第8話 新日本プロレスとUWF
「え、そんな旅館あるの?」
「ていうか同業者が何でこの旅館のロビーに?」
「ま、それはちょいとここにお泊まりされてる人との待ち合わせもありまして。お、おいでなすった」
「待たせたな」
次々に展開してくる新しい登場人物のやりとりにすっかり置いてけぼりの一行であるが、この助け船に乗らない手はなかった。
フワちゃんは女将に捨てぜりふで「ここを新日本プロレスとUWFの親睦会の時みたいに破壊するところだったけど、助かったね!」と言っておいた。女将はググることもできないので何の例えを言っているのかわからずポカンとするばかりだ。
連れていかれた先は旅館とはとても呼べそうにない、プレハブ小屋みたいな簡素な建物に、飾り気のないテーブルとイスが並んでいるだけのスペースであった。
「え、どうやって寝るん」
「はは、あっしらにゃベッドなんて洒落たもんはござんせんよ。日が暮れりゃこのテーブルをどかせてみんなで仲良く川の字って塩梅でさあ」
ビュアッノドス達は全員で二〇人強いる。「川ってこの世界の文字だと何本線なんですか」鱒世が鋭く指摘した。
「二〇本斜めに引きますな」
「なるほど、それは確かに川の字ですね」
そうして馬を外に休めておいて一行はがたがた安定しないイスに腰掛けて一休みすることにした。
「それにしても、ここをしばらくの拠点にするにはちょっとアレでござりまするな」
「あの、ここであなたは簡易宿泊業なことをしてるんですか」
ビュアッノドスはコップ一杯の水すら出てこないことを気にしながらここの宿主に尋ねた。
「あれだ、デリヘル向けのレンタルルームみたいな感じでしょ」
フワちゃんが読者にもわかりやすい例え方をしたがもちろんこちらの世界の住人には伝わらない。
「いや、あっしらは別にここで宿屋を営んでる訳じゃござんせんよ。ここはあっしらのアジトの一つなんでさあ」
「アジト?」
もう一人の待ち人は静かに口を開いた。
「あっしら、王様やこの国に不満を持っている連中に連帯を呼びかけているところでしてね」
ビュアッノドスはそこでピンときた。こいつらが革命勢力か。軍務大臣が言っていたことは本当だったのだ。ならばこちらの素性は正直に答えない方が良さそうだと、リアクション少な目に「ほほう」とだけ言った。
「あ、この人達だったのか。よかったね、やっと会えたじゃんビュア公」
せっかくの計算を台無しにするフワちゃんの一言にビクっとするビュアッノドス。もしここで自分が革命勢力を掃討する使命を受けていると知られたら、こいつらとここで一戦交えることなるのではないか。そうするとフワちゃんやあの女子高生に危害が及ぶかもしれぬ。
「やっと、会えた? そいつぁどういうことです」
「ああ、いやその」
フワちゃんが一切の躊躇もなく正解を答えようとする前にフワちゃんの喉笛に地獄突きを叩き込んで黙らせ「いや、あの、かねがねお噂は聞いてましてね。ちょっと、その、興味があったもので」
「え、そうだったのですか。団……ビュアッノドス殿」
ウェワッロイヤォが素で驚きつつも、自分達の身分を隠す気遣いもした。そういえば王様から何の勅命が下ったのかをちゃんと説明してもらっていなかったことに今更気がついた。
「ま、まあそうかな」
「ははは、そいつぁいい。あんた方、なかなか面白い格好されてますから、あっしらもちょっと興味はあったんですぜ。ちょいと我々の活動に手を貸しちゃくれやせんか」
「えっ、それはつまり俺らに革命勢力に加われって話かな」
「あんた方は今し方、見慣れない格好をしてるってだけで差別を受けた。この国にはそんなくだらねえしきたりがわんさとあるって寸法でさあ。それもこれも王様ってやつのせいってこってす。聖典とかいう訳のわからねえもんに従って近隣諸国をあちこち征服して回って、そんでもって、そこに住んでた民をこうやって順位をつけて人扱いしねえってこってさぁ。そんな王様なんざ、とっとと豆腐に蹴られて頭を馬にぶつける前にバールのようなものでめった打ちされてチョークスリーパーで絞められながら毒殺されちまえってのがあっしらのスローガンって塩梅なんでさぁね」
独特な言い回しで革命思想を打ち明けるこの革命勢力の首魁、その名をグギニュッアンズボ・ボほ・4♪5Cといった。
「人間ってのはですね、生まれながらにして平等なんでさ。王様なんていうのも奴隷なんていうのもあっちゃあいけねんです」
こちらはこの小屋を管理しているコーアカッ・鶏ー・足立わ-7八である。「すべての国民が平等なパラダイスみてえな国が作りてえな~ってこってす」
「何か退屈だー。お前ら何の話をしてるだ」
デニファラタザズズ族は彼らの会話を今一つ理解できず置いてけぼりにされていたのだ。グギニュッアンズボ達の方言が彼らにはとても聞き取りにくいらしい。
「うわ、お前様方には説明してござらんかったですな」
ウェワッロイヤォがあわてて中継役になり、彼らを巻き込んで話し合いを続けた。
「ほほぉ、この方々は遠い国からおいでなすった人達ですかい。そいつぁ頼もしい。この世界に国境なんざあっちゃいけねえ。みんな友達でさあ」
革命勢力に好意的に受け入れられたデニファラタサズズ族は以前のビュアッノドスとの初邂逅のような不穏な対応はしなかった。ウェワッロイヤォが通訳のように間で立ち回ったおかげで穏便なやりとりが出来たのだ。
「ええとですな。この御方々はこの国の王様や貴族の身分を無くしてしまおうというお考えの人達にござりますな」
「ふーん、そりゃええだ。わいらも鼻持ちならんあいつらを奴隷に引きずりおろしたい思ってただ」
ウェワッロイヤォは巧妙に「王様や奴隷の身分を」という言葉を隠して言い換えた。彼らとしては自分たちより下の階級が欲しかったのである。
「ほんで、この人らに協力したらなんぼ貰えるん」
「それはこれからの交渉でござりまするな」
ウェワッロイヤォは革命勢力とのギャラ交渉役を成り行き上担当することとなった。
「お金? いや、あっしらはお金のない世界に住んでるんでさぁ」足立わ-7八が、この人おかしなことを言うなあみたいな感じで答えた。
「何ですと」
「お金に縛られているから、この世の中世知辛くていけねえって寸法よ。生きていくのに必要なものはみんなで分け合っていけりゃ、誰もひもじい思いはしねえに違えねえ」
「ええと、つまり報酬はタダということにござりまするかな」これをデニファラタサズズ族にどう説明するかを迷ってしばし虚空を仰ぎ口をぱくぱくさせた。
「金と、あと女だ。こいつらの持ってるものなんぼよこしてくれるだか」「女、でござりまするか」
「女ですかい」これは足立わ-7八にも聞こえていた。
「女なら困ることはねえはずでさ。あっしらは女も男も夫婦(めおと)なんてえ堅っ苦しい制度はぶっ壊していくんでさぁ。誰でもそのとき好きな女を選んで好きなときに懇ろって寸法でさ」
驚愕のフリーセックス思想を聞かされたウェワッロイヤォは急に鱒世のことが心配になってきた。
「さ、外も大分暗くなってきやした。今夜はこちらでゆっくりお休みになっておくんなせえ」
彼らが話し込んでいるうちに窓の外は闇になっていた。周りには民家が無く、何かの虫の鳴き声が聞こえていた。鱒世やフワちゃんの親世代ならFAXの音信号に似ていると思うに違いないような鳴き声である。
成り行きで革命勢力に何となく加わる的な流れになってきているのを止められないものかとウェワッロイヤォは思うのだが、とにかく部屋が狭いのでビュアッノドスに相談することもかなわない。
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