【転生】旅立つ準備【SS】
俺は藤高二太郎。どこにでもいる普通の高校生だと思っていた。
髪は伸ばすに任せたボサボサ頭。平均的な日本人の特徴である黒髪、黒目、醤油顔を地で行く、中肉中背の男である。
優しい両親と姉と何不自由ない暮らし。
それが、世界が変わってしまった。
「うぅ……どうなってるんだよ」
今の状況を整理してみることにする。
先週、姉が交通事故で亡くなったと電話が来た。
最初は夢かと思ったけど、目は一向に覚めない。
自慢の姉だった。
艶やかな黒髪、黒目がちな瞳、美人で胸だってある。背が高く(百七十センチ)モデル体型でスタイルもいい。性格も明るく気さくで話しやすかった。
姉のことは残念でならないが、寂しくはない。
もうすぐ俺もこの世に別れを告げるから。
身辺の整理はとっくに済ませていた。
俺は自分のスマホの中に大切に保管しておいたエロ画像とエロ動画をすべて消去する。そして、パソコンのハードディスクに保存してあるお気に入りフォルダを消そうとしたところで手が止まったのだ。
これは俺にとって大切なものなのだ。
でも、この世には残せない。
仕方がない……削除しよう!
朝風呂に入り、みそぎは済ませた。
俺は洗い立てのトランクスをはき、新品のシャツを着て、新しい制服に身を包む。
鏡の前でネクタイを結んだ。
最後に姿見の前に立ち、全身を確認する。
「よしっ!」
思わず声が出た。
これが最後の確認になるだろう。
玄関を出る前に仏壇に手を合わせる。
遺影の中で微笑んでいる姉に別れのあいさつ。
「逝ってきます!!」
俺は元気よく家を出た。
よ~し、いつでも来~い。
なぜだ。なぜ異世界転生できない。こんなに転生したいというのに。いつ転生しても良い準備は済ませているというのに。
学校へ着くまでに何人かの生徒に声をかけられた。
「おはよう」「今日も眠そうだね」などという挨拶がほとんどだが中には、「ご愁傷様です」とか「お悔やみ申し上げます」といった言葉もあった。
みんな、事故のことを言っているのだろう。だが姉は異世界に転生したんだ、死んでなんかいない。しかし、そんなことを言えるはずもなく、曖昧な笑顔を浮かべながら適当に相槌を打っておく。
やがて校門が見えてきた。
その瞬間―――
目の前の世界が変わらない!! 真っ白な空間が広がることもなく、見知らぬ土地に放り出されることもなさそうだ。
来いよ、異世界転生! 何やってんだよ。
姉は交通事故なんかじゃない。異世界転生したんだ。だから連れてってくれよ。俺も異世界へ。くそう、こうなったら意地でも行くぞ。
絶対に諦めないからな! さあ、教室に着いた。
ホームルームまであと五分くらいだろうか。
俺は自分の席に座っているのだが、周りの視線を感じる。まぁ当然のことだと思うけど。
クラスメイトたちがヒソヒソと話しているのが聞こえる。
「おい聞いたか? また出たらしいぜ?」
「ああ、例の噂のヤツだろ」
「マジかよ!? それじゃ……」
「間違いないだろうな……」
なんだ? 噂話かな。
俺は耳を傾けてみた。
「最近多いよね」
「うん……怖いわ」
「大丈夫だよ。きっと」
女子生徒の声が聞こえた。
どうやら何か良くないことが起こったようだ。
俺は興味本位で聞いてみることに。
「あのぉー、どうかしましたか?」
「出たのよ。カラスが」
「えぇっ!? カ、カラ……スですか?」
「そうなの。ここ数日の間に三回も目撃されてるみたいで……しかも、どれも同じ場所だったらしくて……気味が悪いったらないわ」
鳥肌が立ちそうになった。
カラスとはね。平和だなあ。カラス、カラス、カラス。カラス一羽で大騒ぎですよ。あーあ、つまんない世界。「ねぇ、知ってる?」
今度は別の女の子の声だ。
「何の話?」
「ほら、これ見てよ」
スマホの画面を指差している。
そこにはニュースサイトが表示されていた。
『女子高生転落死』の文字が見える。
「この子、自殺だったんでしょ。飛び降りたマンション屋上に変なものがあったらしいよ。その子のはいてた革靴だって。やば~い」
普通!
それ昔ながらのオーソドックスタイルなヤツだから!!もっと斬新なアイデアでお願いします。
「うげ……キモッ!」
「こっちの写真のは?」
「ん……あっ、これは合成写真でしょ。コラ画像じゃん」
「ほんとだ……騙されちゃった。でも、なんのためにこんなの作ったんだろうね」
俺ももう騙されないぞ。この世界に面白いものなんてないんだ。
それでもついつい噂話に聞き耳を立ててしまう。どうせアレだろ。オタクきも~いって話だろうけど。「この子が自殺したのは事実だけど、遺書はなかったみたいなのよ。でも、そのかわり彼女の机の上には、この画像が置いてあったんですって。ネットの掲示板に貼られていたのをコピーしたものじゃないかっていうのが有力だって。なんでも、彼女はいじめにあっていたらしいの。それで」
気になることを言い出したぞ。僕はネット掲示板を調べてみると、すぐに見つかった。
自殺した子の机の上にあった画像は魔方陣だ。いや、この子も自殺したわけではない。きっと異世界に行って幸せに暮らしているんだ。
つまり、この魔方陣を机の上に置いて屋上から飛び降りれば異世界転生できるはずだ。俺は自分のスマホを取り出し、メモ帳アプリを開くとそこに「異世界転生の方法」と書いた。
そして、魔方陣の画像をスクショして保存するのだ。
これで準備は完了。
俺はスマホをしまい、コンビニへ向かった。どうせ異世界に行くのだから午前中の授業なんてどうでもいい。僕はサボって、コンビニのコピー機でネット画像の魔方陣をプリントアウトした。
昼休み、いつものように弁当を食べ終えるとトイレに向かう。
個室に入り鍵をかけた。
さあ、いよいよだ。
俺はポケットの中に手を入れると、紙切れのようなものに触れた。
これが例の「異世界転生のやり方」である。
俺はその手順に従い、実行に移すことにした。
まず、自分の机の上に例の魔方陣を置いた。次に、その上に右手を重ねるようにして置く。
それから目を閉じて集中した。
よし! いくぞ!!
「異世界転生!!」
叫んだ瞬間――
目の前の世界が変わった。
真っ白な空間が広がっている気配。
成功したのか? 俺は目を開いた。
すると、そこは見慣れた教室だった。
「もう、いいかげんにしてよ」
奇行を見ていられなかった女子が僕を止めた。
「えっ? はぁ!? どうして? 僕は姉が待っている異世界に旅立とうとしているだけなのに」
僕は困惑した。
「あんた、バカじゃないの!? そんなことやっても意味ないでしょ!? あなたのお姉さんは亡くなられたの。現実から目を背けないで」
「なんでそんなこと言うんだよ……ほっといてくれ……」
「あなたのことが心配なの、好きだから」
「……」
驚いた。僕のようなダメ人間を好いてくれる人がいるなんて。
今まさに現実に未練が出てきてるぐらいチョロい人間なのに。
だって、しょうがないだろう。ずっと好きだった子と両片思いだったと判明したら、誰だってそうなる。
その時、目の前がだんだんと霞み、白く染まり始めた。
自分の体が透き通って消えかけている。
うそだろ! 今頃来たのか、異世界転生!!
待ってくれ! まだ心の準備が出来てない。
最期の一分。僕は残りの人生すべてを使って、やり残したことをする。
「僕もずっと好きだった人がいるんだ」
「えっ? それって……まさか……?」
「うん……君のことなんだ」
「そう……だったのね」
「ごめん……本当に……ごめ」
僕の体が消えていく。
最後に告白できてよかった。いや、いいわけない。こんな終わり方は嫌だ! なんとかしないと!! 僕は必死に手を伸ばした。
しかし、その手が彼女に届くことはなかった……
現実はただつまらないだけの世界じゃなかった。もしかしたら、まだまだ面白いことが眠っていたかもしれない。
次の世界はもっと大切にしたいな。
さよなら世界。
こんにちは異世界。
転生ショートショート 陰野ぼんさい @kagenobonsai
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