第3話 衛兵さん、よくがんばりましたね。
ギルドの開店時間になり、立花不二美はよろよろと職員側窓口の前に立った。
それを見た女性の同僚が心配そうに声をかけてくる。
「ちょっとフジミ、大丈夫? 昨日は休んだみたいだけど」
「あはは、正直あんまり大丈夫じゃない」
「今日も休んだら?」
「さすがに2日も連続で休むとギルド長に悪いから……」
律儀ねえ、と同僚は苦笑いした。
立花不二美と、この同僚――スザンナとの付き合いは割と長い。ギルド長がフジミを拾ってきてから、仕事や私生活の面で世話を焼いてくれたのが、彼女なのだ。
不二美もスザンナに心を許している節があった。
重度のうつ病で今も苦しんでいるが、「今日は晴れてよかったわね」とか「客入りが多くてやになっちゃう」とか頭を使わない話で心労を取り除いてくれるので、非常にありがたい。
「じゃあ今日も張り切っていきましょうか!」
「まあ、うん。私の場合は無理のない範囲で」
「それでいいと思うわ。なんなら端の相談カウンターだけ受け持ったら?」
「……そうね。そうさせてもらおうかな」
と、そんな会話を聞いていないお客たちが、カウンターにずらっと並んだ。
室内はすでに大声を出さなければお客と職員の会話が聞こえないほど、ごった返している。声の方向からすると、クエスト掲示板の前に人だかりができているようだ。
スザンナは、その勢いに負けじと大声でハキハキとお客の応対をした。
「今日はどのようなご用件でしょう!」
相手は20代前半に見える若い男だった。
だが、表情筋に力がなく覇気が感じられず、髪の毛も整えていないのかボサボサ。
「自分、冒険者じゃないのですが……」
「冒険者に転職ですか?」
「い、いえ。まだそこまで決めたわけじゃなくて……相談に乗ってくれる職員がいるとウワサで聞いたもので」
うわー、さっそくだー!
スザンナは内心で両手を天高く振り上げた。
「少々お待ちください!」
一番端のカウンターでぼんやりと天井を眺めていたフジミの元に、歩み寄る。
「フジミ」
「ん?」
「お客さん」
「え、もう?」
「大人気ね!」
「……あんまり嬉しくないなあ」
じゃ、お客の誘導しておくからよろしくね。
そう言ってスザンナは去って行った。
やや間があって、フジミの担当するカウンターの前に男がやってきた。
「何やら悩み事があるとお聞きしましたが、どうされましたか?」
「ええっと、自分は隣町で衛兵をやっているのですが」
「衛兵ですか。町の治安を守る大変なお仕事ですね」
「はい、子どものころから憧れていて、つい数ヶ月前に就職しまして」
「それはそれは。おめでとうございます」
フジミが賛辞を送ると、男性は言葉を出しづらそうにモゴモゴと口を動かした。
フジミは何かある、と思ってそっと寄り添う程度の探りを入れる。
「お仕事で何かありましたか?」
「い、いえ! 仕事は順調そのもので、何も起こっていません!」
そんなことを言いながら、そわそわし始める男性。
フジミは、これはいよいよ何かある、と察し始めた。
「ここは隣のカウンターからも会話の内容は聞こえませんし、相談であればお聞きしますよ?」
「本当に? 本当にですか? 黙っていてくださいよ?」
「はい、守秘義務がありますから」
「で、では…………。自分の町、あまりに平和すぎるんです」
「ん?」
「で、ですから、平和すぎてまったく活躍する機会が訪れないんです!」
「そ、それはまた……難しい問題ですね」
フジミは考える。
危険を排除する活躍がしたいのならば、モンスターと戦ったりダンジョンを潰したりする冒険者が一番いいだろう。だが、そんな安易でいいのだろうか。せっかく子どものころからの夢が叶ったというのに。
「どうなんでしょう!? やはり自分は冒険者になるべきなのでしょうか!?」
フジミは悩んだ末に。
「いえ、まだそれはやめておきましょう」
と、言い放った。
20代前半だろう、まだまだ転職の利く時期であるものの、務め先をすぐに辞めてしまっては、悪評判がつきまとう可能性がある。フジミの元いた世界では、少なくともそうだったし、常識的に考えてもこの世界でも同じと思われる。
しかし、男性は食い下がる。
「なぜ! 自分は冒険者になる後押しをしてもらうつもりでここに来たのに!」
「落ち着きましょう。活躍がしたいのなら衛兵のままでもいいじゃないですか?」
「し、しかし、自分の勤め先は平和そのもので……」
「冒険者ギルドを通じて、もっと危険な町の担当をしてもらうのはいかがでしょう?」
フジミが提案すると、男性の表情は明るくなった。
「な、なるほど! それなら確かに活躍できそうですね!」
「でも激務になりますよ?」
「はっはっは、望むところですよ!」
「つらくなったら、またいつでも来てください」
「はいっ! それではっ!」
男性はハツラツとした様子でカウンターから去って行った。
「……心配だなあ」
立花不二美は、過去の己を振り返って、ぼそりとつぶやいたのだった。
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