第2話 ヒーラーさん、よくがんばりましたね。
王都から離れた中規模の町に、とある冒険者ギルドがあった。
悩みを聞いてくれる専門の職員がいるということで有名なところで。
今日も立花不二美(たちばなふじみ)の元に相談者がやってくる。
立花不二美はこの世界の出身ではなく、異世界の日本なる国からやってきた迷い人だ。
彼女もまた悩み多き女性であり、いわゆるうつ病の患者。
患者と同じ目線で話せるだろうということで、通常の業務と兼業して窓口の職員を務めている次第である。
「【223】番さん、カウンターへどうぞ」
やわらかい声が木造一階建てのギルドに広がる。
ギルド内に設置してある椅子に座っていた冒険者たちが、いっせいに手を見る。
……あ、わたしだ。
10代半ばの少女がゆっくりと立ち上がり、落ち着かない様子でカウンターまでやってくる。
窓口のギルド職員が対応する。
「あら確かエーコさんだったかしら?」
「お世話になってます」
エーコと名乗った女の子は、ギルド職員に挨拶した。
「今日はどうしたの? またステータスの確認? それともスキルの修行」
職員が聞くと、エーコは少し困った顔をして。
「えーっと……」
「?」
「いま組んでるパーティのことで相談があるっていうか、そういうの聞いてくれる人がいるって聞いたっていうか」
「ああ、フジミのことね」
エーコは首をかしげた。
「あれ? センセーって名前だって聞いたんだけど」
「センセーっていうのは通り名よ。フジミが本名……フジミ~~いつまで休んでいるの~~ご指名よ~~」
職員は、窓口の奥に振り向くと、かなり大きな声で呼びかけた。
額に腕を乗せてソファーで横になっていた妙齢の女性が、エーコからも見えた。女性は、むくりと起き上がる。
「フジミ! お客!」
「今日はつらいです」
「お仕事よ! センセーったら!」
「冗談。気分が優れないから……」
やり取りを見ていたエーコは疑いの目線を向ける。
「あの……やっぱりやめましょうか?」
「大丈夫よ! さ、センセー。お話を聞いてあげて?」
センセーと呼ばれた女性は、うなずいた。
そして。
「では端のカウンターでお話を聞かせていただきます」
といって、移動した。
エーコも釣られて移動する。
そのカウンターはひとつ隣のカウンターとは少し距離のあって、しかも背後からしか見えないように布の仕切りが張られていた。
「……」
「えっと、ほんとに大丈夫ですか?」
窓口を挟んで無言のまま立っているセンセーに向かって、エーコは話しかけた。
顔色が悪そうだった。
間があって、センセーがようやく口を開く。
「少し調子が悪いだけなので心配なさらずに。今日はご相談ということでいいですか?」
「あ、はい。実は……」
エーコはとりあえずセンセーに任せてみることにした。
何事も見た目で決めつけるのはいけない。
「実は……。わたし、ヒーラーをやっているんですけど、マジックポイントが伸びなくて回復の魔法が数回しか使えないんです」
「パーティから冷たい目で見られているとか?」
「いえ、逆で……熱い目を向けられているんです……」
「ふむ? なぜでしょうね」
センセーには心当たりがなかった。
「わかりませんか?」
エーコが胸部の下から腕を押し上げる。
豊満な女性特有の部位が強調され、センセーも感嘆の声を上げそうになった。
よくよく見れば、顔も美少女そのもの。
「センセー、わかりました?」
「ああー、大体わかりました。パーティメンバーの構成を教えていただけますか?」
「ソードマン、タンカー、グラップラー、そしてわたしがヒーラーです」
「一応ですが、3名の性別は?」
「全員、男ですよ……。ほんっとどうにかしてほしいです」
エーコはため息をついた。
センセーは考える。
彼女はパーティからさげすまれているわけではない。むしろ歓迎されている。能力に難があっても癒しの存在として同行させられているのだろう。つまり、本来ならばヒーラーはいらないくらい強いパーティなので……。
このまま痴情のもつれになっては大変だ。
「そんなパーティ、抜けちゃいなさい」
「えっ」
「今は目の保養で済んでいるかもしれないけれど、いつかパーティ内で貴女の取り合いになるわ。面倒ごとになっちゃう前に辞めるのが一番よ」
「で、でも。わたしみたいなポンコツヒーラーを拾ってくれるパーティなんて、今後あるかどうか……」
センセーは、ふむふむ、と首を縦に振る。
「貴女はどうしてヒーラーになろうと思ったの?」
「そ、それは……ママがヒーラーで、冒険者だった頃に活躍したから、わたしも同じくらいのヒーラーを目指してみたくって……」
「なるほど。目標があることはとてもいいことですよ」
「ですよね!」
「で、も! 目標と適正が異なると、悲惨なことになるので間違えてはいけません」
「適正?」
「自分に合ったことをしましょう、という意味ですね。お父さまは何をされているのですか?」
「マーチャントです」
「商人ですか、いいじゃないですか。挑戦してみてはいかがですか?」
「わたしが!? マーチャントですか!?」
「まだお若いのですし、色々なことを試してみるといいですよ」
そこまでセンセーが言って、エーコが切り返す。
「センセーだって若いじゃないですか」
「あら、いくつに見えますか?」
「20代半ばくらいでしょう?」
「残念、30代も終わりから数えたほうが早いのですよねえ……」
センセーが憂鬱な表情でつぶやくも、エーコは驚いた様子で。
「え! 信じられない! 嘘でしょ! 何か秘訣でもあるんですか!?」
ノリノリで聞いてくる。
さらに。
「あ、そうだ! センセーの秘密を書いた本を売ればいいんだ! 若さは乙女にとって永遠のテーマ……この秘訣を売る……これはウケる……」
「いいですねえ。ふふ……」
センセーが苦笑したのを見て、エーコは正気に戻った。
「あ、すみません! わたしったら興奮しちゃって!」
「いえ、解決しそうで安心しました」
「そっかー。わたし、マーチャントが合ってたのかあ……」
「早々に決めつけるのは危険ですよ? まあまた迷ったら来てください。お話くらいしか聞くことができませんが」
「いえいえ! センセーありがとうございました!」
これは薬を処方する必要はないな。
センセーはそう判断して、新しい門出を飾ろうとしている少女を見送ったのだった。
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