第11話 「あ」ではないぞよ


「……や、申されるなでござりまする。それを申されるならば、あの頃蛮族との戦の最前線におわせられた団長殿を王都に呼び戻されたときこそが、聖典からの逸脱にあらせられませぬか」


「え、何のことぞよ」

「またおとぼけ遊ばされるとは……お恐れながら、それがしの記憶にあるアニメ版ではあそこで団長殿は引き返すことなどなかったにござりまするし、はっきりとその映し絵もそれがしの脳裏に刻まれており申した。そればかりか、あの魔獣なる魔界より呼び寄せし獣(けだもの)、あれはアニメ、すなわち聖典では我らが打倒すべき悪なるものであったはず。いくら蛮族を討つためといえども手懐けて家来にせしめるなどと、この皇国の威光にも汚れがつきまするぞ」


「ふむ……何じゃその異(い)なる筋道は。そなたの言う聖典は偽物なのであろう。そもそも聖典とはパペルスの書物の形にて存在しているのであって、あにめなどという映し絵ではないぞよ」


「戯れ言はおやめくだされ陛下!」

 聖典の正体を明かすときがきた、とウェワッロイヤォはキメ顔をキメた。


「その聖典と呼ばれる書物こそが、アニメという映し絵の物語を文字だけで綴り直したものにござりまする。決してそれがしの単なる妄想ではありませぬ。それが証拠に、それがしのこの姿かたちは京都アニメーションのアニメーターにデザインされたにござりまするぞ」と両手を広げて皆に全身を見せるように一回転した。


「目の大きさや線の細かさ、ぬるぬるとした滑らかな動きが特徴的でありましょう。さらに声は宮野真守氏が当てておられるのでするぞ。それがしのキャラに見合わぬイケボだったのはそういうところに原因があったのでござりまするぞ」


「あのさ。全然伝わらないんだけど」フワちゃんが至極もっともな一言で彼の主張を止めた。

「アンド、さっきから何を申しておるのかそなたは」王様もかぶせる。


「やはり、そなたらはちょっとどうかしておる。聖典とはこの世を創りし神が、万物の理(ことわり)や来し方行く末を語られた御言葉を、我が皇国の建国者、すなわち余の先祖が書物に書き留めたものじゃ。今このときもその記述を原作として世の中は動いておる。そなたらはその聖典も見たこともないくせに何か自分で勝手に拵えた話を聖典じゃ原作じゃと信じてそれにしばられておるのじゃ。目を覚ませ」


 これまでの小難しい議論が子守歌のようになってこっくりこっくりしていた八良瀬鱒世が一瞬自分が怒られたのかと思ってびくっとなった。


「ほんならですけど、王様」ビュアッノドスは自分のおちんちんをめぐる話なので寝ている場合ではなかった。


「その本物の聖典に本当に未来のことまで何でも書いてあるんやったら、俺たちが命令に従う従わないとかを考える意味あるんですかね」


「何じゃと」


「だってやね、すべて神様の預言どおりに事が運ぶんだったら、俺ら人間個人ごとに物事を判断して行動する自由意志なんて必要ないでしょ。むしろ邪魔じゃないですか。神様って本当に未来のことまでわかってたんですかね。俺は自分の意志に従って生きてきたし、今後もそうありたいなあ」


 王様はしばし沈黙し、高い天井を仰いで二三回呼吸した。たゆたう白い髭が高い窓から入る春の陽気を蓄える。


「難しいこと言ってごまかすな!」


 まさかの力業で反論を封じる王様のこの行為にフワちゃんの切れ長の目も丸くなった。


「そういうそなたもその夢とかいう自分の見た幻と性欲に従ってやっておるのであろうが。何が自由意志じゃ」


「あ」


「「あ」ではないぞよ」

 めっちゃ図星をつかれた。


「そ、それはそうやけど、その夢っていうのは俺が何人かの嫁候補のなかからパートナーを選択して敵を討伐していくっていう恋愛ファンタジーRPGのことで、その嫁を選択するっていうのは俺の意志じゃないですか」

 お前もか、というあきれ顔でフワちゃんと鱒世、王様がビュアッノドスを見た。


「団長殿!? 団長殿にも聖典が、原作があったのでござりまするか」ウェワッロイヤォだけは真面目に受け取った。


「そうや。夢が俺の行動の原作になってるねん。その証拠に、ほら、俺が身にまとってたあの鎧思い出してくれ、あれは夢のなかで初回ガチャ一〇〇連ボーナスで手に入れた星五個の装備やねんで」


「何と。聖典とはいったいいくつ存在するのでありましょう」ウェワッロイヤォは特に上司の武具のディテールなど思い出せないまま呟いた。


「だまらっしゃい、聖典は一つじゃ。そなたらの思う原作とやらは、我が王家の聖典に記述された物語を別の媒体に写したまがい物であろう」


「否(いな)、否! その書物の聖典はアニメをノベライズしたものにござりまする。まことの原作はアニメなり!」ウェワッロイヤォは自身の説を確信しつつあった。


「いや、そのアニメとかいうのも俺の夢の恋愛RPGを下敷きにしてる感があるな。ちょっとプレイヤーの自由度があるところとかもそんな感じするやん」その確信を台無しにする味方の上司。


「で、今回はフワちゃんルートで行こうかなって思ってたんやけどここですっごいかわいい子が目の前に現れて、ちょっと迷ってたところで」姫の方は一度も見なかった。


「ええ加減にせよぞよ。意地でも我が娘と結婚せぬと申すのかおのれは。こうなったらその嫁候補とやらの二人を亡き者としてしんぜようぞ」


 カン、と再び王が杖を強く鳴らすと通路から重武装の近衛兵十名ほどがのしのし入ってきて腰の剣の柄を握った状態で待機した。王の側近は侍女をこっそり呼んで杖の下に敷くゴムマットみたいなのを用意させようと耳打ちした。


「おお、お静まりくだされ王様陛下!」ウェワッロイヤォが慌てて衛兵と鱒世の間に割って入る。ビュアッノドス達は武器を持てずにいたのでさすがにこの状況では文字通り太刀打ちできない。


「このようなことをなされれば、聖典に描かれた善なる民の国の王では無くなってしまいまするぞ」必死に訴えるウェワッロイヤォを衛兵が左右両方から取り押さえ、床に伏せさせた。


「ぐふっ」

「え? ひょっとしてあたしら殺される?」


 急な展開にこれまでのちょっと舐めた感じが取れなくなってきたことを、彼女もさすがに理解してようやく慌てだす。


「ちょっと待って、あたしを殺す意味ある? 関係ないんだけど」

「あちらの世界で死ぬところだったそなたを呼ぶよう召還士に命じたのが余じゃ。生かすも殺すも余しだいである」

「えっ、あっちで死んでたのあたし?」


 確かに彼女は元の世界にいた頃、ユーチューブのドッキリ企画で朝倉未来に路上で喧嘩を挑む途中、青酸ガス噴霧器を手に持ったまますべって転んだあたりで記憶がなくなっていた。


「いや、それはそうとして勝手すぎだろ王様、召還士ってのを呼べよ。あっちに送り返すとかできるんじゃねえのかよ」

「はて、そりゃ知らぬぞよ」

「とぼけんなクソじじい」とフクちゃんが喚くが王様はまったく動じない。


「私とフクちゃんさんは、この世界で死んだらどうなるんですか。元の世界に戻れるんですか」

 八良瀬鯛世も訪ねるが王様は聞こえているのか聞こえていないのか近衛兵に「剣を抜け」と指示を出すのみ。


「たすけて……」と鯛世が切ない声で呼びかけるも、本作の主人公たる勇者も、オール巨人を目の前にした若手芸人のごとくシュンと縮こまるばかり。「うううっぐうぅぅ!! ぬおおおおぉぉあぁッッッッッ!!!!!!!!」ウェワッロイヤォが地面に這いつくばらされたまま何か喚いているがまったく事態が変化することはない。


「お逃げくだされ、ます……否、鯛世殿……」

 もはやこれまで、と二人が観念したその刹那、姫がゴン、とやたら目立つ音を立てた。

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