第4話 戦士さんのその後 ― ①

「心配だなあ」

「なにが?」


 お昼の休憩時間。

 冒険者ギルドの職員休憩室。

 不二美とスザンナは軽食で腹を膨らませていた。


「前に診た戦士さん。そろそろ薬がなくなる頃だと思うんだけど」

「ああ、あの今にも死にそうな顔してた男か……」

「スザンナ? そういう言い方は失礼よ? この病気、とっても苦しいんだから」

「そう言われてもアタシはかかったことないからわかんないし」


 うつ病という病気は、かかった者でないと、つらさがわからない。

 それゆえに健常者からは、さぼっているとか気合いが足りないとか思われて、余計に自分を追い詰めてしまって症状が悪化してしまうから、厄介だ。

 不二美のいた世界でもようやく知られるようになったのだが、こちらの異世界ではまだ精神論が根強い。治るものも治らないだろう。


 真似事で少しでも症状を和らげてあげたい、と思っている不二美である。


「フジミ! いる!?」


 ぱかん! っと休憩室の扉が開き、別の同僚が入ってきた。

 いったい何事か、と不二美とスザンナは振り向いた。

 同僚の視線は不二美に注がれている。


「お客!」

「私に?」

「なんか今にも死にそうな顔をしてる戦士さん! お話を聞いて欲しいんだって!」

「ああ……」


 なんとタイムリーなことか。

 ちょうど話に出していた男に違いない。


「フジミ!」

「なに、スザンナ?」

「あんたは大丈夫なんでしょうね?」

「んー……まあたぶん」

「無茶しないでよ?」

「心配ありがと、いってくるね」


 不二美は残っていたサンドイッチを頬張ると、咀嚼しながら窓口に移動した。


 窓口を挟んだ向かい側には、すでに屈強そうな戦士の男が立っていた。

 重そうな鎧と兜を身にまとった姿からして、骨格や筋肉が発達しているのが、よくわかる。だが、猫背で脱力しており、ものすごく具合が悪そうだった。


「あ、センセー……」


 男はフジミの顔を見るなり、涙を流し始めた。


「一ヶ月、過ごしてみていかがでしたか?」


 フジミは笑顔で男と相対した。


「変わりません……」

「薬は飲めましたか?」

「それは……、はい」


 不二美も知っていることだが、うつ病に特効薬はない。異世界ならあるのではないか、とも思ったが今のところそれらしきものは見つかっていない。薬師に頼んで、解毒ポーションから生成したもので代用しているのが現状だ。


「食欲はどうですか?」

「……前よりも、……なくなった気がします」

「なるほど」


 食事と睡眠とお薬。

 この3つが重要なのに、食事が摂れていないというのはマズい。


「夜は眠れていますか?」

「モンスターに襲われる夢を見ては目が覚めてしまいます……」

「大変なお仕事ですもんね」


 眠れてもいない。

 これはいよいよ危険だ。

 最悪、自傷や自害に及ぶこともあり得る。


 フジミは落ち着いて考える。


「ご両親は健在なのですか?」

「あ、はい。田舎で作物を植えてのんびりやってます」

「連絡を取ったりはしているのですか?」

「3ヶ月に1度くらいですかね……」


 答えがでた。


「休職しましょう」

「え」

「このままでは身体は平気でも心が壊れてしまいますよ」

「し、しかし……、僕が抜けると……、パーティの仲間が」


 仲間思いだなあ、とフジミは感心した。

 だが、その優しさのせいで、今までパーティから抜けられずに症状を悪化させてしまったのは事実。


「今のままのパーティメンバーがお望みでしたら、冒険者ギルドで臨時メンバーを斡旋しておくことも可能ですので。今はしっかり休みましょう」

「あの……僕なんて、いらない、ということでしょうか……」


 うつ病患者じゃなくても、真面目で誠実な性格の人ほど陥りやすい心理状態だ。自分のせいで迷惑をかけられないという負い目から、自らを追い詰めていき、自分が悪いと思い込む。こうなってくると悪循環。

 男はどん底に近い場所にいる。


 フジミは諭すように語りかける。

 あくまで笑顔は絶やさないで。


「戦士さん、身体にできた傷は割とすぐ治るものですが、心に負った傷はなかなか治るものではないのです。瀕死の重体になった仲間を放っておくパーティはないでしょう? 戦士さんは重体なのです。今は自分のことを優先して考えましょう」

「し、しかし……」


 男はなおも自分を責めるように、歯を強く噛みしめる。


「し、しかし。僕がいなくなったら代わりに傷つく人が……」


 どんだけお人好しなのだろう、とフジミは思った。


「平気ですよ。盾役が好きな戦士もいますから、その人たちにあたってみますので」

「お任せしても……?」

「そのための冒険者ギルドですので」

「で、では、お願いいたします」


 男が去ろうとしたので、フジミが呼び止める。


「あ、お待ちください! 処方箋を出しておきますので!」

「ショホーセン……忘れていました。すみません」

「いえいえ、朝昼晩のポーションと、寝る前のポーションを出しますので忘れずに飲んでくださいね」

「はい」

「1ヶ月ぶんのポーションを出しておきますので、なくなったらまたいらしてください」

「……わかりました」


 男は少し気を落とした様子で、トボトボとカウンターから去って行った。

 フジミにも心当たりがある。


 わかるわかる。

 うつのどん底にいる時って、相手から指定されて行動するのが、おっくうだよね。


 と、離れた窓口から、声がかかった。


「フジミ! フジミ!!」

「ん、なに?」

「お客さん!」

「え、また?」


 不二美は、これは私のほうが先に壊れてしまうのでは……、という不安を抱えながら、今日もメンタルケアを続けるのだった。

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異世界メンタルクリニック 水嶋 穂太郎 @MizushimaHotaro

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