第4話 オヴォエええぇ

「え、この街の革命勢力の捜索は……」

「その辺の雑魚兵さんらにやらせればいいでしょ。俺は任務よりも大事なことに気がついたんです。その任務は俺がやる必要ないですよ」

「ばっかもん!」故・永井一郎似の声で一括する軍務大臣。「勝手なことは許さぬぞ」


「うま!」

 ぴぴーぃ、口笛を吹くと都合よく一昨日ビュアッノドスを乗せていた犬みたいな愛馬が城下町を疾走しながら現れた。


「ぬ。逃がすものか」


 軍務大臣が太い眉毛の下から従者達にアイコンタクトを送ると彼らはビュアッノドスを拘束しようと襲いかかった。


 しかし王国一の剣士、ようやくアクションの見せ場の到来とばかりに電光石火の早業で右から襲いかかってきた奴の首をはね、左から来た奴の右手を切り落とし、正面から来た奴の胴体を一刀両断、腸を引きずり出し背後から押さえにきた奴にオーバーヘッドキックで頭蓋を粉砕、脳漿の雨を周囲に降らせた。軍務大臣もフワちゃんもどん引きで、軍務大臣なんぞは嘔吐した。王都で。


「……きさま、げぇ、この皇国をう、裏切るというの、は、はぅ……か。どぅなるかわかって、げぇ、ぉるのオヴォエええぇ」


 喋るのか吐くのかどっちかにしなければならない軍務大臣がよろめきながらビュアッノドスにしがみつこうとするも俊敏な彼はひらりと身を引いて触れさせない。


 ならばフワちゃんを連れていかせまいと彼女の手首をとろうとするが「うわキモい」と彼女は彼女でこの老人にも拒否反応を示すと「手を離せ、俺の女だ!」と再び剣を抜いて軍務大臣の手を切り落とし「きーさーまー」とゾンビ状態で覆い被さろうとしてきたところへ下から剣を突き上げ、大臣のハツ串刺しが完成した。


「あ、やり過ぎてもた」

「すぎてもたじゃねーよ」


 素に戻り自分のしたことを冷静に認識しだしたビュアッノドスは、悪戯のつもりで取り返しのつかないことをしたことがわかった子供のように、うるうるした瞳でフワちゃんを見て「どないしよ……」と力なく声を発した。


「もうお前この国に居られねえじゃん。とりあえずどっかよその国に行くしかないんじゃね。てかあたし元の世界に帰りたいし」


「そうか。じゃ乗ってくれ」納得したビュアッノドスがジャンプし馬の背に跨がるとフワちゃんは「え、それに乗るの」と狼狽える。フワちゃんを乗せるには背中が狭く平らでない。


「ほれ」とビュアッノドスが頭を低くし前傾姿勢になるとフワちゃんが跨がれるような感じになった。


「どこ行く気だよ」

「そらあなたの元々居た世界やがな。そこやったらここの連中も追って来られんやろし」ビュアッノドスはそこで生涯フワちゃんと添い遂げるビジョンも描いていた。


「帰り方わかんのかよ」

「いまはわからんけど、あなたを召還したやつを突き止めればええんちゃいますかね」

「そっか、じゃあ頼むわ」

「はいや!」


 馬は何か知らんけど今日はおもっきり重いやないかと馬なりに悪態をつきながら短い脚で走り出した。



 ポヌゴッツ地方の民は砦から全然出動しないヘタレな駐留軍のせいでデニファラタザズズ族に直接応対せざるを得ず、とりあえず降伏してさえおけばあんまりひどい目には遭わさないよという言葉の通り村娘と村長の首だけで被害が済んだ。


 屈辱はゼロではないものの、一般の民からみれば生活はあまり変わらず何だったら高い年貢を納めていた頃より暮らしがよくなりそうな気がしていた。


 そうすると王都から派遣されてきた駐留軍から何か言われそうなものなのだが、何と彼らもデニファラタザズズ族とすっかり仲良くなっており、何だったらここをデニファラタザズズ族の領地と王様に認めてもらえば平和になるんじゃね?俺らの代表と彼らの代表と数人で王様にお願いしに行こうぜ、という話まで出ていたのである。


「正直、団長が敵前逃亡した時点で僕ら見捨てられたんやなって思ってたんでね」

「あんたらより先に我々が統治してただけで、この土地に元々住んでた人等にとっては神聖バァグニア皇国とかそこまで帰属意識なかったとも言いますし、ねえ」

「ほやな。おい王様、ほならわいらの土地やぞここ」

「いえ、それがしは王にござりませぬ」

「ああ? ほなどこだ」

「ですから王都といいまして……」


 といった会話が元神聖バァグニア皇国の駐留部隊とデニファラタザズズ族との間でなされた。ウェワッロイアォもそれに異論を挟まなかった。


「もうアニメ版とは別物と考えることにしました」そう天に向かってつぶやく。


 八良瀬鱒世を元の世界に帰すため、彼としてもこの大陸一の召還士がいるという王都に戻る必要があるのだ。きっとこの想いは見返りのない想いである。しかし好きな人の幸福を一番に考えることが本当の愛というものだと考える凡人中の凡人、それがウェワッロイアォ・アッスゴリャウェッァ。


「あのーたまにあなたが言うアニメ版ってなんのことですか」

「何と申しましょうか、あなたが読んだという占いもそれに近いのかも知れませぬ。誰もわからないはずのこの先のことを何となくぼんやりと指し示すものが、それがしの頭のなかに浮かんでおったのですよ。ちょっと前まで」

「この人たまに変なこと言うでしょ、ちょっと変わり者なんですよ」


 横から口を挟んできたのは同僚の兵士である。若く魅力的な女性とあればこうして周囲から勝手に次々に声がかかってくるのだ。ウェワッロイアォはこういうときに自分の口を引っ込めてしまうきらいがあった。


「自分の前世はナントカだったーとか、並行世界では自分はナントカの存在でーとか、要するに現実でうまくいってない奴がそういう空想の世界で理想の自分を思い描いてそこに逃げ込むってやつですよ、あっはっは」


 そこまで言われても言葉を返さない。下を向いてそいつの顔も鱒世がどんな表情をしているのかも見ることができない真性の隠キャである。


 そんな帰途の道中で鉢合わせたのがビュアッノドスとフワちゃんだった。


「あ」

「あ」


 久々に顔を合わせた元上司と元部下。こういうときについつい以前の関係が自分の言葉遣いや態度を規定してしまうのが人間の悲しい性である。

「お疲れ様にござります」

「おつかれー。どうしたん自分ら。どこ行くん」

「いえ、ちょっと王都まで帰らせていただきたく奉りまして」

「え、どうすんの仕事。まだ続いてるやろ」

「いえ。もはや、それがしらは防人の兵ではなかりますれば」


 馬から降りたビュアッノドスがきょとんとしながらウェワッロイアォの引き連れている連中に目をやれば、どう見てもつい最近まで剣を交えていた奴らの武具を装備しているので彼らの属性を察した。


「自分ら何や。降伏でもしたんか。そしたら俺に先挨拶すんのが礼儀ちゃうん」


 いきなり偉ぶるビュアッノドスだが、この社会はそうして成り立ったのだから仕方がない部分がある。ウェワッロイアォは彼のこういうところがアニメ版で描かれなくて良かったと今にして思うのであった。


「あ? 何言うてるだこの偉そうな若造」とウェワッロイアォの脇からデニファラタザズズ族の頭領が口を挟んできた。ビュアッノドスはこのガラの悪い男と黙ったままにらみ合いになった。


 と、そこへ自撮り棒を伸ばして背中から割り込んできてパチ、と一触即発の男達と記念撮影をする女がいた。


「あ、フワちゃん」八良瀬鱒世が気づいて思わず声を出す。

「わ! あっちの世界から来た人他にいたんだ」


 フワちゃんも体操着姿の女子高生を見て一発で親近感を覚えた。


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