第12話 さよなら

 皆の視線が一瞬でまた彼女に集まった。その広がったスカートのそばでは何やら銀の箱のような板のようなものが、真ん中の蝶番が開いた状態で床に寝ていた。


 ウェワッロイヤォも彼女の足下に目を凝らすが、その輝く左右に開いた石版は今まで彼が見たことも聞いたこともない物体であった。


「あ、MacBook」

「何でこんなところで」

 と女子二人がそれを指して言ったのだがもちろん他の人々は何のことかわからなかった。


 そしてみんながこれまでの緊迫した流れをいったん忘れて姫の行動と言葉に全神経を集中して彼女の動向を見守った。が「……ぇ」と口から何か聞こえたかと思うや「何でもないぞよ。皆も気にするな、さあ、続けるぞよ」王様が無理矢理場の空気を戻しにかかった。


「ちょっと待てよ。王様は本当はこの世界の人間じゃないんだろ? 姫もさ、MacBookを持って何かこの世界のこととか聖典とかに関係してんだろ? 違う?」

「…………」

「何とか言えよ」と言いながらフクちゃんが自分から服を脱ぎ始めた。


「うわ」王様がフクちゃんの露わになった両乳首をガン見する。ふさふさの眉毛に隠れていた目玉がまん丸な形で現れた。

「ほら」フクちゃんはそれに構うことなく鯛世に派手なシャツを着させた。


「あれ出してよ、あの光の球」とおっぱい丸出し女が体操着女子に呼びかける。


「え、ここで」と言われるまま鯛世もすぐフクちゃんのタンクトップを体操着Tシャツの上から装着する。


「王様、姫。この子の超すげーパワーは知ってるよね。ここでみんなを殺すことだってできるよあたしら。どうする? 言うこと聞くよね」


「…………」

 しかし姫は何も答えず、王様も「ぐぬぬ」といったん近衛兵達の動きを止めて両陣営のにらみ合いとなった。王様だけはフクちゃんの胸を見ていたのだが。


「じゃあ、そのMacBookをこっちに渡してもらおうか」と両乳首を王様の正面になるように向き直って脅しをかけるフク。


「本当に、打ちますよ」と鯛世も両手を天井に向けると、ちょっとずつ手のひらが振動と発光を始めた。


「否、ことわる」と王様が姫に向けて首を左右に振るのだが、姫は無言で画面をフクちゃんの方に向けて見せるだけだった。


「は? 持ってこいよ。読めねえよこっからじゃ」フクちゃん達の目の前では王と姫を守る兵が立ち塞がって剣を構えており、彼女らから姫に近寄ることは難しい。


「それか目の前のこいつらをどけろよ」

「ならぬ。調子に乗るなゴリ押しタレント」

「これでもか」と今度はフクちゃん、下まで脱ぎだした。特に鯛世に履かせるわけでもなく、ただ自分の割れ目を王と姫と衛兵にさらす。


「さあ、あんたも見せろ」


 姫は画面を見せるもののデスクトップ画面でおしゃれな絵を見せられてるだけで何かのヒントになるようなものではなかった。


「じゃあそこで何か動かしてみせろよ。そのパソコンで何やってたんだよあんたは」とか無口の極みの姫をなんとか動かせようと圧をかけていると、画面の隅でメールアプリの受信通知アイコンが点灯し、自動的にそのアプリが立ち上がった。


「何? メールか?」


 その冒頭の文面がウィンドウの中に見えたのだが、フクちゃんからは遠く、なかなか文章を読むことができなかった。


「この、は、作の、クレジッ、を、て、タイト、もう、使、ない、下さ、キャ、名、し変、えて、、私、もう金、輪、切、かわ、の な、こと、」

できる範囲で音読してみるが姫の手ぶれとフクちゃんの帰国子女が故の漢字の読めなさもあってなかなか内容の把握まではできないのである。


「何書かれてんのかわかんない、おい姫まじでそれ渡せよ」フクちゃんが呼びかけ、王様が「姫、もうそれを閉じよ。いい加減自分がワナビーに過ぎないことを認めたらどうじゃ」とクリスタルの玉座から立ち上がって姫のところまで歩み寄る。


 姫は王様の挙動に少し引き気味でMacBookをどうやら渡したくない様子であった。それを強引に筐体の端っこをつかんで取り上げようとする。抵抗する姫。その綱引きの勢いでトラックパッドが強く押された。


 するとそのとき、クリスタルの玉座の背もたれだと思われていた3Dプリンターが起動したのである。


「うっそ、何あれ」

「いかん。姫、あれを止めよ」と王様がMacBookから手を離し激しく動揺する。

「あ、何か出てきた」


 玉座の背もたれの中にある万能性幹細胞がプリンターで構築された鋳型に沿って融合し、やがて各組織細胞へと分化していく。それはまさに、新しい生き物が生成されるところであり、そのプロセスがフクちゃんや鯛世の目の前で高速で行なわれている。


 ぬる、と背もたれの上蓋からゆっくり出てきた裸の若い男は、東洋系のスリムマッチョなイケメンだった。


「あれは、BTSの誰か!」


 と鯛世が指摘するが、名前までは出てこない。でもBTSのメンバーの誰か一人であることはたぶん合っているだろう。イケメンだし。


「今度はこいつがゴリ押しされたのか!」


 フクちゃんが自分がどうやってここに出てきたのかを何となく察しながら言った。BTSの誰かは目がなかなか開かず体をぬっとり包む液体を指でぬぐうことに必死で周りの状況はまったく分かっていない様子だった。しばらくみんなそれを無言で見守る。


「ちょっとフクちゃんさん、私手上げっぱなしで疲れてきました」と、バンザイの体勢がしんどくなっている鯛世は汗ばみ、体操着のTシャツの両脇の部分がぐっしょりびっしょり濡れてきていた。

「もうちょっと頑張ってよ」


 と言われるが、自分の脇汗が気になりだしてから両手のヲヲラの力のチャージがあんまりうまくいかなくなっていた。そんななか、女子高生のフレッシュな脇汗のしみを全力で凝視している男がいた。ビュアッノドスである。


「きゃ」それに気づいてあわてて手をおろす鯛世。

 その勢いで放たれたヲヲラヱナジィが、彼女の眼前の衛兵、王様、姫とMacBook、そしてBTSの誰かもろとも瞬時に焼き払った。


 まばゆい光の球はそのまま城の謁見の間の壁も貫き、激しい轟音と衝撃波の反動をビュアッノドス達に浴びせたが、すぐにそれが落ち着くと美しい青空と春ののどかな光景が目の前に広がっていた。


「えええ~~」ビュアッノドスは自分が原因なことをちっとも考えずに鯛世を非難する視線を送った。


「す、すみません」

「うーわ」さすがのフクちゃんも茫然自失、もうどうしていいかわからない感じで崩れ落ちM字に股を開いた状態で座り込んだ。ずっと乳首も隠していない。


「フクちゃん殿。この一連の展開は何なのか、それがしにも説明していただきませぬか」


 ウェワッロイヤォは自分を取り押さえていた近衛兵の力が緩まったので起きあがり、「貴官らもあるじを失って戸惑っておるであろう、小官もである。下がってよい」と毅然と言うと案外素直に帰っていってくれた。


「それにしても、あの光る石版には何か重要なヒントが語られていたような気がいたしますな。もしや、あれが聖典の?」


「うーん、そんな気もするし、違う気もする。だって聖典をあの子が書いてたとしたら、この今のあたしらを書いてるのは誰って話じゃん」


「でも、あの姫が召還士だったのは可能性高そうですよね、B丁Sの誰かが呼び出されていたし」

「まあ、そうだよね。ということはさ」


 そこまで言ってフクちゃんは口ごもった。召還士とその道具が失われたということは、もう自分たちは元の世界に帰れなくなったのではないだろうか。


「私達って」鯛世もそのことに気づいて涙目になっていた。

「令和の世界、さよなら」一筋の涙を頬に流しながらつぶやいた。


「ん? レイワって何」

「えっ、元号ですよ。平成の次、今の時代。あ、私達のあっちでの時代」

「え? 何それ」

「知らないんですか?」


「知ってるよ元号変わったことくらい。でもレイワとかじゃないよ。鼻蛾(ビガ)三年じゃん、今」


 鯛世はフクちゃんとも距離を感じたのだった。

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