第10話 いやお前が言うな!
「ガチで人死んでるし! 仕込みだったら死んだように見せかけるだけで実際無事でしたーとかでしょ」
鱒世の常識的な突っ込みにもアハハアハハと爆笑するだけで深紅一色で鉄とうんこ臭いフワちゃんが段々鬱陶しくなってきて、鱒世はこれ以上の追求をしなくなった。
しかしこの一晩の騒動、実はビュアッノドスは暗闇のなかで二人仕止め損ねていたのだった。一人は蛮族デニファラタサズズの民で、もう一人は革命勢力の首魁たるグギニュッアンズボ・ボボ・45C♪であった。
どちらもフワちゃんの汗くさいにおいに欲情して我先にと我慢汁を滴らせながら襲いかかったところ、お互いの頭がぶつかって諍いが始まった。それに遅れてフワちゃんの脇を舐めたくなったビュアッノドスも目を覚まし、フワちゃんの寝ていたところに這い寄るとその上で見知らぬ二人が取っ組み合っていたので、二人に気づかれぬようこっそり両手でそれぞれの陰茎を握って、怪力でもって思いっきり引きちぎった。それを皮切りに(包皮が千切れたのもかかってます)異変に気がついた周りの男衆とビュアッノドスの戦闘が始まり、相手の顔も判別できないままビュアッノドスの飛燕一文字五段蹴り、胡蝶肘打ち三段返し(©浜村淳)の早業を誰彼かまわずお見舞いして皆を半殺しにし、さらに蛮族が隠して持ち込んでいたナイフを奪い刃傷沙汰に移行したのだ。
その間、すっかり暗闇に紛れて二人はそっちのけで放置され、結果的に殺されずに済んで、どんちゃん騒ぎのジェノサイドの隙に小屋から別々に脱出したのだった。お互いを性器をもぎ取った犯人だと思い込んだまま。
二人は命からがらそれぞれの拠点に逃げ帰り、復讐を企てた。
グギニュッアンズボ・ボボ・45C♪は他の革命同志に、あの蛮族は性の共有財産制を乱す者だとして、デニファラタサズズの民を滅ぼすべき、と陰部の傷口を縫合してもらいながら説いて回った。
蛮族デニファラタサズズの民は、やりたい女を取り上げる邪魔な奴らという認識でデニファラタサズズの仲間に「許さんだ」「めっちゃ腹立ってきただ、もうオナニーしとうてもできんくなっただ」と失われた性器の部分に張形を装着したりする間に激しく共感を得たのだった。
そして二陣営は武力衝突に入り、革命勢力は王侯貴族や体制派と闘う前に蛮族討伐に戦力を向けざるを得なくなって結果的に神聖パァグニア皇国と蛮族デニファラタサズズの構図に落ち着いた格好になった。
しかも神聖パァグニア皇国は正規軍の戦力を消費することなく戦えて自国内の革命勢力の洗い出しと殲滅まで行えるのだから棚からボタモチということである。
ちなみにこの世界で「ボ・タモチ」といえばハンコが満タンになった風俗店のスタンプカードという意味を指す言葉であり、思いがけず訪れた幸運のレベルが段違いなのだ。
※
「いやあまっこと、そなたの活躍にはあっぱれじゃわ。魔獣や軍務大臣のことはこの際不問に付してもよいぞよ」
王様は謁見の間でビュアッノドスとウェワッロイヤォ、八良瀬鱒世にフワちゃんを招いてねぎらった。四人とも膝を着いたりせず棒立ちで普段着のラフな格好のままである。
「まさかこういうことを見越して俺とフワちゃんと街ロケに行かせたんですかね」
「うむ、見事なものじゃろ」
「絶対うそだ」初対面ながら鱒世が思わず呟く。鱒世は王様の座るクリスタルの玉座に、お尻痛くならないのかなとか思った。
「結果オーライということぞよ。とにかく、あとは彼奴(きゃつ)ら邪魔者どもがちょうどいい具合に戦力を同じだけ浪費させて、うまいこと同時に消滅してくれれば万々歳というところじゃ。そなたら正規兵はこれから両陣営の戦力が五分五分になるよう、優勢な側をちょこちょこ攻撃して削り取るようにすればよかろう」
そんな簡単に言えるほど戦(いくさ)は簡単ではないのになーとビュアッノドスは小声でぼやいてから、
「俺にはそんなことどうでもいいんです。王様、ここまで成果を挙げたんだから俺を自由にしてください。俺は俺の夢の通り、自分の理想の嫁と幸福に暮らしたいだけなんです」
と一方的に自分の願いを告げた。フワちゃんと鱒世はいま自分に関わることを言われているとは気がついていない。
「それはならぬ。そなたは余の娘と結婚せねばならぬのだぞよ」
「は?」
「どういうこと?」
「今さら新キャラかよ」
ぶつくさぼやいているフワちゃんや鱒世の見ていた玉座の下手側の通路から、シャンデリアみたいにきらきらする派手なドレスをお召しになったやんごとなき女性がしゃなりしゃなりと入ってきた。
「このお方は」
「余の娘、すなわち姫じゃ。ビュアッノドスよ、そなたは余の娘の婿となり、この国の王家の子孫を作るのじゃ」
「えっ、ということは団長殿が次の王様……」ウェワッロイヤォは自分もついでに高貴な身分に引き上げてくれるのかなと期待した。
「それは違うぞよ。次の王は我が娘。すなわち余の退位後はこの娘が神聖パァグニア皇国の女王となるのじゃ。男子のみが国を治めるなどという決まりはこの世にないのじゃ。そしてこやつは我が王家の血を強くするための種馬じゃ」
「何ですと」
「えええ、俺は精子ドナーてことですか」
「はやい話がそういうことぞよ。そしてこれは我が神聖パァグニア皇国王家の家系図に記されてあることなのじゃからあらがえぬデスティニーじゃ」
「家系図って、未来の話なのに」そう言うフワちゃんは何だか今日は色味がおかしかった。
「そんな、俺の気持ちってものもありますし困ります。俺はいま好きな人がいるというのに、そんな急に現れたお姫様と結婚するだなんて」
「うるさいぞよ」
杖で床をカン、と裁判官の木槌みたいに叩いて皆を静まらせた。その乾いた音の響きが謁見の間の広さと厳かさをよく感じさせてくれる。王様の側近の者が床が傷ついていないかと、杖の先をすっごい心配そうに見ていた。
「そなたに拒否する権利などないぞよ。本当のことを言えばそなたのちんぼこときゃんたまを残してくれればそれで用済みなのじゃが、せめて生かしておいてやろうという余の情なのじゃぞよ」
「お、おとこを精子を出すスポイトとしか見てへんのか!」性的弱者側を主張するビュアッノドス。
「俺は自分の夢で見た理想の女性と結ばれて幸せになれさえすればいいのですよ。好きな女性にだけ精子を出したい、それだけが願いなんです」
「そのような勝手は許さぬ。姫の気持ちを少しは考えよ」と王様が言うと、登場してからまだ一言も発していない姫に皆の視線がいっせいに集まった。
が、「……ぁ」と少し口を開き息が漏れただけで「な? そなたの自分勝手な夢の話だけで他人を傷つけてはいけないのだぞよ。もっと生身の人の意志を尊重せよ」と王様がすぐに話を奪ってしまった。
「何が「な?」なんだよ」フワ。
「言わずともわかろうて。それより、そなたがこれ以上聖典の記述に反することを続けるというのであればそれ相応の手段を余も取らざるを得ぬのじゃぞよ」
「いやお前が言うな!」ウェワッロイヤォが思わず雛壇から立ち上がり大げさに手を伸ばして突っ込む芸人のノリで王様に口を出した。
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