第5話 喧嘩、しないでやっていけますか

「えっえ? マジのガチでフワちゃん? 何でこんなとこに」

「わかんない。台本かもしれないけど読んでないしドッキリかもしれないし、わかんない」

「ですよね。私もよくわかんないです。ていうかスマホこっちの世界に持ち込めたんですね」


 久方ぶりに会えた現代人にお互いテンションが上がってきゃー何でー何でー何起こってるのーとまったく先に進まない会話で盛り上がりつつ何度もハイタッチで一拍おいてまたきゃー何でーの繰り返し、そしてフワちゃんのスマホに撮影された写真や動画を二人でのぞき込んでまたキャッキャ、しまいに鱒世のラインIDを聞き出して友達申請する始末ですっかり険悪な雰囲気は興が醒めてしまった。


「団長殿はどちらへ」

「俺? せやなあ」


 眉間をせばめてビュアッノドスが視線をはずすと、フワちゃんが「とりあえずさ、この国から出て行こうって話になってる」とちゃんとした説明をしてくれた。


「なんと! 何か事情がおありなのでござりまするか」

「ああ、ちょっとな。王様怒らせてしもて」話せば長くなりそうな気まずい感じを察したウェワッロイアォは「じゃあこれにてそれがしらは、失礼つかまつりますれば」と強引に切り上げにかかった。


「えっ、いやいや。この人らと何で一緒に行動しとるんよ。捕虜ちゃうの」それなのに相手の事情は深く知ろうとするビュアッノドスの勝手な性格。


「あ、それはですな」ウェワッロイアォはこれまでのいきさつを説明した。しかしその間ビュアッノドスは彼らのなかにいた初めて見る女の子の存在に気がつき、ついつい集中を割かれてしまったのだ。


(うわ、めっちゃかわいい。脇全開女も捨てがたいが、どうしよめっちゃかわいい。何か別ジャンルとして捨てがたいわめっちゃかわいい)


 早い話が一ころだったのだ。


「しかるに、あの、何やらお偉い方々から承りし話よりも実際に異民族たちと接してみますれば、存外悪くあらず、ありでなかろうかなって話に皆でなってしまいますれば、それを王様に申し上げたてまつろうって、聞いてます?」


「え。うん、へえ」女をちらちら見ていたので全然頭に入ってこなかった。この世界の男はたいがい女性慣れしていなかったのだ。とりあえず内容は理解していないものの「まあ、わかったよ」とまとめに入るビュアッノドス。


「でも戻るのはようないな。いま軍は命令に従わない奴らをめっちゃ許さない感じなんよ」

「え」

「聖典に従わない俺とか断じて許さんみたいなノリになっててな、君らも勝手に戦線離脱したり敵と仲間になったりしてたら、そらもう王様マジギレちゃうかな」


 自分がしでかしたことをオブラートに包んでのたまうビュアッノドス。ウェワッロイアォは困った顔で仲間達を見回した。王様が本気で自分達を潰す気になって正規軍に全力で襲いかかられたらそりゃどうにもならない。それに鱒世まで危害が及ぶかもしれない。でもちょっと待てよ。


「そもそも団長殿が戦線を勝手に離脱あそばされたのは、どういうアレにござりまするか。そこから歯車が狂い始めたにござりまするぞ」

「そりゃ、王様に呼ばれたからやぞ。俺の判断やないで」

「王様がでござりまするか? 左様な、王家に代々伝わる聖典の記述に従う王様が、かようなアニメ版にない展開をぶち込むのでありますか? にわかには信じがたいことにござりまするな~」

「何のことや、あにめばん?」


 もうこうなったらぶっちゃけたてまつってやろう、とそろそろ退屈しだしている周りの蛮族達の目を気にしつつ切り出した。


「それがしが申しあげているアニメ版とはすなわち聖典のことにござりますよ。聖典に示されたこの世と瓜二つな世界で起こりし出来事を、それがしらはここで再現しようとしていた次第で。されど媒体が違うゆえ、完全に同じという訳にはいかず、多少なりのバッファーは許容せんとは思えども、それを王様が御自ら改変なされましょうか?」


「な、何か難しそうなこと言うね。中途半端な文語調の語尾と共に」


「ようようお兄さん方長いことお話弾んどるようやけど、わいら急がなならんでないの? もうええだろ」

 二人の会話に割って入るチンピラふうの蛮族、さっきビュアッノドスとメンチの切り合いを演じた奴である。


「君ら、本当に仲良くなったんか」

「お前に関係あるだか」

「そこのご婦人も、君ら一族の人なん?」

「ほやったらどうするだ?」

「あ?」

「おう?」


 一触即発の状態であった。違う中学の集団同士が対面するときの、両方に顔が利く奴の微妙な立場とまったく同じ状況にウェワッロイアォはあった。


 まずい。このままではここで血塗れの乱闘になる。先ほどの戦闘シーンにあったようにビュアッノドスは腕の立つ剣士なのだ。


 するとそこへ鱒世のよく通る声がこの緊張状態を破るように飛んできた。


「あの、あなた達も一緒に行きませんか」

「え」

「何言うてますのん、団長殿は国から出て行くって言うてましたやん」皇国軍兵士が指摘する。


「でもこれといって行き先はっきりしてないってことですよね。私たちと一緒だったら王様と一度話し合って許してもらえるんじゃないですか。何しろ全然争わずに済む凄いいい話なんだし」


 ビュアッノドスはこの娘の放つふんわりした感じにそれもありやなって思うように既になっていた。そしてフワちゃんも「あ、いいんじゃないの。本当さっきまで当てがない感じで馬走らせてたしこいつ。でもこいつとみんな、喧嘩しないでやってけるかな」と同調した。


「喧嘩、しないでやっていけますか」

「お、おう」


 ビュアッノドスのさっきまでの威勢は完全に中折れちんぽのように萎えてしまった。


 そこで困ったのがウェワッロイアォである。ここで彼女と団長殿が合流するとやはりアニメ版のようにカップルになってしまうのではないだろうか。本当にそれで良いのか?


 彼女を異世界に帰そうと思ったからこそ諦める決心ができたのに、自分の間近にこの上司の彼女として居続けられたら、と、そんな気持ちでもう胸が張り裂けそうなこの男。筆者にも経験あるよ。


「いや、団長殿は団長殿で目指されている道をどうぞ邁進なさってくだされ」


 あああ? せっかくまとまり始めたこの場を乱すのが一番の良識派に見えたやつだったので一同の顔に縦縞の線が入った。



 そんな二次会に行くでもなくだらだら店の前から動かない飲み会の終わりみたいな状態からようやく出発し、一行は王都まであと半日ほどのところまでやって来ると「俺、しばらく別行動にしたほうがええと思うな」ビュアッノドスがまた話をややこしくすることを言った。


「え、なに故にござりまするか」

「ちょっとさ、特命に逆らったってのもあるし」自分が先日やらかした大殺戮のこともあって城まで堂々と顔をさらして行くのは気が引けるのだった。城門を出るときに「王様に行けって言われたんで」と嘘をついたのもバレているはずだ。


「自分らで王様と話つけといて欲しいな。俺らは城下町で召還士探さないとあかんやろ」

「それはいかにも。さすれば団長殿とフワちゃん殿とはしばしのお別れにござりまするな」

「いや、そちらのご婦人とも」

「え」

「えっいや、さ」

「えっ……」答えに窮するウェワッロイアォ。のどかな小春日和に小鳥のさえずりが音符として目に見えるように弾んでいく。


「ほら、この人も異世界人なんやろ。帰り道探すんやったら召還士に頼まなあかんやん」

「た、確かに。しかしながら、ながら……あ!」

「どうしたん」

「じ実は彼女による平和の舞が、この二部族を和平に導かれたにござりますれば、王様との交渉の場には彼女も必要にありますれば」

「え、そうなん」


 とっさの出まかせであった。彼女の楽天ポイントカードのダンスにそんな効能はなく、ウェワッロイアォが単に彼女をビュアッノドスに持って行かれたくないからに過ぎなかった。


「や、八良瀬殿はいかに思われますか」

「あの、召還士ってどこにでもいる職業なんですか」

「いや、王に仕える神聖な職にござりまして、普段は異世界というよりも御伽草子に出てくる架空の動物、天馬や竜などを呼び出して災害救助や建築工事、運搬業をさせたりする人にござりまして」

「なら王様のところに行った方が早くないですか? 公的機関みたいなもんなんでしょ」

「ほしたらお前、一人で行くだ」

「えええ……(o´Д`) ちょ、そらあかんて、もう行こうや」

「きゃ」

「うわ、何をなされるか」


 自分で発した言葉が裏目に出てしまうのを何とか逆転の手口はないものかとビュアッノドスが鱒世の手を引っ張ろうとしたそのとき、一行の真ん中を貫くような何かが飛び込んできた。


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