第3話 恋路を行くんすよ!

 たしかに城下町にはおいしいお好み焼き屋さんや焼鳥屋さん、ボルダリングができるスポーツジムやVRゲーム機が設置されているアミューズメント施設など、楽しめるスポットが満載であった。


 ビュアッドノスはたどたどしいトークで何度も「それつまんない」とフワちゃんに素っ気ない落とされ方をしつつ街のあちこちを回った。撮影スタッフもフワちゃんのコメントにだけ笑ってるようで、ビュアッドノスがしゃべったりリアクションをとっているときにはもう一つ反応が鈍いような気がした。


 これで革命勢力をあぶり出すことが本当にできるのだろうかという疑問もあるが、それより自分が剣以外には何もできない木偶の坊であったことに段々劣等感がわいてきてテンションがだだ下がりになった。


 そしてロケ集団はボルダリングのジムに入った。もう完全にフワちゃんが主役の動画撮影といった感じに趣旨が変わったようで、係の店員とのトークもフワちゃんのみとなりビュアッドノスは画面の隅で見切れているだけのアシスタント状態。


 そして実際に体験してみようという運びになり、まずビュアッドノスが挑戦した。おいしい絵はフワちゃんしか出せないだろうというスタッフの読みである。


 もうその意図がはっきり読みとれていたビュアッドノスも大したコメントも口にせず無言で、そそり立つ壁の疣みたいに点在する石を掴んで上ろうとした。


 しかしお気に入りの甲冑や兜を脱がず重装備のまま上ろうとしたため、あまつさえ石を籠手で掴もうとするものだから、まったくひっかかることなくつるんとするばかりで一歩も上に上がらずに壁の前で手を上げるだけであった。


 あまりのどしょっぱさに「もういいよお前」と素のテンションでフワちゃんに下がらされ、彼女がこのロケで初の挑戦、という体裁でボルダリングを始めた。そして数歩壁をよじ上ったところで大げさに「ぎゃー手が離せねー」と叫びつつ、仰向けでマットに落下した。


 しょげまくっていたビュアッドノスはその様子をスタッフが構えるキャメラ(フワちゃんのスマートフォン)の死角から無表情で見ていたのだが、フワちゃんの両腕が万歳の体勢になり、ランニングシャツからむき出しになっている脇が妙に気になった。


 何か知らんけど見てまう。派手な衣装とか尖った団子ヘアとかいろいろ見るべきところあるのに、何か見てまう。


 ビュアッドノスは自分のフェティシズムにこれまで気づいていなかった。そのかつてない衝動を自覚しながら、これもありかもと思い始めた。このロケが始まったときは自分の夢から随分逸れてしまったと思っていたが、この脇道もまた夢の発現ではないのか。いま俺は脇を凝視しているのだから。


「あーだめだ。もう一回やっていい?」


 フワちゃんが寝っ転がったまま店員にそう言うと、ビュアッドノスが彼女の傍らに低い姿勢で歩み寄った。


 フワちゃんは起こしてくれるものかと思って「ありがとう」と手を伸ばすと、ビュアッドノスは柔術家がマウントポジションを奪うのと変わらぬ所作で彼女に馬乗りになり、両手で彼女の両腕を押さえ彼女のオープンになったつるつるの脇に自分の舌をはわせて舐めまくったのである。


「ちょ、こいつ何すんだよキモ」じたばた抵抗しながらどん引きするフワちゃん。ロケに同行していたスタッフもあわてて止めに入るが一度火がついた皇国一の若き剣士の暴走はなかなか止められるものではない。


 ビュアッドノスは女の脇というものはつるつるに見えはするがじっさいに舐めるとざらざらするんだな、理想と現実は違うんだなという真理を見いだしながらスイカにしがみつくカブトムシと化した。兜も被ってることだし。


「ストップ!」


 さすがに見かねた軍務大臣の声が突如、騎士団長のベロベロを制止した。


 昨日の作戦会議以来ずっと城に常駐してそうな軍務大臣がなぜ急にここまでワープできたのかというと、実は趣味でボルダリングに週一回は通っていて、ちょっと得意なところを動画に録ってもらいたいという下心で隣の壁でこっそり待機していたからであった。


 しかしビュアッドノスにはそのことを疑問にすら思わなかった。このフワちゃんの美ワキに無我夢チュウであったので。


「こらこら、いい加減にしなさい」


 軍務大臣が高貴な人がついてそうな杖をビュアッドノスとフワちゃんの体の間にねじ込ませて梃子をつくってひきはがしにかかる。ビュアッドノスはようやく異物の存在に気がついて杖の持ち主を見上げるのだった。



「やめんか。やめいと言うとろうが。いくら何でも無茶苦茶じゃぞ。さすがにセクハラが過ぎる。せっかく異世界より呼び寄せたフワちゃんもマジギレであろうぞ。ごめんの」


 フワちゃんはロケスタッフに拭くものを持ってくるように指示していて軍務大臣の話が聞こえていなかった。


「ま、腹の下ではきっと激オコに相違なかろうて。それはさておき、言われたことをちゃんと実行せぬか、何の疑いも持たずに。ビュアッドノス殿」


 ビュアッドノスは呆然と杖の先を偉そうに自分に向ける軍務大臣を見つめながら「せやかて」と本作としては初めて口を開いた。


「これが俺の夢なんですよ」

「女の脇を舐めることがか? そなたのいう夢は睡眠中に見る突拍子もない幻のことじゃろ。これは現実じゃ、目を覚まさぬかたわけ者。将来の夢はパイロットみたいな文脈で申すな」


 軍務大臣にたしなめられてもビュアッドノスは納得がいかない感じで口を尖らせた。たとえ軍務大臣といえど青年の夢を否定される筋合いはないとばかりに。


「いや、将来の夢でもあり、昨夜見た夢でもあるのです。ぼんやりとですね、異世界から来た女性と、一緒に戦いながら仲良くなっていくようなことが、あるような気がしてたんですよ。俺らはその夢に沿って仲を深めていかなあかんな言うてやってるんですけども」

「知らねえよ、漫才師みたいに言われてもさ」


 軍務大臣の従者から渡されたナフキンで脇を拭きながらフワちゃんが起きあがった。そして拭き終わったナフキンをさりげなく鼻に近づけ「くさ」と布切れをビュアッドノスに投げつけた。彼はそれを意に介さずに続ける。


「たぶん、今は戦いよりも恋が必要なんだとかいって、俺を突き動かしてくる夢みたいな何かがあるんですよ。夢みたいな何かが」


 軍務大臣はビュアッドノスの訳の分からない供述にちっとも乗ろうという気を見せずに言った。


「さっぱりわからぬ。少なくともそなたが今やろうとしたことは聖典の記述にはまったく沿っておらんことじゃ。しっかりしておくれ。我が皇国は神の筋書きに沿ってこの地平を平らかにせねばならぬのじゃ。これは王様陛下の思いつきではないのだぞ。神の御言葉にあるのじゃ。頼むからちゃんとせよ」


 置いてけぼりのフワちゃんであったが、その神の筋書きという軍務大臣の言いようで、そういえばこの動画撮影の台本を読んでいなかったことに今更ながら気がついた。


 そもそも台本など渡されてすらいなかった。とはいっても街ブラの台本は基本的に雑にしか書かれてないので気にしてなかったこともあるが。


「あの、これさ。いつ配信すんの」


 フワちゃんは撮影スタッフにスマートフォンを返してもらって今まで撮れた動画をチェックし始めた。撮影スタッフもキャメラなどという異世界の道具を、フワちゃんの数分の説明だけでいとも簡単に操作できるようになっていた。さすがはジョブズの設計思想というべきか。


「はいしん、というものは我が国にはありませぬが、このフワちゃん殿が城下町をお巡りされた顛末記はパピルスにて多くの臣民達にイイネの血判を押して回らせるつもりにございます」

「えええ? だっるー」アナログの速度にご不満のフワちゃん。


「ま、いろいろあると思うが頑張ってくだされフワちゃん殿。聖典の記述ではこのロケで皇国全土の富をそなたも享受できるようになるのじゃ」

「わかったけどさ、軍務大臣。こいつもう首にしてよ」

「何と!」軍務大臣がカイゼル髭を左右にピンと逆立てた。

「何の役にも立たないしキモいしさ、街ロケするだけならこいつ要らなくね?」

「え、う、うむ。確かにそうなのじゃが。それだと聖典の記述に……」


 渋い顔をする渋い年頃の軍務大臣が答えに窮しているところにビュアッドノスが割って入った。


「女のくせに偉そうなことぬかすな!」


 最悪な暴言である。本当に主人公なのであろうかと筆者まで引いてしまう一言。「お、俺がお前と決めたからには俺とのカップリングルートに突入させてもらうからな」ビュアッドノスはフワちゃんの手を引いてボルダリングジムの出口に行こうとした。


「こら、どこへ行く」

「恋路を行くんすよ! 俺この人と恋愛関係にならないといけないんで」

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