そうかい、いい人なんだな」
「うん!」
列がまた少し動いて、2人が近くまでやってきた。
航也の隣で少し緊張しながら、梓は、こちらに頭を下げてきた。
「綺麗な子だな、航也も見る目あるじゃないか」
「でも、彼女じゃないんだよ?話、聞いてたでしょ?」
「ああ、遥人はそうなって欲しいみたいだけどな」
曽祖父はニヤッと笑って曾孫をみる。
「バレた?」
お似合いだと思うんだー、と遥人は笑った。
曽祖父はまた、列に並びながら、恥ずかしそうに話をしている二人を見つめた。
ふと、かすかに聞こえた笑い声に、梓が笑い声を立てたのだとわかり、遥人も嬉しくなった。
「ああ、そうか」
航也を見つめる曽祖父の表情が変わった。
「うん?じいちゃんどうしたの?」
「ああ、そうだったか。彼女はあの人に似てるんだ」
「あの人?」
***
参道から離れたところにある、的屋のオレンジの照明が明々としている。目の前の曾孫の嬉しそうな顔を見ていると、穏やかだった心に、ひと筋の波が立った。
「遥人、三人で来れて良かったなぁ」
「うん?うん!思いつきだったけどね」
遥人はまたニコニコと笑う。その頭をまた撫でてやり、晴樹は胸に波を起こすその感情をなだめつつ、航也と梓の二人を眺めた。
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