第2話 できれば呼び方統一してくれませんかね

 それはそうと神聖バァグニア皇国と一戦交え中のポヌゴッツ地方の蛮族デニファラタザズズの民はギャッホルギニョヴァヴァルォホ砦から皇国軍兵士が出てこないのをいいことに防壁をちょいちょいよじ登って辺境の村に入って来てはその土地の名産品である大根とか人参みたいなやつの太さにことさら興味を示し、村の長にその栽培方法を熱心に教えてもらったり郷土料理をごちそうされたりしてちょっと気に入ったりしていた。


 何というか、村の持っている農耕技術を学びに来ているような感じすらしていたのだ。抵抗しなければ暴力をふるってくる感じはない。とはいえ彼らが来るようになってから村の娘達は知らんうちに連れ去られたりする事件が頻発していたのであるが。


 それでも何というか想像していたのと違う。村の長はもっとひどい目に遭わされる気がしていたので戸惑った。占領されたら差別を受ける民族として厳しく支配されるのではないかと恐れていた。腕に焼き印を押され、地下の巨大な柱をみんなで一日中ぐるぐる回す仕事をやらされるような、地下の巨大な柱なんてこの村にはないけどそんなことを一人で考えては便秘になったりしてそわそわ落ち着かなかった。


 でも今はもう蛮族の人にうちの村の人と同化してもらうのもしゃあないなって思ってる節がちょっとある。そんな感じなので駐留していたバァグニア皇国軍はリーダー不在なこともあって本格的な防衛行動に出るわけでもなく砦にこもってトレーディングカードゲームや石蹴りなどで時間を潰すだけであった。


 鱒世を連れて砦(ギャッホルギニョヴァヴァルォホ砦)に戻ってきたウェワッロイアォは神聖バァグニア皇国の雑魚兵達にことの詳細を報告した。そして団長を追って部隊みんなで王都に戻るか、前線にとどまるかの二択で意見が割れたのである。


 リーダー不在で部隊が統率できないからお城まで行った方がいいんじゃないの、いやいや元をただせば自分たちは夷狄(いてき)から我が国の領地を守るのが仕事だからこっちでしょ、とそれぞれの使命感、責任感を主張し合った。


「王様は聖典の記述に従ってこの地方を平定されたのであるぞ。この世をハッピーエンドに導くのが聖典の教えなのであるからしてここで戦に負けるのはあってはならぬ」

「でも団長殿の剣の腕があってこその我々じゃないすか。団長殿の無双アクションがなかったら正直、ぼくら掃いて捨てられる塵みたいなもんですやん。絶対負ける」

「そうそ、ここにとどまるだけ無駄っすよ。あの夷狄どももさ、村民の話によればそんなにガッついてこない感じらしいし、我々いなくなっても大丈夫じゃね」

「夷狄って何」

「えっと、デニファラタザズズの民のことな」

「蛮族のことな」

「ありがと。できれば呼び方統一してくれませんかね」


 難しい議論で皆言うことに一理あった。だからこそ論争は白熱し、結論が出ないまま話し合いだけで一晩明かすのだった。その間、トピックは「正義とは何」「幸せって何」「男に生まれてよかった? 女に生まれればよかった?」などの哲学的な議題にまで発展し、寺子屋中退レベルの彼らの少ない語彙で懸命に語り合ったのである。


 ただしウェワッロイアォは一人、この状況のなかでほかの仲間達には黙っていた。


 すでにアニメ版と違う展開になっていることを。


 ビュアッドノスよりも先に鱒世に出会ってしまい、しかも恋心が芽生えてしまったのである。略奪だ(何もしてないけど)。NTRだ(手もつないでないけど)。元の展開に戻すためビュアッドノスに帰ってきてもらうにも、この自分に芽生えた形容しがたい感情はどうしたらよいのか。


 その鱒世はすっかり彼らの母のような存在になっていて、彼らの熱い話に時折雛壇トークに混ざる(ちょっと賢い系の)ギャルタレントの立ち位置で介入したりする。


「でもですね、わたし今年のはじめに読んだ占いの本に友達との動画作成で運気上がるって書いてたからやってたんですけど、その結果こんな感じじゃないですか。何て言うか、王様でも誰からでも、やれって言ってたことに従ってもあんまいいことないかもしれないなって思ったんですね」

「え」


 ウェワッロイアォは切なげに鱒世の言葉に反応した。僕と出会ったのはアンハッピーだったのか。童貞にありがちな、一度惚れただけで運命の人のように思いこむ典型である。


「では鱒世殿は何に従って自らの行ないを決めるのでありますか」

「いや、そんなあんま考えてないですね。なりゆきっていうか」


 (なりゆきか!)事の流れ次第で僕とも交わることがあり得る(なりゆきか!)(なりゆきか!)その鱒世の声がウェワッロイアォの頭蓋に(なりゆきか!)こだましてなかなか(なりゆきか!)消えなかった。



 一方ビュアッドノスはアェヤッツォボボヌムルングス城までの山道(ベッヒャヲクョノロバババドロコッン道という)を一度も休むことなく走りきっていた。


 馬は城にたどり着く直前で一歩も動けなくなり「ひひ、ひ、ひひ……ひ」と力なくいなないて横たわったが、文字だけ見るとほくそ笑んでいるように見えるから厄介だ。


 王宮に着くと軍務大臣から戦況の悪化によるポヌゴッツ方面を放棄する方針を固めていることを知らされた。それはその地域に住む国民はもちろん、現地に残してきた自分の部下達も見捨てられたことを意味する。


 ビュアッドノスは何でやねんと思った。残って戦うべきやったんちゃうんかと。ただ、それだけでなく自分があそこに残っていれば何か大事な事件が昨日起こるはずだったような気もしていた。兵士用の宿舎で睡眠中に激しい朝勃ちを経験しながらそれを感じていた。


 新しい出会いがありそうな予感がしていたのに。


 戦場で恋などと本物の殺し合いを知らない平和ボケがいかにも考えそうなシチュエーションなのだが、当の最前線にいた兵士が思っているのだから仕方がない。


 ずっとこの年(十八歳)まで彼女なしの童貞でいることもコンプ(レックス)だったのだ。そこそこイケメンなのももったいないとずっと思っていた。


「夢の中では、遠い異国の少女と劇的に出会い、兵として新たな力を得て戦うような、割とディテールのはっきりした展開があったのやけどなあ」ビュアッドノスは誰かに聞こえるようにベッドの上でつぶやいた。


 そして翌朝、軍務大臣から紹介されたのがフワちゃんだった。


「こんにちわー。フワちゃんでーす」


 いきなり自撮り棒で伸ばされたスマホで2ショットを撮られたビュアッドノスは明らかに何かのゴリ押しだと思った。いくら人気者だからといっても異世界転生ものにフワちゃんはないだろう、という具体的な言葉ではなかったがもの凄い拒絶反応を覚えた。


 そして大臣が言うには蛮族に侵攻されているポヌゴッツ地方はもはやどうでもよく、今は自国内に起こりつつある革命勢力の掃討作戦をフワちゃんとやって欲しいのだそうだ。


 で、その革命勢力とやらはどこにいるのかというと、城下町をめぐっておいしそうなお店に入り、愉快な店主と面白おかしいやりとりをする街ブラロケをやって探せというのだ。


 もうシリアスな戦闘とか要らないという意味か。フワちゃんは初対面の軍人にもタメ口で話し、番組……いや、作戦の遂行にちゃっちゃとかかった。

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