実書版 イケメン騎士とメチャカワ女子高生が異世界をキラキラパワーでピースにするのだぁ

繰滑野明

第1話 団長殿、お待ちくだされ

 神聖バァグニア皇国軍のポヌゴッツ地方方面師団の師団長であるビュアッドノス・ドロヌトゲンズホは、急遽、王都のアェヤッツォボボヌムルングス城に一人だけで戻るよう極秘の伝令を受けた。


 配下の兵士達には気づかれぬようにとのことだ。


 そこで夜明け直前に見張りの目をくぐり抜け砦を出て、まだ暗いうちから森の中を馬で走っていった。馬といってもこのヴェヌッェリ大陸の馬は見た目が犬に近く、ビュアッドノスはちょっと脚を折り畳んで首にしがみつかないと足を地面に引きずってしまってえぐいことになる。


「団長殿、お待ちくだされ」


 声に振り向くと後方から部下の兵士の駆る馬が追いかけていた。全然皆の目をくぐり抜けてはいなかった。森を走るからちょっと明るくなってきてからと思ってたこともあるが。


「何処(いずこ)に行かれるのですか。作戦の最中でありますぞ」


 ビュアッドノスは何も答えずただ追っ手を振り切ろうと馬をもっと急がせる。


「いかがなさるおつもりでございまするか。団長殿がいてくださらねば、我が国の防衛線を維持することができませぬぞ」


 部下の兵士、ウェワッロイアォが舌を噛みそうになりながらビュアッドノスに声をかけるが、馬や乗り物で走っている間の人の声などなかなか届かないのである。


「団長殿、それがしの馬が、何だか動きが緩やかになってきておりますれば、おそらく団長殿の馬もそろそろひいひい言うてるのではなかろうかと思い奉りまする」


 ビュアッドノスはそもそも自分の進行方向しか向いていないのでその声は聞こえていない様子である。


「おーい、団長!」タカタ、タカタ、タカタと馬の蹄にかき消されるウェワッロイアォの声。犬みたいだが奇蹄類なので蹄はついている。


「ビュアッドノス!」試しに呼び捨てにしてみたが無反応である。

「我々はどうすれば宜しいのか! 蛮族が攻めてきておるのですぞ。戻って国土を守らねば多くの民草が蹂躙されますぞ」


 ウェワッロイアォはまさかあの団長、一人逃げるつもりなのかという気すらしてきた。


「そんなことはアニメ版のあなたは絶対にしなかったはずですぞ!」


 思い切ってメタ発言までしてみたのだが団長殿の後ろ姿が木々の緑の中にまぎれ、やがて消えた。そしてウェワッロイアォの馬の体力ゲージがエンプティーで強制的に歩行速度になった後数歩で動かなくなり、彼は馬から降りた。


「団長殿は何を考えておられるのか。きっと何か理由あってのことであろうが、あの人って一度こうと決断すると周りが見えにくくなるきらいがある故にな」


 めっちゃ熱くなってる馬の首を撫でながら説明口調でひとりごち、さらに続けた。


「しかしながら、いきなりここで団長殿が消えるなどという展開は、アニメの方にはなかりしことである。いかにせむ」


 どうせ馬しかいないから許されるだろうと、思い切ってまたメタなことを口にした。


 馬はちょっと彼を不思議そうに見つめたのだがそれは気のせいだろう。馬が元気を取り戻すまでしばらくはここに留まるしかない、と火をおこして携行食をとり、横になっていたところ、突如稲妻のような閃光がビカっとなった。


 そりゃもう、ディスプレイの明度を最大にしたみたいな、目に痛い白がとてつもなく白くて、明るかった。


「な、何事ぞ」


 とか何とかウェワッロイアォが視力が戻るまで目をぱちぱちさせながら辺りの音に耳をそばだてていると、近くの沼らしきところからじゃぶじゃぶ、がさがさっと聞こえてきたのである。


 彼の視点を離れ第三者的な視座でいうなれば、沼からねめぬめっとした粘膜に覆われた何者かが水中から陸地に上がってきて、ゆっくりそのまとわりつく粘液をぬぐい去っていたのだ。


 音はするものの特に何かが襲ってくる気配はないと感じたウェワッロイアォはやがて目が見えてくると、音の発生源と思われる沼のあるところまで行ってみた。


 そこにいたのは体操着姿の女子高生であった。


「えっ何、何なのここ」


 女子高生はなぜ自分が暗い森のなかにずぶ濡れでいるのかさっぱり理解できずに混乱していた。ついさっきまで友達のティックトックの撮影のために何度も乳の揺れが強調されるダンスをクーパー靱帯が悲鳴をあげているのにやらされていたところだったのだ。


 バズるから絶対バズるからという友人のすすめを断りきれなかったこの女子高生、めっちゃ純粋で身持ちが堅いのだが何故か同級生や同学年の多くの男子から告白されたり街でナンパされたりする、名を八良瀬鱒世といった。


 突然現れたうら若き乙女を前にした神聖バァグニア皇国軍の兵士ウェワッロイアォは「何なのってそれがしの台詞にござるわ、何奴じゃ」と自分の国の言葉で喋ったのだがいとも簡単に女子高生に通じた。


「いや、わからないんです。友達のスマホで撮影した動画のチェックをしようとのぞき込んだところまでは覚えてるんですけど」と鱒世はとりあえず思い出せる範囲の記憶を絞り出した。


 ウェワッロイアォは「はて、そのすまほやらちくとくやらのことはよくわからんが、その踊りとかいうものにお主がここに現れた秘密が隠されておるかもしれぬ。ちょっとそれがしに見せてはもらえぬか」と脱糞する馬の隣で頼んでみた。


 そこで披露された楽夫ポイントカードの歌に合わせた激しい上下運動のダンスと体の動きに遅延してついてくくる乳の肉、左右に躍動する尻、素肌にぴったり貼り付いた体操着は、禁欲と娯楽の少ない世界の住人であった神聖バァグニア皇国の兵士には魔女の誘いほどに強刺激で飲み込む生唾が大きすぎてむせた。


 踊りが終わったあと場は静まりかえったので八良瀬鱒世は自分がどんズベりしたのではないかと急に恥ずかしくなって苦笑いして首を傾げたが、そのときウェワッロイアォは鎧の下の勃起を必死で収めようとしていたのである。


「どうですか。何かわかりましたか」

「えっ。あ、ちょっとそれがし、踊りとか音楽とか疎いからそういうの詳しい人達にもう一回見せてみるのもいいかも知れませぬな。それがしらの仲間の兵士に元サーカス団のやつらとかおるからして、そやつに見せてみてもよかろうかと」


「そうですか」と真剣に自分の言葉を聞く鱒世の表情が心底かわいいと思ったウェワッロイアォだったが、そこで「(もしや!)」と、強烈なデジャヴを覚えた。


「(あなやっ、団長より先にそれがしが会うてはならぬのではなかろうか。おそらくはアニメのあの御仁であろう、この娘(いらつめ)は)」


 一人あわてふためき彼女をさりげなく記憶喪失にさせる手だてはないものかと思案したが「ああ、どうしよう」「家に帰りたい……」「服乾かしたい」と落胆する鱒世を全然放っておけなくなってしまったのである。


「しからば、それがしらの砦に行きまするぞ」


 馬は鱒世が踊りを披露したり雑談したりしてるうちに十分休息を得て体力を回復させていた。ウェワッロイアォは彼女を馬に乗せ、自分は歩きで砦に向かった。「あ痛」何度も彼女は足を地面にこすったのだが、ニューバランスのスニーカーは丈夫であった。

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