第7話 わたし、現実の人間なんですけど
「まことに、確実に勝てると思ったら瞬殺でござりまするな」颯爽と戻ってくる団長に珍しく毒づく年上の部下。「しかし奇しくもこれでアニメ版と同じ展開になったとも言えまするな」
「あ、もういいんですね」と警戒心をようやく解いた鱒世はようやくフワちゃんに服を返していると
「へー君があの光出したのかーすごいねー」ビュアッノドスが声をかけてきた。
「あ、はい」
「鱒世ちゃん、やったっけ。どこであんな技身につけたの」などと、再び一行が集まって王都につながる砦まで歩いている間、チャラい口調で鱒世に近づいてトークを繰り広げるビュアッノドス。
「いや、あれなるは聖典にも出てきた技にありまするよ。八良瀬殿はまことに聖典の預言に出てきた人物にござりまするな」ウェワッロイヤォはむきになって会話に割り込んできた。
「お前な、その何度も聖典だのアニメ版だのって言うとるけど、俺ら一般の民は先祖からの言い伝えであらましを聞いてるだけで、一度も聖典そのものを読んだことも見たこともないんやで? 何でそこまで内容知っとんねん」
「む……無意識の記憶にござりまする。原風景と申しましょうか、何かそんなんでございます」
「わたし、そのアニメに出てきたんですか」鱒世がその話題に興味を示し、ウェワッロイヤォに乗り気で加わると、この中年はちょっと焦って空を見た。
「はっきりとは申し上げかねますれども、その面影は感じまする」
少女に顔を直視されているのを正面から見返さずに答えた。
「わたし、現実の人間なんですけど。ていうか、似たような顔してたってことですか、そのアニメでは」
「ちょっと待て。聖典て言うのは文字でパペルスに書かれた書物やって俺は聞いとるねんで。アニメとかいうのは何や、その会話の流れやと絵のことか? 文字しか書いてないはずの聖典で、どうして似てるとか面影とかわかんねん」
「え、小説ってことですか? ラノベみたいに絵が描かれてたのかも。でもそれだとアニメじゃないんですね、聖典って」
「ち、ちがっ断じてアニメでござりまする!」めっちゃでかい声でウェワッロイヤォが主張したので、前を歩いていたデニファラタザズズの民も振り返ってみんな一瞬静かになった。
「ずっとスルーしてきたけどさ、そもそもあにめって何なん」
「絵だよ、動く絵」フワちゃんが助け船を出す。
「絵巻物?」
「あ、紙芝居のことやろ」
「違う、紙に描かれてない」
「ほな、石版に?」
「ちげーよ、液晶ディスプレーとか、ほら、このスマホでも見れるんだよ。電波つながってたら」
と自分のスマートフォンをビュアッノドス達に見せる。「あーアニメ動画とか保存してないからアレだけど」
一同のまだピンと来ていない表情にこれ以上の説明は無駄とあきらめてスマートフォンを尻ポケットに仕舞おうとしたとき「旅のお方! ここで異(い)なる獣を見かけませなんだか」ときちっとした騎兵の集団に声をかけられた。
「あなや、よもやポヌゴッツ方面防衛のお歴々でありますまいか。いかがなされた」
いま敵対勢力と一緒にいることを説明するのはややこしくなるなという勘が働いたウェワッロイヤォは「そなたらこそ、この先の砦を守護する隊のお方とお見受けいたすがいかがなされ候」と質問に質問で返してやった。
「王様が直々に召還の儀式にて魔界より呼び寄せし魔獣なるものが、今日砦の門の前に現れる予定であり申すれど、いっこうに待てど暮らせどその姿を見せざりけりにありまする」
「さっ左様にござりまするか。はて、王様が魔獣を、召還あそばされたと?」
「左様。そなたらと戦を繰り広げ奉りし夷狄共を駆逐せしめんがため、王様御自ら召喚を命ぜられし魔獣にござりまする」
「えっ左様なれど魔獣に通ずる冥府魔界は我等を滅ぼさんとする悪なる力ではありますまいか」
「我は存ぜぬことなれば、そはさて置き魔獣をそなた等は見しか見ざりしか」
「いや知らぬ見ておらぬ」
「なれど其方の冥府魔界なかんずく魔獣に詳しき哉、いと怪しきちょと話聞かせよ」
「いや知らぬ」
「いや偽りを申せ」
「見ておらぬ」
「さあ申せ」
「ならぬならぬ」
「さあ」
「さあ」
「さあさあさあ」
「どっちがどっち喋ってんだかわかんねえよ」フワちゃんが愚痴りたくなるほど二人の持って回った会話で周囲の人々は内容が頭に入って来なかった。
しかしウェワッロイヤォの汗のかき方が尋常ではなくなってきており、眉の上とか鼻と口の間とかつぶつぶの汗玉が大量に湧いているのを見ているとどうもまずい状況らしい。ごにょごにょまた二人が喋り始めたなと思っていたらウェワッロイヤォがくるっと皆を振り返り、
「おのおのがた……いや、みっみなさん、とにかく先を急ぎましょ!」
と砦の兵士達と別れて王都までの道を再出発したのであった。きちっとした兵士達はめっちゃ腑に落ちない感じでウェワッロイヤォの来た方向へ消えていく。
「どうしたんですか」
「わ、我々が退治いたしたあの魔獣めが、王様の大事なペットだったようでござりまする」
「え」
「やばいじゃん」
「とりあえず我々は知らぬ存ぜぬで先ほどは話を通しておき申したが、王都に入れば一度身分を隠す必要ができたでござりまする」
ということでこれより先は王都となる砦に到着したものの、補給物資と人員の増援の陳情にみたいな適当な話で通してもらってから、結局ビュアッノドスやフワちゃん達と一緒にみんなで王都に入って成り行きを探る、という話になった。
「それにしても王様があの魔獣をなどと、もはや敵味方の区分けまでオリジナルの展開になってしまうとは」
「え、外人お断りなんですけど」
とりあえず街の旅館に団体で泊まることにした一行を一目するなり宿屋の女将は顔をしかめてぴしゃり言った。
魔獣の件と軍務大臣殺害の件という、結構な背信行為を重ねているので公の施設は利用できないと、軍の甲冑や武器の類は草むらに隠して来たので軍の特権も使えない。
「は? 満室なんですか」
「いえ、外人お断りなんですよ。空いてるけど」
こいつ、何て言うかわかりやすくあかんなーと顔を見合わせるビュアッノドスとウェワッロイアォ。後ろのデニファラタザズズの民に聞こえてないことを祈った。
「今そういうのってポリコレの人すぐ反応して炎上しちゃうよ」とフワちゃんも真面目なコメントで交渉に加勢する。
「わっ、外人なのに流ちょうに喋る!」女将が目と口をOの字に丸めた。「とにかく、ダメなのはダメなので。ね、外人は自分の国に帰って」
女将が嫌がっているのは後ろの荒くれ者どものことのみならず、どうやらフワちゃんや鱒世といった異世界人も含めてのことのようであった。
「はい、もうわかったでしょ帰って。規則なんで。入れ墨の人と外人、あと動物はダメですね。あ、あと汚らしい人も」
と女将はまったく声のトーンを下げずに断った。女将はこの国の民族衣装に身を纏った奥ゆかしき上品な感じであったが、拝外主義的なことに関しては婉曲表現なしどストレートの直球発言なのであった。
「あっいけない。忘れてた! 病気の人もです」
「もうええわ!」ビュアッノドスも女将の耳の側であることを忘れ大声で怒鳴った。それでも女将は動じなかったが。
「女将さん、それじゃ他に異国の人を泊めてくれる宿を紹介してくれませんか。腹立つけど」
「え、どこもダメだと思いますよ、だって規則なんだし」
「何じゃい規則って、誰が作ったんじゃ」
「誰って、王様じゃないですか。歴代の王様が聖典に従ってこの国の決まりごとを全部作ったんですよ。その規則にはみんな従わないといけないじゃないですか。だってこの国で生きてるんだし。やなら出てけばいいんですよ」
何というマニュアル人間。マニュアルこそが絶対でマニュアルにちょっとでも沿わない場面が出てきても一切の考慮をしないというロボ超人の女将マン。
「おやおや、異国の方も泊まれるお宿をお探しですかい? 旦那がた、それならあっしらのところにいらっしゃいますかい?」
ふいにロビーの受付のシートに腰掛けていた若者が立ち上がってこの口論に割り込んできた。身なりは貧しそうで質素な衣服だったが、不潔な感じはない。
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