第6話 いざ、撃たれよ!

 偶然にもビュアッノドスが手を引いたことで八良瀬鱒世もその“何か”、すなわち火球の直撃を逃れることができたのだ。その替わりに彼女の後方にいたデニファラタザズズの民の族長の顔面に直撃し、新装開店のくす玉みたいな感じで族長の頭蓋が飛散した。


「これは」

「あれは」


 彼らが一様に視線を向けたその先には、明らかに人ならざる異形のシルエットが仁王立ちしていた。


「何や」


 彼らも知らないのである。


「まさか」否、ウェワッロイアォだけが思い当たった。

「あれなるは魔獣にござりますまいか。それがしの記憶にあるアニメ版に登場していたものにこの姿形が大方きっと一致しているにありまする」


 ウェワッロイアォが解説している間にも魔獣はその口からまた次の火球の炎をチャージしていて、あきらかに彼らに向けてまたそれを吹き放とうとしていた。


「とりあえず散れ、俺らを殺そうと狙ってるぽい」

「散ったら誰かは狙われてそいつが死んでまうやないすか」

「全滅するよりいいやろうが」

「ほやけどわいだけ一人で走ってったらわいだけ狙われるだ」

「ちょ、あたし地面潜りたいんだけど」


 ほかの皆が未知なる脅威に慌てふためきまったく応戦しようとしないなか、ウェワッロイヤォだけは自分の中の違和感の原因を探っていた。


 そもそもアニメ版ではラスボスの操る最強の敵で、団長殿と鱒世殿が力を合わせ退治するような流れであったが、こんな冒険のスタート地点付近で現れるものでもなかったはずだ。


 とか言ってる間に第二撃が放たれ、否でも応でも思い思いの互い違いで散り散りに離れ離れに逃れのがれて返すがえすも団長主張の助言箴言に感謝感激したりしなかったりした。


「だ団長殿、ここは避けて通れませぬぞ」比較的近くに逃げていたウェワッロイヤォがビュアッノドスの剣に望みを掛けた。


「え、みんな見えなくなるくらい逃げ切ればええやろ」

「何を申される、団長殿ともあろうお方が」

「せやかて」この男、自分が勝てそうにない相手には割とへたれなのであった。


 これもアニメ版ではわからなかった側面だ。あの時は八良瀬鱒世とともにこの魔獣を退治したのに、と嘆きながら閃いた。

 しかし、


「そうであったか」


 ウェワッロイヤォは記憶のなかのモンスターバトルを思い出し、二人で手を取り合って固まり座っている鱒世とフワちゃんのところまで駆けていった。


「八良瀬殿、ヲヲラの力であの魔獣を退治てくれませぬか」

「は?」

「それがしの記憶では異世界から来たお方には強いヲヲラの力が宿っておるのでござりまする。そのヲヲラヱナジィを解き放ってくだされ」

「え?」

「何言ってんだこのおっさん」


 鱒世とフワちゃんは緊急時なのもそっちのけでポカーン状態で無茶ぶりをする中年兵士を見上げるのみであった。そうこうも言ってる余裕もなく、魔獣はエンジンを吹かして砂塵を巻き上げ急加速してこちらに迫ってくる。


「時間がござらぬ」

「え、え? だから」


 魔獣のキャタピラにデニファラタザズズの民二人が巻き込まれ夏の道路上のセミみたいな感じでくしゃりぱしゃりと圧殺される。しかも一度轢いてから念入りにバックギアまで入れて完全に粉砕するという情け容赦の無さ。「具酔堵父母言楚々州補守株道元遊吹気午後具僧!」という恨み言を彼らに投げかけながら。


「彼らのおかげでしばし時間ができましたぞ。アニメ版では貴殿のヲヲラヱナジィが魔獣の火球を打ち破って団長殿のとどめの一撃で勝利したにござりまするゆえ、お頼み申しあげ奉りまする」


「だから、わかんないって!」


「でもさ、君できんじゃね? このおじさんがここまで言ってるんだから」フワちゃんもそんな気がしてきてウェワッロイヤォに加勢した。


「おお有り難し。では八良瀬殿、それがしの言うとおりに手を構えてくださればよいので、さあ」


 観念した鱒世は起きあがってウェワッロイヤォの言うとおり、両手を体の前に出して魔獣に向けた。


「いざ、撃たれよ!」


 何も起こらなかった。


「MPが足りぬのかもしれませぬ」

「はあ?」


「何かMPを増幅させる装備が必要なのでござりまするが」もはや説明不足など知ったことかという勢いでウェワッロイヤォは目を閉じ眉間に皺寄せインスピレーションを叩き起こした。


「そうか、あの時の装備に近いものをお召しになればMPも回復するに違いありませぬ」


 思い出したのはアニメ版で鱒世が身につけていた露出の高い派手なビキニタイプのアーマーである。確かにあれで彼女のヲヲラの力が増幅されたのだ。そしてあれに近い色使いのものが、幸運にも目の前にある。


「フワちゃん殿、そのお召し物を八良瀬殿にお貸しくだされ」

「何言ってんだお前」


「いま説明している暇(いとま)はござらぬ。早くせねば魔獣に我ら全滅させられてしまいまするぞ」


 その血気迫る形相の中年兵士の勢いにフワちゃんは何となくそんな気がして、やおら自分が身にまとっている衣装をその場で脱ぎ始めた。


「テレビで乳首出したことあるけどこんな屋外で脱ぐなんてなー」城門が見えてきた原っぱで皆散り散りになっている状況だ。魔獣は次の獲物を屠るためドライバーが運転席で敵の人員のプロフィールを一人ずつ吟味している段階だ。


 まだ時間はある。


「し、下も?」


 上半身のふたつの頂を外の空気にさらしたまま、ショートパンツに手をかけかけてフワちゃんが尋ねると、ウェワッロイヤォは無言で首を上下に往復させた。


 さすがにふてくされた表情を見せながらもフワちゃんはへその上まで覆っていたショートパンツをおろすと同時に、その内側の布きれも足首まで下げた。


「おっさんどうでもいいけどガン見してるよね、あたしの股間」


 まあ童貞中年からしたらこんな機会は滅多にないので意外にもVラインをきれいに処理しているフワちゃんの股間と割れ目をここぞとばかりに目に焼き付けていた。ウェワッロイヤォは。


「あの、私も脱ぐんですか」八良瀬鱒世がおびえきった小動物のような瞳でウェワッロイヤォを見る。

「否、上から着るだけで構いませぬ」


 てめふざんなというフワちゃんの表情は彼女の女陰を凝視しているウェワッロイヤォには見えなかった。鱒世はフワちゃんのチューブトップだかランニングシャツだか腹巻きだか知らんが蛍光色の派手なトップスを自分の体操着の上から身につけると、不思議な光が彼女の全身から沸き立ってきたのだ。


「よし、これで行けるでござりまする」

「パンツまで脱いだ意味ねえだろが」


 フワちゃんがぶつくさ言ってるうちに鱒世の輝きがその両手に集まり、さっきウェワッロイヤォに言われたポーズを再びとるとめっちゃいい感じに両手のヲヲラヱナジィがぐるぐる言い出してきた。


「鱒世殿、その光を魔獣に放ってくだされ」

「ええと、どうやって」


 すでに前に突き出された鱒世の腕はこれ以上前に飛び出すような気配はなく、鱒世が「は!」と気合いを叫んでも光がぐるぐる力を貯めているだけで発動する感じがない。


 ならばと鱒世はボールを投げる要領で腕を背中にバックスイングさせて前方に振り下ろしてみたら、腕を振り上げた段階でヲヲラヱナジィが真上の空に向かって勢いよく放たれ、おびただしいその光の力で太陽の光が一瞬かすむほどになり、上空の雲が消し飛んだ。


「あ」

「うーわ」全裸のフワちゃんも空を仰いで呆然となった。


「何やあの光は」とビュアッノドスほか、みな魔獣から目を離し鱒世達の方に注目した。一同散り散りになっていたが、突然の異変に敵も味方も一時戦いを忘れてしまったのだ。


「あ」そして皆その光の源にいるフワちゃんの全裸に気がついた。


 特に恥じらって胸と陰部を隠すようなポーズはとらないものの、男達の視線を浴びていながら特に笑いも起きないこの間(ま)が苦痛になって「もう服着ていいすか」と二人に言った。


「でも、それじゃ魔獣に勝てない」鱒世が意外にも彼女の服の返却を渋る。


「いや、その必要はないかも知れませぬ」

 とウェワッロイヤォが言ったのは、魔獣が上空を貫いた光の筋を見上げて顔面蒼白になり冷や汗の雨を地面に降らせ、大地に根っこが生えたかのようにそこから動かなくなったからである。


「戦意を喪失しているやもしれませぬ」

 そう言い終えるよりも早くビュアッノドスは魔獣のふもとまで一瞬で詰め寄って剣を抜き、巨木の幹を真横から輪切りにしてゆっくり倒したのであった。きれいな年輪の輪っかを見せて。


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